【第三十六話:刃と雷鳴、紅と竜の舞】
細かく話数を分けていて申し訳ないです。2年生編も終盤です。
8/22 話を飛ばしてしまった関係で三十五話と三十六話を統合します。
魔導競技会は、陽が傾き始めた午後の部へと突入していた。
観客席の熱気は衰えるどころか、先ほどの特別試合によってさらに膨れ上がっている。
『――さぁ、突然始まった特別試合でしたが、ものすごい盛り上がりでした! 続いては二年生の試合になります! 先ほどの戦いのような、白熱の一戦を期待しております!』
軽快な実況の声が会場に響く。
「……あれを期待されちゃあ、だいぶプレッシャーかかるよな?」
タガロフが腕を組みながら、半ば呆れたように呟く。
「ふふ、そうですね。でも――私たちもアデルに負けてはいられません」
マリアは唇に笑みを浮かべ、瞳だけが鋭く光る。
「そうね。今度は、あたし達の実力も見せつけてあげるわ」
リリスが腰に手を当て、挑戦的に視線を送る。
「……まぁ、お手柔らかに頼むよ」
アデルは苦笑しながらも、その目には楽しげな色が宿っていた。
『――では第一試合は、アスラ=マダリオン対グレイス=バーンレッド!』
「おお! こりゃ見ものだな! 去年の決勝戦がいきなりか!」
タガロフが身を乗り出す。
「ああ。去年はグレイスが優勝だったからな。今年はどうなるかな」
アデルも自然と前傾姿勢になる。
「あー、ここにいたー!」
背後から明るい声。ミーナが駆け寄ってくる。
「あら? ミーナじゃない。それはこっちのセリフなんだけど」
リリスが眉を上げる。
「グレイスとアスラの試合見てたけど、二人とも出場だからあたしもこっち来たの」
ミーナは笑いながら観客席に腰を下ろす。
「ふふ、二人の試合は二回目だし……楽しみね」
リリスが頬杖をつく。
「おい、そろそろ始まるぞ」
ライカが短く告げる。
「な、なんだか私まで緊張してきちゃいました……」
ティアは小さく手を握りしめた。
『――では、そろそろ試合開始です!』
「去年は負けたが、今年はそうはいかない」
アスラが剣を構えながら宣言する。
「おー、気合い入ってるね! でもアタシも負けちゃいないよ。今年もアタシの勝ちとさせてもらおうかね!」
グレイスが大剣を担ぎ、にやりと笑った。
『試合開始――!』
先に動いたのはグレイスだった。巨躯が跳ね、巨大な大剣が唸りを上げて振り下ろされる。
「いくよ!――《大地金剛撃》!」
グレイスが咆哮と共に大剣へ濃密な魔力を纏わせる。刃を包む土色の光が脈打ち、筋肉のうねりとともに振り下ろされた。
それは、オーガである彼女だけが扱える、魔力を腕力でねじ伏せて叩き込む一撃。大地ごと敵を吹き飛ばす、質量と爆発力を兼ね備えた暴力そのものだ。
「おおっと、グレイス選手! 一撃必殺級の大技から入ったーっ!」
実況が熱を帯びる。
しかし、アスラの姿は残像を残して消えていた。
稲光が走り、耳を打つ雷鳴が遅れて届く。
「ふっ、やはりパワーだけはあんたには勝てそうにないな。だが――!」
足元に奔る激雷が、アスラの全身を包み込む。《激雷加速》――一瞬で視界の端から消える加速。
グレイスが反応するより早く、右腕へ雷が収束していく。
「これが――俺の戦い方だ!」
空気が焼ける匂いと共に、雷槌が振り下ろされる。《雷神の槌》!
閃光が視界を白く染めた。
「ぐっ……この魔法は……あんた、いつの間に……!」
グレイスは驚愕を押し殺し、大剣を盾代わりに構える。
同時に地面を踏み鳴らすと――
「《地の守り(エレメントアース)》!」
足元からせり上がる土壁が雷撃を受け止めた。
しかし、火花が壁面を削り、瞬く間に亀裂が広がっていく。
「やはり防ぐか……だったら、防げないようにするまでだ!」
アスラは息も切らさず、続けざまに詠唱――連続発動。《雷神の槌》が再び振り下ろされた。
「なっ……連続魔法だって……!? う、うがぁぁぁ!」
雷が土壁を粉砕し、衝撃波が観客席まで届く。
胸甲に直撃を受けたグレイスの巨体が、地面を削りながら後方へ吹き飛んだ。
『き、決まったーーーっ! まさかの連続トールハンマー! これは予想外!』
砂煙が晴れると、剣を突きつけるアスラと、膝をつくグレイスの姿があった。
「はぁ……今回は、アタシの負けだね。それにしても……あんた、まだ本気出してないね?」
「ふっ、まだ試合も残ってる。見せるつもりはない。これからが本番だ」
「まったく……ホントに気合い入りすぎだっての」
『試合終了――! 去年の優勝者が、一回戦で敗退! これは波乱の幕開けです!』
「おい! マジかよ! アネゴが何も出来ずに負けたぞ!」
アデルが目を見開く。
「ああ……アスラ、あの野郎いつの間に魔力制御を高めやがった? こりゃアデルだけを警戒するわけにいかねえな」
タガロフが唸る。
その頃、一年生席では――
「ワタクシ達もそれなりに出来ると思っていましたが……実力不足は否めませんですわね」
レティシアが腕を組む。
「……俺はそうは思わん。やってみなければな」
「まぁ、そうやってアデルさんに負けたのでは?」
「ぐっ……うるさい!」
ライエルが顔をそむける。
「ふ、二人ともケンカはやめて……試合を見ようよ」
シオンが慌てて間に入る。
(あれ……? リナさんは……?)
ふとシオンが周囲を見回し、顔を曇らせた。
「ぼ、僕、リナさんを探してくる! 迷ってたら困ってるかもしれないし!」
二人は口論に夢中で、シオンの言葉に気づかない。彼は観客席を抜け、試合会場を後にした。
◇ ◇ ◇
『――続いて第二試合、リリス:ブラッド対マリア:サーペント!』
「この二人って戦ったことあったっけ?」
アデルが首を傾げる。
「いや、模擬戦ならあるだろうが……本気の戦闘は初めてじゃねえか?」
タガロフが答える。
「そうだな。しかし、この二人の戦いは俺も興味がある。二人とも人間ではない種族同士……特別な魔法が見られそうだ」
ライカが低く言った。
「そ、そうですね……お二人とも仲が良いのは知ってますが……戦ったらどうなるのか……な、なんだか心配です」
ティアは小さく胸を押さえる。
「大丈夫さ。二人とも試合だし、ある程度は考慮するだろうさ……たぶんな」
「おい! そこは自信持てよ!」
タガロフが即座に突っ込む。
「マリア、あなたには感謝してるわ。アデル達とあたしを助けに来てくれたこと、それに普段から一緒にいて、訓練も付き合ってくれること」
リリスが静かに言葉を紡ぐ。
「でも――試合になったら話は別よ。今日はあたしが勝つわ!」
「ふふ……リリスらしいですね。でも、私も今日は本気であなたとぶつかってみたいです。だから――今の私に出来る全てで戦います。手を抜かないでください」
「ええ、もちろんそのつもりよ!」
『第二試合――試合開始!』
二人が一歩を踏み出す。
歓声と共に、午後の陽光が二人の影を長く伸ばした。
だが、その裏で――別の何かが、静かに動き出していた。
それをまだ、アデル達は知らない。
◇
第二試合――マリアとリリスの対決が始まろうとしていた。観客席からは大きな歓声が湧き上がり、空気が一層熱を帯びていく。
砂塵を巻き上げる演習場の中央で、二人は真っ直ぐに向かい合った。視線が交錯する一瞬、火花が散ったような緊張感が走る。
「……やりますよ、リリス」
マリアの瞳は燃える竜のように揺らぎ、声には迷いがなかった。
「もちろん。手加減はしないからね」
リリスの口元に小さく笑みが浮かぶ。だが、その笑顔の奥には鋭い牙を隠した猛獣のような気配が潜んでいた。
審判の合図と同時に、二人は地を蹴った――。
マリアが真っ先に放ったのは、無数の魔槍が花のように空間に咲き乱れる《槍花咲》。銀光を帯びた槍が一斉に軌道を描き、空を裂きながら獲物を穿たんと迫る。
その迫力は、まるで戦場に降り注ぐ流星群のようだった。
一方、リリスは即座に高火力の炎魔法――《紅蓮爆炎》を展開。赤熱の爆発と灼熱の炎が渦巻き、咆哮のごとき熱風を伴ってマリアを包み込もうと襲いかかる。
轟音と共に双方の魔法が激突し、爆風が観客席にまで押し寄せる。視界を覆う砂煙の中、金属がぶつかる高い音と魔力のうねりが交錯した。
マリアは素早く横へ跳び、炎の奔流を紙一重で回避する。熱波が頬をかすめ、額に薄い汗が滲む。
リリスは迫り来る槍の群れを、赤い魔力の障壁で受け流しながら後退した。
「……さすがリリス。やりますね」
「まだこれからよ、マリア」
言葉と共に、マリアの身体が紅の魔力を帯びる。《竜気纏》――その威圧感は観客の息を呑ませ、場の空気が震えた。
続けて、彼女は掌に竜の力を収束させると、一気に放つ。《竜息光線》――白熱した光線が大気を焦がし、一直線にリリスを貫かんと奔る。
直撃――かと思われた瞬間、リリスの全身が紅く輝き、髪色が血のように変化する。《血月輪》が発動し、吸血鬼形態へと変貌していた。
紅き瞳がマリアを捕らえ、まるで獲物を逃さぬ猛禽の眼差し。
血の魔力で顕現した大鎌が、空を裂くように振り下ろされる。マリアは愛槍を構え、刃と刃が激突。甲高い金属音が響き渡り、衝撃が両者の腕を痺れさせた。
「マリア相手に余裕はないわね……なら――」
リリスは地面に複雑な血色の魔法陣を描き、《紅キ血ノ城砦》を発動。紅の魔力で築かれた城がそびえ立ち、城壁から血の魔力弾と光線が雨のように降り注ぐ。
その猛攻は嵐のごとく絶え間なく続き、マリアの前進を阻む。
「……っ、ならば!」
マリアは高く跳躍し、幻影を纏って空を裂く。《幻槍散撃》――数十の槍が降り注ぎ、城壁を次々と穿つ。破片と紅の光が飛び散り、城砦が軋む音が響く。
崩落の瞬間を待っていたかのように、リリスが間合いを詰めた。
二本の大鎌が赤い残光を引き裂く。《切リ刻ム者》――閃光のような連撃がマリアの防御を打ち破り、その身体を後方へと吹き飛ばす。
マリアは場外に転がり、土煙が舞う中で審判の手が高く掲げられた。
『勝者――リリス・ブラッド!』
会場は割れんばかりの歓声に包まれ、観客席の一角でアデルが腕を組みながら呟く。
「いやー……リリスが勝つとはな」
「正直、どっちが勝ってもおかしくなかったぜ」タガロフが頷く。
「……あれは凄まじいな。あの攻防一体の魔法、捌くのは骨が折れそうだ」ライカも感嘆の息を漏らす。
「さすがの戦いだったな、アタシもリリスと戦ってみたかったね」とグレイス
「さすがにグレイス相手ならリリスだって手を焼くんじゃない?」とミーナがそれに返答する。
(みんなリリスの戦いを見て熱くなってるな……俺もリリス達に恥ずかしくない戦いをしないとな)
アデルはそう思いより一層気を引き締めていく。
熱気渦巻く会場――だが、その裏で静かに不穏な影が動き始めていた。
◇
「リナさんー……どこいったの?」
シオンは会場近くの林を歩き、リナの姿を探していた。
「会場にもいなかったし……街にも見当たらない。学園の方かな?」
学園へ向かおうとしたその時、林の奥からかすかな気配が漂う。覗き込むと、そこには確かにリナがいた。
しかし、彼女は懐から赤い魔石を取り出し、無言で地面に設置している。
「リナさん? 何してるの? それ……」
問いかけと同時に、リナは顔を上げ――言葉もなく魔法を放った。
「!? 《闇殻防壁》!」
咄嗟に防御魔法を展開したシオンは、衝撃に押し返されながらも踏みとどまる。
「リナさん! どうしたの!?」
だが、その瞳からは感情の光が消えていた。
「邪魔が入ったわね……仕方ない。ちょっと早いけど――そろそろ始めましょうか」
声色はリナのものではない。別の何者かがその体を操っているようだった。
(リナさんじゃない……な、なんだこれ……!)
次の瞬間、再び魔力が収束する。
「正気に戻って!」必死の叫びも届かず、無情にも攻撃は放たれ――。
盛り上がる競技会の裏で、暗い影は牙を剥こうとしていた。
その狙いは、学園の生徒だけでなく、ルクシア、そしてルナーシュの街全体へと向けられつつあった――。




