【第四十話:女王の断罪】
――それは、アデルたちの目の前に現れた。
星の徒カペラが呼び出した禁呪の産物。存在するだけで周囲の空気が軋み、世界から一段ずれて見えるほどに異質だ。
赤の女王。
機械と生き物が縫い合わされたかのような異形。紅の外殻の隙間から有機質の色が覗き、装甲を走る黒い管が脈を打つ。無表情の仮面じみた顔面からは、裂け目の奥で血色の光が冷たく瞬いた。背に浮かぶ輪は炉心めいて熱を吐き、火の息を洩らすたび、石畳が熱で鳴る。
一歩、踏み出す。
火の粉が舞い、肌に刺さる熱風が正面から叩きつけられる。焦げ匂いが鼻腔を占拠した。
「なんなんだ、コイツは……」アデルは奥歯を噛んだ。
「な、なんなの……一体なんなのあれは!?」リリスが息を呑む。
「あなた達、すぐに逃げなさい!!」ユリが剣を構える。
「ここは俺たちが抑える! 学園に行け!」カイザルは大剣を肩に担いだ。
「そんなこと――させる訳がないでしょう?」
カペラが笑い、女王の影が撓む。
瞬きの間に、赤の女王はカイザルの眼前へ。
振り下ろされた巨大な剣が魔力の盾を紙のように裂き、その勢いのままカイザルを壁へ叩きつけた。
「がっ……!」
「カイザル先生!!」ユリが駆け寄る。だが女王は距離を一息で潰し、追撃の線を描いた。
「くっ……《氷魔撃》!」
ユリの氷槍が奔るも、噴き上がる炎が軌跡ごと呑み込み、逆流した熱圧が彼女の防御を焦がす。
張っていた守り越しに熱が刺し込み、ユリは肺を焼かれたような咳と共に膝をつく。
「先生!!」
「おい……こりゃマズいぞ……」タガロフの声が硬い。
「……わかってる。先生たちを置いて逃げられないし、あいつから無事に逃げ切れる保証もない。――戦うしかない」アデルは短く息を吸う。
「でも、あんなやつ……どうやって……」マリアが槍を握り直す。
「話してる時間はない。やるしかない! リリスとタガロフはリナの援護! ライエルとマリア、俺と仕掛ける!」
「……くっ、了解した!」ライエルが拳を固める。
「アハハ! あとはお前達を殺せば終わりだ!!」カペラの声音は愉悦に濡れていた。
赤の女王が動く。
アデルは《身体強化》で脚へ力を叩き込み、正面ではライエルの《鋼の拳》が剣と火花を散らす。
上空へ跳び上がったマリアが旋回し、逆光に槍の穂先を閃かせる。
「《竜墜翔撃》!!」
落下の線を合図に、アデルはアルセリオンを双剣へ転じた。
「《夜の太陽》――《漆黒の光》!」
光と闇が交差し、雷鳴めいた斬光が女王を刻みにかかる。
だが、女王は片手を掲げただけで世界の色を塗り替えた。
「《処刑場》」
天井から、地の底から、鎖に吊られたギロチンが一斉に出現。盾の列となって攻撃を受け止め、刃を跳ね上げてそのまま襲いかかる。
斬撃は弾かれ、アデルの肩口に遅れて冷たい線が走る。
「こっちにも来るわ! 《血月輪》!」
リリスが吸血鬼形態へ。紅の大鎌が鎖を断ち、落刃の角度を逸らして後方被害を削ぐ。
「クソ! これじゃすぐ守りが崩れる!」
タガロフは《鋼甲陣》で面を張り替え、リナの前へ身を入れた。焼けた鉄片が雨のように降りしきる。
「ダメだ、このままじゃ後ろがもたない! ――即興だけど三人で合わせるしかない! ライエル、頼む! お前なら出来る!」
「無茶を言ってくれる……だが、やってみせよう」
三人の魔力が一拍で重なる。息、詠唱、発動――点で合わせる。
「三重魔法――《太陽神の怒り(アポロ・クライシス)》!!」
白金の光柱が射出され、鉄の森をまとめて薙ぎ払った。
連なるギロチンが弾け飛び、光の刃はそのまま女王の胸甲へ直撃――爆圧。視界が白に弾け、遅れて圧音が腹に重く落ちる。
「いいぞ! だけど、まだだ――追撃する!」アデルが踏み込む。
「待って! 何か――」マリアの警告は結像しない。
粉塵を裂いて、斬撃だけが先に飛び出した。
マリアは咄嗟に槍で受けを作るが、衝撃に耐え切れず吹き飛ばされ、そのまま意識を手放す。
「マリア!! 大丈夫か、マリア!」
「マリア! ……っ、しっかり!」
駆け寄りたい衝動を、リリスは歯を食いしばって抑え込む。
「わ、私なら大丈夫です。だから……加勢してください」リナが震える声で告げる。
「ダメよ。ここまで攻撃は来る、あなたを一人にできない」
「大丈夫だ。きっとアデルがなんとかしてくれる。援軍だって、すぐ来るはずだ!」
タガロフは笑ってみせた。根拠はなくとも、今は希望の形が要る。
粉塵が割れる。
赤の女王はまだ歩いていた。装甲に焦げと凹みは刻まれているが、炉心の輪はさらに眩さを増している。
「まだだ! 《鋼鉄の番人》!」
ライエルが鋼鉄の番人を展開し、拳を叩き込む構え――だが女王は易々と弾き、瞬き一つで懐へ入った。
「なっ……!?」
「残念だけど、あなたは終わりよ。《悪魔の炎腕》」カペラの声が重なる。
女王の背から伸びた炎の腕が、ライエルの胴を鷲掴みにする。
獄炎が弾け、黒煙があがった。
次の瞬間、拘束は解け、ライエルは石畳へ崩れ落ちる。
「ライエル――!!」アデルの叫びが掠れる。
焦げた外套の下、焼け跡は深く、無事ではないことを物語っていた。
「アハハハ!! これであとはあなたたちだけね。――まぁ多少はやるようだけど、やっぱりこの程度じゃお話にならないわ」
カペラは指先で空をなぞり、甘やかに告げた。
「じゃあ、そろそろ死んでちょうだい。《女王の断罪》」
空間が鳴る。
斜め上から、真下から、側面から――ギロチンの嵐が押し寄せた。
「マズい!! リリス、タガロフ、防御を固めろ!」
「わかってるわ!」
「うおおっ!」タガロフが壁となり、リリスが刃を逸らす。
――足りない。
面の守りは衝撃の余波に削られ、骨まで揺さぶられた。
「うわああああ!!」
全員が吹き飛ぶ。アデルは地面を三度転がって起き上がるが、視界は揺れ、喉に鉄の味が広がる。
タガロフはなおもガードを張り直すが、ひびの入った盾は次の衝撃で砕け、女王が既に目の前にいた。
「――邪魔よ」
剣が横薙ぎに閃き、タガロフは宙に放られて石壁へ叩きつけられる。
リリスは片腕に深い裂傷を負い、紅がぽたぽたと滴った。
「さ、あなた達で最後よ。――死になさい」
女王の大剣が振り下ろされる。
「リリスーー!!」アデルが叫ぶが体は動かない。
「!! ……くっ!」リリスの瞳がすがるように揺れた、その時――
鮮血が、花のように散った。
斬られたのは――リナだった。
リリスの前へ、かろうじて身を滑り込ませた小さな身体が、剣の一撃を受けて膝を折る。
「リナ!! しっかりして! リナ!!」
「……リリス先輩……無事で……良かった……」
「喋らないで。お願い、リナ……!」
「私……先輩の役に……立て……ましたか?」
リリスは震える腕でリナを抱きとめる。掌に広がる血の温度が、現実を刻んだ。
「そんな……なんで、なんでなんだよ……」アデルの視界から色が抜けていく。
ライエルは倒れ、マリア、タガロフは気を失い、リリスは血に染まり――リナが、、消えていく。
仲間達を助けることもできない。
絶望。
他に名はない。
――その時、耳の奥で囁きが弾けた。
(力がほしい……?)
どこからともなく、しかし確かに。
胸腔の奥、暗い井戸に投げ込まれた言葉のように、反響が返ってくる。
(全てを壊してしまう破壊の力だとしても……?)
そして――始まる。




