表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
混沌のアリス  作者: 里羽
35/71

【第三十二話:紅に染まる月と氷の誇り】

訓練場に張り詰めた静寂が落ちた。


午後の陽光が天蓋のように差し込み、白銀の床に影を落とす。そこに立つ二つの影――リリス:ブラッドとレティシア=グランヴェールは、互いに対峙し、数歩の距離を隔てたまま動かない。


少女たちの制服がわずかに風に揺れ、空気がぴんと張り詰める。その中で、レティシアが一歩前へと踏み出した。


「ちゃんと来たようですわね。では――さっさと始めましょうか」


その声音は冷ややかにして高慢、だが礼節を崩さぬ貴族らしい威厳を纏っていた。


リリスはふっと笑みを浮かべる。だが、その瞳の奥には確かな“火”が宿っていた。


「ええ、じゃあお手柔らかによろしくね」


軽く首を傾げるしぐさは穏やかだが、内に宿すのは決して軽いものではない。


 


少し離れた観覧席では、マリアとリナが静かに見守っていた。


「あの、マリア先輩? リリス先輩がヴァンパイアってさっき聞いたんですけど……どんな魔法を使うんですか?」


緊張と期待が入り混じった声に、マリアは少し目を細める。淡く微笑みを浮かべながら、リナの問いに応じた。


「実は……私もあまり見たことがないんです。リリスが“本気”を出すところは」


「えええ!? マリア先輩でも? じゃあ、すごい戦いになるかも……!」


リナは両手を口に添え、無邪気に声援を送った。


その直後――


「……ふん、観客の声援とはずいぶん気楽なものだな」


鋭く低い声が背後から投げかけられる。振り返ったリナとマリアの視線の先には、黒髪を整えた凛然たる青年――ライエル=ジン・クルセイドの姿があった。


彼は訓練服の襟元をきっちりと留めたまま、腕を組み、静かに戦場を見つめている。その表情は冷静沈着で、どこか戦士の矜持を感じさせるものだった。


「ライエル……」と、マリアが呟くだけで会話は続かず、空気は再び緊張に染まっていった。


 


訓練場では、戦端が切られようとしていた。


「《水蛇のアクア・ファング》!」


レティシアが先に動いた。足元から水の槍が立ち上がり、唸りを上げてリリスに迫る。続いて、空気が冷たく凍りつく。


「《氷結のアイス・シャード》!」


放たれた氷槍が追撃の如くリリスを包囲する。


「――《風陣障壁ウィンド・ガード》!」


風の魔法が渦を巻き、氷を弾き飛ばす。リリスはそのまま一歩踏み込み、回転するように動くと――


「《焔のフレア・ダンス》!」


赤き炎が迸り、軌跡を描きながらレティシアの足元を狙う。


「《凍てつく守り(アイス・ウォール)》!」


氷の壁が炎を遮断し、瞬間、白い蒸気が視界を覆う。


その蒸気の中から、レティシアの挑発の声が響いた。


「それだけですの? ヴァンパイアであるならば、もっと“異質な”魔力を見せてくれると思いましたのに……拍子抜けですわね」


その言葉に、リリスの眉が僅かに動く。だが、彼女はすぐに落ち着きを取り戻し、静かに息を吸った。


 


再び放たれる氷の刃。


「《氷刃連舞フロスト・ダンス》!」


無数の氷剣が空を舞い、乱舞するようにリリスへと襲いかかる。


「……そんなに見たいのなら、見せてあげるわ。ヴァンパイアの力を――」


その瞬間、風向きが変わる。


リリスの髪が、漆黒から血を思わせる深紅へと染まり始め、瞳もまた紅く光を灯す。


「《血月輪ブラッド・ムーン》」


空に紅い幻月が浮かぶような幻想が立ち上がり、魔力が爆ぜる。訓練場の空気すべてが、リリスの“異質”な気配に染まりゆく。


彼女の手に現れたのは、紅の大鎌――戦場を支配する、紅の象徴。


 


レティシアの瞳に一瞬、動揺が浮かんだ。


(これが……“真の魔力”!?)


しかし彼女はすぐに意地を張るように気を取り直し、叫ぶ。


「そ、それがどうしたというのですの! 《氷刃連舞・フロスト・ヴェイル》!」


氷の剣がさらに密度を増し、渦のように襲いかかる――だが。


「《阻ムモノ(リフューズド・ドメイン)》」


リリスの周囲に展開された血の結界が、すべての氷刃を霧のように溶かしていく。


「――これが、私の本当の力よ」


リリスが大鎌を振るう。


「《紅ニ染マルクリムゾン・ルナ》!」


一閃。空を裂き、紅い斬撃が閃光となって走る。


レティシアは結界を張って防ごうとするも、衝撃は凄まじく、全身が宙を舞い――


 


地に膝をついた。


その目前。深紅の大鎌が、静かに突き立てられていた。


そして、何も言わずリリスがその場で見下ろしていた。


 模擬戦――終了。


「どうだった? あたしの“力”は」


 リリスが手を差し伸べる。レティシアは悔しさを滲ませながらも、それを受け取った。


「……完敗ですわ。ここまでとは、正直思っていませんでした」


 リリスは微笑みながら言葉を重ねる。


「認めてくれたのかしら? でもあなたもすごいわよ。一年で氷結魔法をあれほど使える人なんて、そうそういないわ」


 レティシアは少し照れながら、顔を背けて言った。


「……このくらい、当たり前ですわ」


 そこにマリアとリナが駆け寄ってくる。


「さすがですね、リリス!」

「かっこよかったです!リリス先輩!」


 リリスは少し得意げに肩をすくめる。


「まあね」


「やっぱり、ヴァンパイアの姫の実力は伊達じゃないですね」


 その言葉に、レティシアの表情が一変する。


(ヴァンパイアの姫……王族? それなのに、庶民とあんなに……)


「リリスさん、一つ聞いてもいいかしら?」

「なに?」

「あなた、ヴァンパイアの“姫”なのでしょう? それなのになぜ、そんなに庶民の方と親しくしているのかしら」


 リリスは少し考え込むようにしてから、穏やかに答えた。


「別に、庶民とか貴族とか……そういうの、あたしはあまり意識してないのよ。ただ、自分のことを認めてくれる人たちを大切にしたいって思っただけ。あたしのことを“仲間”って呼んでくれる人たちがいるから、かもしれないけど」


(やはり……“格”が違うのですわね。模擬戦を通じても、それがよく分かりましたわ)


「……わかりましたわ。先ほどのワタクシの非礼を、謝罪いたします。あなたの強さは、本物ですわ」


「ううん、別に気にしてないわ。でも……あたしが勝ったから、ひとつだけ言うこと聞いてもらってもいい?」


 レティシアは無言で頷く。どんな罰が待っているのかと一瞬身構える。


「リナと友達になってあげて。彼女もあなたと同じ学年だし、きっといい仲間になれると思うの」


「……え? この方と?……わかりましたわ。このレティシア:グランヴェール、約束は違えませんわ」


「ええっ、本当ですか!? 嬉しいです! 改めて私はリナ:リゼルフィアです! よろしくお願いしますっ!」


「ええ、よろしくお願いしますわ、リナさん」


 その和やかな空気の中、ひとつの声が響いた。


「リリス! やっぱ強いな!」


 アデル:セリオルが、いつの間にか訓練場の端に立っていた。


「えっ? アデル、いつからいたのよ!」


「少し前から。驚いたよ、ヴァンパイアの力がすごいのは知ってたけど、あんな魔法も使えるなんて」


「ふふん、どう? あたしのこと、もっと尊敬してもいいのよ?」


「ま、俺だって毎日成長してるんだから、模擬戦ではそう簡単にはいかないけどな」


「ふん、素直じゃないわね」


「それはお互い様じゃないんですか」


 マリアの言葉に、二人が顔を見合わせて苦笑する。


 その時、ライエルがアデルに声をかけてきた。


「おい、あんた。俺と勝負してくれないか?」


「君は……ライエルだったよな」


「ああ。俺もあんたの実力を見てみたいと思ってたんだ。俺と模擬戦してくれないか」


「うーん、そうだな……」


 アデルは一瞬考え込み、やがて笑みを浮かべる。


「じゃあ、いいよ。ただし条件がある。《魔導競技会》で優勝したら、ね」


「……逃げるつもりか?」


「違うさ。ただ、俺もまだやりたいことがあるんだ。それまでに、君も実力を伸ばせるだろ? それとも、優勝する自信がないのかい?」


「……いいだろう。《魔導競技会》で優勝したら、次はあんただ。忘れるなよ」


「楽しみにしてるよ」


 ライエルは剣を肩に担ぎ、その場を去っていった。


「アデル、いいの? あんな約束して」


「ああ。俺も、あいつと戦ってみたいって思ってたしな。でも……もう少し、やりたいことがあるから」


「そ、ならいいけど。あんたボコボコに負けるところも、それはそれで面白そうね」


「おい! 負ける前提で話すなって!」


 笑い合う三人。その隣で、レティシアがふと周囲を見渡す。


「……あら? リナさんはどこに?」


「うん? さっきまでいたのに……先に帰ったのかしら」


「まあ、とりあえず授業もあるし、戻らないとね」


 四人は講義棟へ向けて歩き出す。その背後を、誰かの視線が静かに見つめていた――。


 こうして、ルクシアの一日は穏やかに過ぎていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ