【第三十三話:競い合う絆、交わる想い】
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ルクシア魔導学園に、今年も“あの季節”がやってきた。
風に舞う初秋の葉、校舎前の掲示板に貼られた鮮やかな告知書。そこには金の筆跡で《魔導競技会 開催決定》と大きく記されていた。浮遊水晶の投影には、今年の出場者リストがゆっくりと回転しながら表示されている。演習場の一角では、すでに幾人もの生徒たちが早朝訓練に励み、熱気を生み出していた。
この時期になると、学園の空気は少しずつ変わっていく。廊下に漂う緊張感、昼食時に交わされる噂話、魔導具店で売れ始める強化アクセサリー……。すべてが、この一大イベント《魔導競技会》の訪れを予感させる。
そして、その朝――
ルクシア中央庭園にて。
中庭の大樹のそば、白い石のベンチに座る二人の姿があった。
リリス:ブラッドはゆっくりと紅茶のカップを傾けながら、隣に座るアデル:セリオルの横顔を見つめていた。その視線には、どこか愉快そうな、そしてほんの少しだけ心配げな色も浮かんでいる。
「ねえ、アデル。今年は――出場するんでしょ?」
問いかけは柔らかくも真っ直ぐだった。
アデルは軽く目を閉じ、ふっと息を吐く。白磁のカップをテーブルに戻し、頬にかかる前髪を払いながら笑みを浮かべる。
「ああ。今年はもちろん出場するさ。……負けられない理由が、あるからな」
「ふふ、やっぱりね。あんたのことだから、出ないなんて選択肢はないと思ってたわ」
リリスは紅茶を口に含みながら、目を細めた。
「それにしても最近、なんだか姿を見ないことが多いわよね。どこで訓練してるの?」
「ん? ああ、それは……秘密だよ」
「秘密?」
「そう、“秘密特訓”ってやつ」
アデルは肩をすくめて苦笑する。わざとらしく謎めいた言い方をする様子に、リリスは呆れたように眉をひそめる。
「ふーん……まあ、いいけど。その“秘密特訓”の成果――競技会で見せてもらうから、覚悟しておいてね」
「……ああ。ちゃんと見ててくれよ。少しは成長してるところ、見せてやる」
アデルが意気込むように拳を握ったその瞬間、背後から聞き慣れた低い声が飛んできた。
「――今年はお前も出るのか、アデル」
声の主は、漆黒の外套をまとったアスラ:マダリオンだった。
陽光を背に受け、鋭い眼光をそのままアデルに向けている。その立ち姿には一切の隙がなく、鍛錬された刃のような気配が滲んでいた。
「アスラ。ああ、出るよ。今年はな」
「……当然だ。俺も出場する。“実力”を試すには、あれほど適した舞台はない。それに……お前とも本気で戦ってみたいと思っていた」
その言葉に、アデルの胸に浮かぶのは――あの魔導獣との戦い。命を懸けて戦った、忘れがたい記憶。アスラとは、あの時から変わらぬ“火花”を感じていた。
「そうか……なら、見せてやるよ。俺の“今”を」
「楽しみにしている。だが――これは遊びではないということは、忘れるなよ」
アスラはそれだけを言い残し、踵を返して去っていく。その背には、すでに次の戦いへと向かう覚悟が滲んでいた。
アデルは小さく苦笑しながら呟いた。
「……ったく、あいつってば、最後には必ず突っかかってくるよな。でもまあ……それがアスラらしいけどさ」
「ふふ、たしかに。でも、あたしはあの人――嫌いじゃないわ」
「うん、わかる。真っ直ぐだからな、アイツは」
二人の間に流れる空気が、いつしか軽やかなものに変わっていた。
「ところで、他のみんなはどうするのかな?」
アデルが問いかけると、リリスは軽く指を立てて数え始めた。
「たしか……マリア、ミーナ、グレイス、タガロフ、ティア、ライカ、シグ……って、ほとんど全員出場するらしいわよ」
「……マジかよ。みんな気合入ってるなあ」
アデルは頭を抱えて天を仰ぐ。
「って、おいリリス。お前はどうなんだ?」
リリスはくすくすと笑いながら、長い黒髪をかき上げた。
「ふふ。実はね、あたしも出ることにしたの。リナに“見たい!”ってせがまれちゃってさ。かわいい後輩に頼まれたら、断れないでしょ?」
「おー、リリスもか……! こりゃ気が抜けないな。もし当たったら、全力で行くぞ?」
「望むところよ。……ただし、ボコボコにされる覚悟はしておきなさい」
「ひぃ……姫様、お手柔らかにお願いします」
「どうかしらね?」
リリスとアデルの笑い声が中庭の空に溶けたそのとき――
「あ、アデルさん、リリスさん……ここにいたんですね。あの、二人で……何の話をしてたんですか……?」
陽光の差す中庭の入り口から、控えめな声が届いた。現れたのは、鮮やかな青髪を揺らすティア:ラフィエル。彼女の後ろには、屈強な体格をしたタガロフ=ライクと、獣耳をピクリと動かすライカ=フェングリム、そして落ち着いた足取りでシグ=エルグランドとマリア:サーペントが続いていた。
「お、ちょうどいいところに来たな。みんなも競技会の準備中か?」とアデルが声をかけると、ティアは少し恥ずかしそうに胸元で指を組みながら、小さくうなずいた。
「えっと……はい。今年は……その……私も出てみようかなって……思ってます……。去年は見るだけだったんですけど、少しだけでも……力を試してみたくて……」
アデルが「タガロフは今年も出るって聞いたけど?」と視線を向けると、タガロフは低くうなずいた。
「おう。今年も全力でぶつかるつもりだ。去年の俺とは違うってところ、ちゃんと見せてやるさ。戦ってこそ、意味があるからな」
「……勝ち負けも大事ですけど、自分の限界を知る機会にもなりますよ」と、マリアが静かに言葉を添える。
「俺も今回は出場しよう……」とライカが一歩前へ出る。その目には静かな闘志が宿っていた。「“速さ”も、理性も、どこまで保てるか。獣人としての本能を越えられるか……それを試したい」
「僕も……僕も出場します」シグは少し頬を染めながらも、真っ直ぐな声で言った。「自分の力を測る場として、これ以上のものはないから。それに……やっぱり、仲間と本気で向き合うのって、大事だと思ってるんだ」
全員の意気込みを聞いたリリスは、どこか嬉しそうに目を細めた。
「ふふ、みんな出るのね。これは見応えありそうだわ」
「見応え? おいおい、観戦側みたいな言い方だな」とアデルが笑うと、ティアが慌てて首を横に振る。
「そ、そんな……リリスさんも、出るんですよね? その……リリスさんの魔法……私、すごく楽しみにしてるんです……!」
「ふん、そうだな」とライカが頷く。「ただし、俺と一回戦で当たったら……運がなかったと諦めてくれ」
周囲が笑いに包まれる中、ふとマリアがリリスへ視線を向けた。
「リリスは今回は……その、ヴァンパイアの力も使うつもりですか?」
リリスは一瞬だけ目を伏せたが、すぐに顔を上げてまっすぐに答えた。
「ええ、もちろんよ。もう、あたしは自分を隠したりしない。しっかり見せつけてやるわ、全部ね」
その強さに、マリアは穏やかな微笑みを浮かべた。
「ふふ、リリスらしいですね」
空は澄み渡り、木々の間を吹き抜ける風が、彼らの未来をそっと祝福するかのようだった。
魔導競技会――それは単なるイベントではない。力を試すだけでなく、仲間と向き合い、自分自身と対話する時間。
その季節は、静かに、しかし確かに――始まりを告げていた。
◇
一方その頃、ルクシア魔導学園の裏庭――石畳と苔むした煉瓦が織りなす小径を、三人の生徒がゆったりと歩いていた。
リナ:リゼルフィアは陽気な足取りで先を行き、その後ろを、端正な身なりのレティシア=グランヴェールと、控えめな足音でついてくるシオン:テュレイスが並んで歩く。
柔らかな木漏れ日が葉の隙間から差し込み、三人の影をやさしく包んでいた。
「はぁ〜、今日もいい天気ですねぇ」
リナがくるりと振り返り、両手を背中で組みながら笑顔を向ける。
「こんな日は、どこか遠くまでお散歩したくなっちゃいます〜。お二人はどうですか?」
「そうね。風が気持ちいいですわ。……まあ、あまり陽を浴び過ぎるのは肌に悪いですけれど」
レティシアは仮面のような微笑を浮かべつつ、日傘を差してその白い肌を守る。
その隣で、シオンは俯きがちに答えることなく、黙々と歩いていた。彼の瞳には揺れがあり、どこか思いつめた様子も見える。
そんな空気を切り裂くように、突然――
「……おい」
低く鋭い声が三人の前に投げかけられた。
足を止めた三人の視線の先、樹の陰から現れたのは、鍛え抜かれた身体を外套で包んだライエル=ジン・クルセイドだった。腕を組み、鋭い眼差しでこちらを見据えている。
「競技会には……お前らも出るのか?」
唐突な問いに一瞬戸惑ったが、リナが明るく応じた。
「私は出ないつもりですよ〜! 観戦するほうが楽しそうですし♪ でも、レティシアさんは出るって言ってました!」
屈託のない笑顔でそう言うリナに、レティシアは頷いてから、ライエルへと視線を向ける。
「ええ。最近、己の実力を測る機会が必要だと感じまして。……《魔導競技会》は、ちょうどいい舞台ですわ」
「……ふん。好きにしろ。ただし」
ライエルの声が、わずかに重たくなる。
「競技会といえ、魔導を本気でぶつけ合う戦いだ。……骨が折れることも、血が流れることもある。覚悟を決めておけ」
その忠告に、レティシアはわずかに目を見開いたが、すぐに涼やかに笑ってみせた。
「あら……まるで、心配してくださっているようなお言葉。けれど、ご安心を。ワタクシ、決して油断など致しませんわ」
その態度は尊大にすら見えたが、以前と比べれば、どこか柔らかな変化が感じ取れた。
「……なら勝手にしろ」
ライエルは一言だけ返し、次に視線を向けたのは、ずっと沈黙していた少年――シオン:テュレイスだった。
「……お前は、どうするんだ?」
「え、僕……?」
シオンはたじろぎ、足元を見つめるようにして言葉を濁す。
「うん……今回は、やめとくよ。僕なんかが出ても、きっとすぐにやられちゃうし……」
その声には、明確な“諦め”の色があった。
レティシアがわずかに眉をひそめ、リナが口を開く。
「えー、もったいないですって! せっかくの競技会なんだから、出場するだけでもきっと良い経験になりますよ!」
「……ありがとう。でも……」
シオンはかすかに笑ったが、その笑みには影があった。
「どうして僕がA組にいるのか、いまだに不思議なんだ。……みんなはすごいのに、僕だけが置いていかれてる気がして……」
その言葉に、ライエルは容赦なく言い放った。
「臆病者には、観客席がお似合いだ」
冷たい声。その刹那、空気がぴたりと張り詰めた。
「……俺はもう行くぞ」
言葉を残し、ライエルは踵を返す。その背中は、振り返ることなく小径の向こうへと消えていった。
「もー……あんな言い方しなくてもいいのに」
リナが口をとがらせる。
「ほんと、不器用な人ですね。優しさの出し方、間違えてますよ……」
その言葉に、シオンは小さく苦笑する。
「……でも、彼の言うこと、少しだけわかる気がする。僕、戦うことが怖いんだ。期待されるのも、負けるのも」
かすかに震える声。その奥には、劣等感と自己否定の棘が潜んでいた。
リナはそっと立ち止まり、シオンの隣に並ぶ。そして、やさしく微笑んだ。
「でもね、シオンさん。私は――シオンさんのこと、“すごい人”だって、本気で思ってますよ?」
「……え?」
「臆病でも、自信がなくても、それでも魔導の道を諦めてない。そんなシオンさんを、私はすごいって思うんです」
その言葉に、シオンの目が見開かれる。
リナの声は明るいが、そこに込められた思いは真剣だった。
「無理にとは言いませんけど……でも、私はいつか、シオンさんが本気で戦う姿を見てみたいなって。思ってます」
「……ありがとう。リナさんは、優しいね」
シオンは少しだけ顔を上げた。その表情はまだ不安げだったが、心のどこかに温かな灯が灯ったような気がした。
静かな風が吹き抜け、木々の葉がさざめいた。
言葉の続きを交わすことはなかったが――その沈黙には、確かに意味が宿っていた。
◇
そして、季節は巡り――
《魔導競技会》が近づく。
無数の生徒たちの熱意と努力が、ルクシアの演習場に響き渡っていた。誰もがそれぞれの目的を胸に秘め、この舞台に立つために。
友情、憧れ、誇り、そして“決意”。
そのすべてが、いま――動き始めようとしていた。




