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混沌のアリス  作者: 里羽
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【第五十五話:旅路の果てに見たもの】

 ルクシアを出発してからしばらく。

 街道を進む一行の足取りは軽くもあり、同時にこれから待ち受ける事態を思ってか、どこか緊張感を帯びてもいた。


 その道中、ユウナが大きなため息をついた。


「はぁーあ……」


 肩を落とし、気怠そうに歩く姿に、リリスが怪訝そうに首を傾げる。


「? どうしたのよ、ユウナ?」


 ユウナは視線を伏せ、ぶつぶつと不満を漏らす。


「だってぇ……みんな私より年下なんだもん。私はてっきり、みんな年上かと思ってたのに……」


 リリスが一瞬きょとんとし、次に小さく吹き出した。

 マリアは口元に手を当て、やんわりと微笑む。


「ふふ、そんなこと気にしなくても大丈夫ですよ」


「だってほら、マリアなんてすごく大人っぽいし。落ち着いてるし、私なんかよりよっぽど年上に見えるもん」


 言われた本人は少し困ったように笑いながらも、否定はしなかった。

 そんな会話に、アデルが後ろから割り込む。


「じゃあユウナのことは、今度からユウナさんって呼んだ方がいいか?」


「えっ……それもなんかイヤ……」


 アデルは肩をすくめて笑い、ユウナはガックリと項垂れる。

 緊張が続く旅路に、わずかながら笑いが生まれた瞬間だった。



「それよりも――」

リリスが表情を引き締める。

「リュクシスに向かうルートは本当に大丈夫なの?」


「ああ、大丈夫だ」

アデルは地図を思い出すように言った。

「学園長からルートは聞いてる。大森林には入らず、南から洞窟を抜けて西に出るルートだ。洞窟は比較的安全らしい。そこを抜ければ、リュクシスの東側に出るはずで、城壁も見えるだろう」


 説明を受け、ユウナが興味津々といった様子で問いかける。


「ねぇ、リュクシスってどんなところなの?」


「うーん……」リリスは少し考え込んでから答えた。

「あたし達も実際に行ったことがあるわけじゃないけど、多種族が暮らしてる街らしいわ。オーガ、獣人、オーク、ゴブリン、トレント……いろんな種族が一緒に住んでるって話」


「へぇー、さすが異世界って感じだね!」

ユウナの瞳は好奇心で輝いていた。

「そういえばリリスとマリアも人間じゃないんだよね?」


「はい。私は竜族です」マリアは落ち着いた声で告げる。

「リリスは……吸血鬼ヴァンパイアですよ」


「わぁ……すごい!竜なんてカッコいいし、ヴァンパイアもなんだか幻想的な感じがする!」


「そ、そうかしら……? あ、ありがとう」

リリスは少し耳を赤くしながら、わざと視線を逸らした。


 アデルは話題を切り替えるように言った。


「よし、このまま街道を進んで途中の村で一泊だ。翌朝に洞窟を抜けてリュクシスに向かう。距離はそこまでないはずだ」


「この世界って移動手段が徒歩とか馬車しかないから、やっぱり不便だよね」ユウナは空を仰ぎ、軽くぼやいた。

「列車とか飛行機とか、あればいいのに」


「飛行機?」

アデルは首を傾げた。

「それは分からないけど……魔導列車ならあるぞ」


「えっ!? あるの!?」


「ああ。ただ、普段は使えないんだ。魔力消費が膨大で、ルクシアが所有しているのも新入生の入学の時くらいだな」


「なーんだ……結局は歩いていくしかないんだね」

ユウナは肩を落とした。


「まぁ、それも旅の醍醐味ですよ」マリアが柔らかく笑う。

「ああ、焦らずに進もう」


 そう言うアデルの声には、どこか自分に言い聞かせるような硬さが混じっていた。



その夜。


 街道沿いの村に立ち寄り、一行は宿で夕食を取ることになった。

 木の香りが漂う小さな料理屋。蝋燭の灯りが揺れる中、ユウナは目の前の皿を見て感嘆の声を上げた。


「美味しい! こんな料理、初めて!」


「確かに……旨いな」アデルも感心する。


 店主は嬉しそうに胸を張った。

「そう言ってもらえると嬉しいよ。この近くの川で取れるエメラルドフィッシュって魚さ。身が柔らかくて、煮ても焼いても美味しいんだ」


「へぇー、こっちじゃ聞いたことない魚ね」リリスは目を丸くする。


「ところで、あんた達どっから来たんだ?」と店主が尋ねる。


「ルナーシュです。ルクシア魔導学園から来ました」マリアが答えた。


「おお、学園の生徒さんか。だが、こんな場所に用事なんてあるのかい?」


「俺たち、この先の洞窟を抜けてリュクシスに行くんです」アデルが正直に答えると、店主の顔が急に険しくなる。


「リュクシスに?……やめておきなさい。あそこは今、とんでもないことになってるらしい」


「えっ……?」ユウナが思わず声を漏らす。


 店主は声を潜めるように続けた。

「あそこは城塞都市だが、大森林から魔物の群れが押し寄せて、防衛で手一杯らしい。しかも、兵士や住民の間で魔力が急に枯渇する症状が出て、防衛もままならないそうだ」


「……そう、なんですか」リリスの声が少し低くなる。

(思った以上に深刻そうね……)


 ユウナは心の中で呟いた。(なんか、大変なことになってない?)

 一方でアデルも表情を引き締める。(だけど、ここで聞けたのは幸運だ。明日はもっと気を張らないとな)


「ありがとうございます」マリアは礼を言う。

「でも……私達の友人がそこにいるかもしれないんです。行かないわけにはいきません」


「そうか……ならせめて気をつけるんだよ」店主は心配そうに頷いた。


 その夜、一行は不安を抱えながらも準備を整え、眠りについた。



翌朝。


「よし、ここがタイタス洞窟だ」アデルが言う。


 山の裂け目のように口を開いた洞窟は、ひんやりとした空気を吐き出していた。苔が岩肌を覆い、湿気が肌にまとわりつく。


「ここを抜けるのー? なんか暗いしジメジメしてそう……」ユウナは顔をしかめる。


「洞窟なんて、どこもこんなものよ。ユウナは初めてだから仕方ないわね」リリスが肩をすくめる。


「うわー、なんか出てきそう……」


「まぁ、少なくともモンスターは出るでしょうね」マリアが冷静に言う。


「うぅ……洞窟って戦いにくそう……」ユウナは刀の柄を握りしめ、不安げに呟いた。


「みんな、気を引き締めていくぞ。ここを抜ければ、もうリュクシスは近いはずだ」アデルは剣を握り、先頭に立つ。


 足音が反響する中、一行は洞窟へと踏み入った。



 洞窟を進んでいくと、ひんやりとした空気が一行を包み込んだ。

 水滴が天井から落ちる音が響き、時折、小さなコウモリが羽ばたいて通り過ぎる。

 松明の炎が壁の岩肌を照らし、影がゆらゆらと揺れていた。


「……なんか、本当に出そうなんだけど」

ユウナは刀の柄を握りしめ、辺りをきょろきょろと見回す。


「気を抜かないことですね。洞窟は音が反響しますから……敵が近いのか遠いのか、わかりづらいです」

マリアは静かに目を閉じ、竜族の鋭敏な感覚で気配を探る。


「ふん、どうせたいした奴じゃないわよ」

リリスが鼻を鳴らしたその時――。


 空気が変わった。

 重たい気配が迫り、洞窟の奥から、地響きのような唸りが伝わってくる。


「来るぞ!」

アデルが声を上げると同時に、土を押し分けて巨大な影が現れた。


 現れたのは、砂色の鱗を持つサンドワーム。

 その後ろには、赤く濁ったゼリー状のスライム、天井を這うように群れを成す洞窟ネズミとコウモリ――ドレインバットの大群だった。


「きましたよ!」マリアが身構える。


「よし、まずは俺が前に出る。リリスは援護、マリアは俺と前線! ユウナは遊撃、自由に動け! 頼りにしてるからな!」

アデルは剣を抜き放ち、鋭い声で指示を飛ばした。


「うん! 任せて! 私だって戦えるんだから!」

ユウナは瞳を輝かせ、腰の刀を抜く。



「はぁぁっ!」

アデルの剣から黒い衝撃波が奔った。

《闇の衝撃シャドウ・インパクト

衝撃が洞窟の壁を震わせ、迫り来るネズミの群れを一掃する。


「竜翔連撃!」

マリアは翼を展開し、竜の力を宿した拳と蹴りを繰り出す。

竜翔連撃ドラゴン・ダンス

鋭い打撃がサンドワームの鱗を砕き、轟音と共に地に叩きつけた。


「すごい……!」ユウナは思わず声を漏らす。

だが、リリスがすかさず叫んだ。


「ユウナ! ぼうっとしてたらやられるわよ!」


「っ……うん、私もやる!」


 ユウナは刀を構え、深く息を吐く。

 その瞬間、彼女の気配が変わった。


「……破断刃はだんじん!」


 空気が鋭く裂けた。

 青白い魔力を纏った刀が閃光となり、目の前のスライムを一刀両断する。

 ユウナの動きは流れる水のように滑らかで、次々と敵を斬り裂いていった。


「なに、この動き……!」

リリスが思わず目を見開く。


 アデルとマリアも、戦いながらもユウナの戦いぶりに目を奪われていた。


「次! 疾風・水神撃!」

ユウナが振るう刀に水の魔力がまとわりつき、渦巻く奔流がバットの群れを吹き飛ばす。


 さらに続けざまに、炎を纏った一閃がサンドワームの横腹を焼き裂いた。


「業火炎舞!」


 炎と水――本来なら相反するはずの魔力を自在に操るユウナ。

 彼女の腕から溢れる魔力は、刃を媒介にして多様な属性に変換されていた。


(……やはり普通じゃないな)

アデルは戦いながら、ユウナの左腕の紋様を横目で見た。

戦闘の最中、その紋様はいつも以上に強く脈打ち、淡い光を放っている。



 数分後。

 洞窟の中に、静寂が戻った。


「ふぅ……まぁ、こんなもんか」アデルが剣を下ろす。

「みんな、お疲れ!」


「お、お疲れ様……!」ユウナは肩で息をしながら刀を収めた。

「私……ちゃんと戦えてたかな?」


「ああ、すごいな。ユウナの戦い方は初めて見たよ。刀に魔力を通す……その繊細な制御、並じゃない」

アデルが素直に感嘆する。


「そうね。普段のユウナからは想像できないくらいだったわ」リリスも頷く。


「えー……それって褒められてるのかな?」ユウナは頬を赤らめて苦笑する。


 マリアが少し真剣な表情でユウナの腕を見た。

「でも……戦いの最中、腕の紋様の光が強まっていました。やはり何か関係があるのでしょうね」


「……うん。前からそうなんだよね。戦ってると、なんだかフワフワして、意識が遠くなる感じ。でも、不思議と体は動いてるの」


「大丈夫か? 危険なものじゃないのか?」アデルが心配そうに尋ねる。


「とりあえずは大丈夫……だと思う。でもやっぱり、変なのかな」


「今ここで考えても答えは出ないわ」リリスがきっぱり言う。

「それより、このジメジメした洞窟をさっさと抜けましょ」


「ああ、そうだな。よし、あと少しだ。気を抜かずに進もう」


 一行は再び歩を進め、モンスターを蹴散らしながら出口を目指した。



 やがて、外の光が見え始める。

 湿った空気が乾いた風へと変わり、眩しい光が差し込んだ。


「おっ! あれが出口か!」アデルが声を上げる。


「やっと外の空気が吸えるー!」ユウナが両手を広げて駆け出す。


「ふふ、ユウナは本当に洞窟が苦手なんですね」マリアは微笑んだ。


「まぁ、あたしも好きじゃないけどね……よっと」リリスが出口に手をかけ、外を覗き込んだ。


 しかし、彼女の足が止まる。

 表情が強張り、声が低く震えた。


「……アデル。あれを見て」


「ん? どうした……」


 アデルが外に出て視線を向けた瞬間――息を呑んだ。


「な、なんだこれ……!」


 そこには、リュクシスの街を取り囲む、黒々としたモンスターの大群。

 大森林から押し寄せた無数の魔物が、城壁へと波のように押し寄せていた。

 地響きのような咆哮と羽音が響き渡り、空気そのものが震えている。


「こんなの……国家レベルの災害じゃないか!」アデルが叫ぶ。


「とにかく急ぎましょう! あんな状態では数日も持ちません!」マリアが緊迫した声を上げる。


「アデル君達の友達もいるんだよね!? 早く行ってあげよう!」ユウナが刀を握りしめた。


「群れの中を突っ切るのは無謀よ!」リリスは冷静に周囲を見渡す。

「側面に、モンスターの薄い部分がある。そこから突破しましょう!」


「……くっ」アデルは拳を握りしめる。

「アスラ、グレイス、ミーナ……みんな、無事でいてくれ!」


 一行は決意を胸に、リュクシスへと駆け出した。

 彼らの眼前に広がるのは、絶望的な光景。

 そして、この災害がどのような結末を迎えるのか――まだ誰も知る由はなかった。

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