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混沌のアリス  作者: 里羽
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【第五話:魔導理論と竜の鼓動】

2025/8/7属性名称編集しました。

 魔導学園ルクシアの第二講義室――。

 そこは、天井までそびえる書架と、緻密な魔法陣が刻まれた講壇に囲まれたその教室は、知と理性の結晶のように静かで荘厳な空間だった。

重厚な木造の壁には魔導師の肖像画が並び、歴史と知の重みが空気に染み込んでいるようだった。


 午前の演習を終えた生徒たちは、魔導学の講義室へとゆるやかに移動していた。

 アデル:セリオルもその流れに紛れながら、手にした教本の角を何度も指でなぞっていた。


 (……正直、理論は得意じゃないんだよな)


 戦いの中での直感、反応、鍛錬――そういったものにはある程度の自信がある。だが、魔法の“根本”を学ぶ魔導理論となると、途端に肩がこわばった。

 理屈で理解するより、体で覚えるほうが性に合っている――そんな自分にとって、この授業は常に試練だった。


 講義室に入ると、生徒たちはすでに各々の席についていた。普段はざわついた空気が漂う教室も、この時間ばかりは異様に静かで、空気が張り詰めていた。

 それもそのはずだ。この“魔導理論”は、今後の魔法適正評価や進路選定に深く関わってくる授業とされており、成績にも大きく響くのだ。


 「……あー、ねむ……」

 横の席から、半開きの瞳でリリス:ブラッドがぼそりと呟いた。黒髪を片手でかきあげながら、机に頬杖をついて眠気と戦っている。


 「……ちゃんと起きてられるのか?」


 「余計なお世話よ。理論は嫌いじゃないの。ただ、声が眠気を誘うだけ」


 「あの先生の?」


 「そう。あの柔らかすぎる声、魔法の催眠効果があるに違いないわ……」


 冗談とも本気ともつかない声に、アデルは小さく笑う。だが、その緊張がほんの少しだけ和らいだのを自分でも感じていた。


 周囲では、誰かが深呼吸し、別の生徒が呪文書のページを慌ただしくめくっている。

 机上にはノート、制御理論の参考資料、そして魔導具の基礎資料。整然と並ぶそれらが、これから始まる濃密な時間を予感させていた。


 アデル:セリオルは、他の生徒たちと共に長机に座りながら、配られた教材に視線を落としていた。

 けれどその手は微かに緊張で固く、ページをめくる指先に力が入っていた。


 「さて、今日からは本格的に“魔導理論”を学んでもらいます」


 講壇に立つ担任教師、ユリ:トキワが柔らかな声でそう告げた。

 その言葉の裏には、膨大な魔法知識と異世界由来の分析力が宿っている。長い黒髪を後ろで束ね、落ち着いた紺のローブを纏ったその姿は、理論を操る“魔導の司書”とでも呼ぶべき風格があった。

 

 「この世界には、基本属性である《火》《水》《風》《地》《雷》が存在します。

 そして、上位属性として《獄炎》《氷結》《暴風》《大地》《激雷》が対応する……」


 ユリの指先が魔力を織ると、空中に五芒星型の陣が描かれ、その各頂点に対応する属性の象徴色が明滅した。


 「たとえば《火》は《水》に弱く、《雷》は《風》と共鳴しやすい。属性間の相関関係を理解することは、戦闘だけでなく、日常の魔力管理にも応用できます」


 指先を弾くように払うと、図形が回転し、属性同士の“矢印”が現れる。拮抗、優位、共鳴――その全てが視覚化され、教室内には一層の静寂が広がった。


 「魔導師として心得ておくべき最も重要なこと。それは、“魔力は常に干渉し合っている”という事実です。

 同じ空間に異なる属性が存在すれば、影響し合い、時に暴走の原因ともなります。これを“魔力干渉”と呼びます」


 ざわ……と小さなどよめきが起こる。初めて聞く単語に戸惑う生徒も少なくないようだった。


 「皆さんには、いずれ応用理論としてこの“魔力干渉”を扱ってもらいます」


 ユリが指先で魔力を織ると、空間に緻密な属性魔法陣がいくつも浮かび上がり、それぞれの属性が象徴する色と波動で煌めきながら回転を始めた。


 教室内には、静かな驚きと興味の視線が溢れていた。


 「また、特殊な例として《光》や《闇》のような“対極性質”を持つ属性を扱う者もいますが――」


 その一言と同時に、ユリの視線が一瞬だけアデルへと向けられた。

 だが、それは特別扱いではなく、あくまでも事実の説明として過ぎ去る視線だった。


 「どの属性にも共通するのは、“魔力の流れ”と“意志”です。属性を決定するのは先天の資質だけでなく、後天の制御能力によっても変化し得ます」


 アデルはその言葉に、静かに息を吸い込んだ。

 (流れと、意志……)


 今の自分に最も足りないものが、その言葉の中にあった気がした。


 やがて講義は演習に移る。ユリは魔導具の箱を開け、中からそれぞれの生徒用の“制御球”を取り出した。


 「それでは、個人ごとに属性を明示した制御球を使って、魔力の流し方を確認してみましょう」


 最初に呼ばれたのは、シグ:エルグランド。水と地の二属性を持つ真面目な性格の少年だった。


 「では、いきます!」


 彼が手を掲げて魔力を流すと、制御球がバチバチと放電し始める。

 瞬間――


 《雷牙閃ライトニング・ファング》!


 紫電が牙のように走り、模擬標的を寸断する。


 「……雷の出力も制御も悪くない。だが、もっと集中して」


 ユリは鋭い観察眼で冷静に助言を送った。


 次はティア:ラフィエル。青髪を優雅に束ねた、水と精霊属性の少女が前へ進み出る。


 「――《精霊召喚スピリット・リンク》」


 淡く揺れる水の精霊が、彼女の肩にふわりと浮かぶ。


 「精霊との同調度も申し分ない。よく訓練されているわ」


 「ありがとうございます、先生」


 彼女の丁寧な礼に、ユリもわずかに微笑みを返す。


 「次、タガロフ:ライク」


 「おう、任せとけ!」


 体格のいい少年――タガロフが、自信満々に制御球の前に立った。火と地属性を持つ彼は、普段は豪快な性格で知られている。


 「いくぞ――《爆炎弾バースト・フレイム》ッ!」


 炎の魔力が制御球に注ぎ込まれた瞬間、球が赤熱し、膨らむように膨張する。慌ててユリが手を伸ばす前に――


 ボンッ!


 小さな爆発音とともに、熱風が教室内を揺らした。制御球は辛うじて割れなかったが、爆煙が視界を覆う。


 「……はっはっは、ちょっと出力が高すぎたか!」


 「タガロフ、威力だけじゃ制御とは呼べませんよ」


 ユリが目元を抑えつつ、苦笑混じりにため息をつくと、教室からは小さな笑い声とどよめきが起きた。


 そして、名が呼ばれた。


 「アデル:セリオル、前へ」


 (来たか……)


 緊張が教室に走る。アデルは立ち上がり、制御球の前に進んだ。

 周囲の視線が突き刺さる。だが、彼はゆっくりと呼吸を整える。


 (落ち着け……魔力を流す。意志を――込める)


 まずは、右手から《光》を流す。

 制御球が白く輝き、周囲を柔らかな温かさで包んだ。


 「……綺麗……」


 誰かの小さな声が漏れる。だがアデルは耳を貸さない。

 次に左手から、《闇》の魔力を――。


 黒い波動が球に満ち、空気が重く変化した。張りつめた緊張が走る。


 (まずい……揺らいでる)


 球が脈動を始める。暴走する前兆――

 アデルは拳を握り、歯を食いしばって魔力の制御に集中した。


 (抑えるんだ……この魔力は俺の中にある。だから、支配できるはずだ。恐れるな――自分を信じろ)


 数秒――いや、永遠にも思える時間の果て、制御球は静かに光と闇のバランスを保ち、落ち着いた。


 「……終了。制御は範囲内。ただし、継続的訓練が必要です」


 ユリの声に、アデルはようやく息を吐いた。


 「あなたの中の光と闇は、諸刃の剣になり得ます。けれど、それは“守る力”にもなるのです」


 「……はい。ありがとうございます」


 その言葉は、責めではなく期待の重みだった。


 ――まだまだだ。でも、進んでいける。

 そんな感覚が、アデルの胸に宿っていた。


 教室の空気が緩やかに解けていく中、アデルが自席へ戻ろうとすると、講壇の前に立つユリ:トキワがふと声をかけてきた。


 「セリオル君」


 その響きに足を止め、アデルは静かに振り返る。


 「……はい、先生」


 ユリは手元の魔導具を閉じながら、わずかに視線を柔らかくした。


 「あなたの制御は、確かに不安定な部分もあります。でも、その“揺れ”の中に、あなた自身の色があるように思えました」


 「……色、ですか」


 「ええ。魔導というのは、単なる理論や力の応用ではありません。自分自身を理解し、受け入れた先にある“意志”のかたちでもあります」


 彼女は少し言葉を置いてから、穏やかに続ける。


 「焦らず、自らを見つめる時間を持ちなさい。あなたのような複雑な資質を持つ者ほど、内面の整理こそが鍵になる」


  その瞳には、教師としての確かな“期待”が宿っていた。

  アデルは静かに頷いた。


 「……ありがとうございます。先生の言葉、忘れません」


演習後、教室の片隅でリリスが声をかけてきた。


 「見せてもらったわよ。……かなりギリギリだったけど、まあ制御できてたんじゃない?」


 「褒められた?」


 「褒めたわけじゃないわ、様子見よ」


 リリスは腰に手を当て、鋭く続けた。


 「でも……あんた、まだ光と闇を同時に扱うのは慣れてないわね」


 「……ああ、まだ実践で切り替えて使うには難しいかもな」


 「光と闇の同時制御って、個人差がすごいらしいわよ。理屈じゃなくて、感覚に依存する部分が大きいって。あたしも炎と風を使うけど

  あたしの場合は自然とできるようになったわ」


 「なるほどな…色々試してみる必要はあるだろうけどアドバイスと受け取っておくよ、ありがとな」


 「ふふん、感謝しなさいよ」


 リリスの瞳が赤くきらめく。


  ◇


 放課後。中庭のベンチでノートを開きながら、アデルは魔法陣の走査図を描いていた。


 (光と闇の均衡は、並列ではなく交互循環のほうが安定する……?)


 集中するアデルの背後に、そっと気配が現れる。


 「……研究熱心ですね、セリオルさん」


 振り返れば、銀髪の少女――マリア:サーペントが静かに立っていた。


 「君は……マリアさんだよな?」


 「はい。あなたの魔力制御、少しだけ見させてもらいました」


 彼女の声は穏やかでありながら、核心を突いてくる。


 「光と闇の両属性を扱えるというだけでも、非常に特異な資質です。それを、制御球の段階とはいえ均衡状態に保たれたこと……私にはとても印象的でした」


 「でも……まだ均衡が取れていないんだ。さっきも、暴走しかけてたし」


 「それでも――その場で制御しきられたのですから、十分に称賛に値します」


  アデルは目を見開いた。自分でも見えなかった部分を、彼女はまっすぐに見抜いていた。


 「……ありがとう。マリアさんの言葉、少し励みになるよ」


 「どういたしまして。ですが私は、ただ感じたことを申し上げただけです」


 彼女はアデルのノートに視線を移し、柔らかい声で続けた。


 「あなたの魔力は特別かもしれません、ですが魔力を制御することはあなた自身の意思が大事になってくるはずです。」


 アデルはしばらく黙って、そしてゆっくりと頷いた。


 「……なるほど。意志か……」


 彼はもう一度ノートに向き直り、先ほどよりも少し丁寧に、慎重にペンを走らせていく。


 ――光と闇。その意味を、そして自身の在り方を。

 これから学んでいくために。

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