【五十四話:新たな仲間と西の都への旅立ち】
久々の投稿ですが少し短めです。
ルクシアにやって来てから、ユウナが学園の空気に慣れ始めて一週間が経とうとしていた。
最初の頃は、長い石造りの回廊や魔力の灯火がゆらめく校舎を珍しそうに眺め、授業をのぞいては戸惑いを隠せなかった。だが今では、目を輝かせて学園内を歩き、自然と笑みを浮かべることも多くなった。リリスやマリアともすっかり打ち解け、放課後には街へ繰り出したり、中庭のベンチでおしゃべりに花を咲かせたりするようになっていた。
ユウナはとにかくよく喋った。
自分の世界のこと、この世界に来る直前に起きた出来事、そしてジャロクで過ごした日々。聞く人にとってはどれも馴染みのない話ばかりだが、彼女の声には不思議と温もりがあり、聞く者の心を引き込む。リリスが「ふうん、面白いじゃない」と気のない風に相槌を打ち、マリアが「詳しく聞かせてください」と真剣に身を乗り出すたび、ユウナの頬も自然と綻んでいった。
彼女の装備もまた、異彩を放っていた。
纏っている衣はジャロク特有の魔法衣で、繊維に魔力が通り、炎や刃をある程度防ぐ効果を持つという。その上に軽量の鎧を重ねており、ユウナはそれを「武士の甲冑みたい」と笑いながら説明してくれた。
そして腰に提げられた片刃の剣――「刀」と呼ばれる武器。緩やかな反りと鋭い切っ先を持ち、この大陸では見かけない形状だ。彼女が鞘からわずかに抜き放つだけで、刀身が光を帯びたように見え、その動きは研ぎ澄まされたものだった。まるで彼女自身が刀と一体化しているように自然で、アデルやリリスでさえも目を奪われるほどだった。
しかし、誰もが気にかけているのは――彼女の左腕だった。
袖から覗く淡い青の紋様は、水面に差し込む光がゆらめくように絶えず揺らめいている。魔力が流れるたびにそれは呼吸をするように脈打ち、時折淡く輝きを放った。ユウナ本人は気にしていないふりをしていたが、無意識にその指先で腕を撫でる仕草から、心の底では不安を抱えていることは隠しきれていなかった。
―――――
ある夕暮れ、学園の食堂。
大きな窓から差し込む橙色の光が、長い机をやわらかく照らしていた。香ばしいパンとスープの匂いが漂い、生徒たちの笑い声が飛び交う。木製の椅子の上で脚をぶらぶら揺らしながら、リリスがスープを啜る。
「ねえユウナ、あんたの世界ってどんな食べ物があったの? 例えばさ、このパンとかスープに似てるものとか」
ユウナはパンを小さくちぎりながら少し考え込む。
「えっとね……パンはあるよ。もっと柔らかくてふわふわしてて、ジャムを塗って食べたりするの。スープは……うーん、味噌汁っていうのが近いかな。味噌っていう調味料を入れて、海藻とか豆腐を煮るんだ」
「みそ……汁?」とリリスが眉をひそめ、言葉を転がすように口にする。
マリアは興味深そうに身を乗り出した。
「それって体も温まりそうですね。ぜひ作り方を教えてほしいです」
「いいよ! でも材料がこっちで揃うかどうかは分からないけどね」
ユウナは笑いながら肩を竦める。その笑顔は、年相応の少女そのものだった。
―――――
食事を終え、廊下に出ると夜風がひんやりと吹き込んできた。窓からは満天の星が瞬き、月が校舎の屋根を銀色に照らしている。
ユウナはふと、自分の左腕を見下ろした。紋様が微かに光を返し、星の明滅と重なる。
「……やっぱり、気になりますか?」
背後から声がして振り向くと、マリアが静かに立っていた。
「え?」
「その腕。無理に隠さなくてもいいと思います。それに、一番気にしているのは……あなた自身でしょう?」
ユウナは唇を噛みしめ、少し俯いた。
「……うん。ジャロクでも分からなかった。ハサンさんは『お前の運命を導くものになるだろう』って言ってくれたけど……正直、怖い。もしこれが悪いものだったらって」
マリアは穏やかに微笑んだ。
「大丈夫です。ここには私たちがいます。リリスも、アデルも、もちろん私も。ユウナさん一人で抱える必要なんてありません」
その言葉に、ユウナは小さく肩の力を抜いた。
―――――
同じころ、学園の中庭。
リリスは夜空を見上げながら、手に持ったリンゴを齧っていた。甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がり、月明かりに照らされた噴水が静かに水音を奏でている。そこへアデルがやって来た。
「こんな時間に一人でなにしてるんだ?」
「ちょっと気分転換。……あの子のこと、どう思う?」
アデルは眉を寄せ、しばし考えてから答える。
「ユウナか。正直、驚いてる。あんなに自然に刀を振るえるなんて、よっぽど修練を積んできたんだろうな。でも、それ以上に……あの腕が気になる」
「私も。あれはただの魔力紋じゃない。普通の魔法とは、どこか違う気がするわ」
二人の視線は同じ方向を見据えていた。遠くの寮の窓、ユウナの部屋から柔らかな灯りが漏れている。
―――――
その夜。
ユウナは机に広げたノートに、今日あった出来事を一つひとつ書き記していた。
「リリスとマリアと買い物に行った。見慣れないリンゴみたいな果実が甘くて美味しかった。こっちの生活はまだ慣れないけど、みんなが助けてくれる」
文字を追うペンが止まる。
「……でも、私の腕のことは、まだ分からない」
ペンを置いた瞬間、窓の外から潮の匂いが流れてきた気がした。海はここから遠いはずなのに。
ユウナは左腕を抱きしめ、囁くように呟いた。
「ねえ……あなたは、私をどこに連れて行こうとしてるの?」
紋様は淡く脈打ち、答えるように一度だけ光を放った。
―――――
アデルは一人、自室にいた。
胸に引っかかっていることがある。
アスラ達から、いまだに連絡がないのだ。西の都リュクシスで起きている魔力枯渇の原因を調査するために旅立った彼ら。ユウナがルクシアに来た日から今日で一週間。異常が起きていると考えて間違いないだろう。
アスラ達は実力もあるし、無闇に危険へ飛び込む者たちではない。だが――何かに巻き込まれたのだろうか。
いまは学園長の指示を待つしかなかった。
「おーい!アデル! 学園長が呼んでるぞ! 学園長室に来いってよ!」
声を張り上げてきたのはタガロフだった。
「……やはり、俺たちが今度は向かう番か」
アデルが立ち上がると、タガロフが真剣な面持ちで近づいてくる。
「なあアデル、リュクシスに行くなら気をつけろよ。噂で聞いたが、あそこはいま大森林から魔物の群れが押し寄せてるって話だ。……だからよ、アスラ達も何かに巻き込まれたんじゃねえかって、俺は思ってる」
普段は豪快なタガロフが、珍しく低い声で言った。
「ああ……俺もそう考えていた。魔物の群れか。わかった、とにかく気をつけて行くよ。ありがとな、タガロフ」
「無事に帰ってこいよな!」
アデルは手を振り、足早に学園長室へ向かった。
―――――
学園長室。
「アデル君。以前話したとおり、アスラ君のパーティーと連絡が取れません。あなた方にはリュクシスに赴き、アスラパーティーの捜索をお願いします。それから、可能であれば現地の状況の把握、解決ができそうなら実行も」
「……わかりました」
「ただし、捜索が最優先です。そして何より、あなた方の帰還を最優先としてください。これ以上ことが大きくなれば、冒険者ギルドへ再依頼を出さざるを得ません」
「はい。充分に気をつけて調査にあたります」
「では、よろしくお願い――」
エルヴィアがそこまで言いかけた時、学園長室の扉が勢いよく開いた。
「あ、あのー! いいですか?」
「ユウナ!? なんでここに?」
ユウナは息を切らしながら、きっぱりと口を開いた。
「あの! アデル君達のクラスメイトを探しに行くんですよね! 私も行っていいですか?」
「ちょっと待て! どうして君が?」
「ダメかな? 私もアデル君達に助けてもらってからここにいたけど……もっとこの世界のことを知りたい! だから、ついていきたいんです!」
「いやでも、危険かもしれないし。君は学園の生徒でもないだろ?」
「そんなの関係ない! 友達が困ってるなら助けたいって思うから! それに……私だって戦う力になれると思う!」
「でもなぁ……」
「いいでしょう」
エルヴィアが静かに言葉を挟んだ。
「えっ!?」とアデルとユウナが同時に声を上げる。
「アデル君達だけよりは、四人パーティーで行動するほうが安定します。本来なら正式に四人編成にしたいところですが……今は他の依頼も抱えていて人員を割けませんからね」
ユウナの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます! 私、ちゃんと役に立ちますから!」
「……ユウナ。ありがとう、力を貸してくれ」
「では出発は明日としましょう。今日は準備と、リュクシスまでのルートを説明します」
こうしてアデル達はアスラ達の捜索のため、西の都リュクシスへと旅立つこととなった。
それがどのような運命を呼び込むのか――いまの彼らには知る由もなかった。




