【第二十八話:夜の太陽、二つの剣】
投稿が遅くなりました、あとこの回は長いので読みづらいかもですがよろしくお願いします。
厚い石壁に囲まれた一室。
静かなはずの城内に、突如として轟音が響き渡り、部屋の空気を震わせた。
「……今の音は……?」
リリスは立ち上がり、扉の方へ歩み寄る。
外には、険しい表情を浮かべた見張りの兵が二人、無言で立っていた。
「ねえ、何があったの?」
小声で問いかけると、兵士の一人がわずかに眉を動かす。
「……人間どもが城内に侵入したとの報告です。王の間にて、王自ら処断なさるとのこと」
「人間……?」
リリスの胸が、どくりと高鳴った。
脳裏に浮かんだのは、学園で共に過ごした仲間たち――アデルたちの姿。
(……あの音、そして“人間の侵入”。……まさか)
深紅の瞳が、迷いと決意を帯びて光を宿す。
彼女は静かに背後の窓へと歩き、夜空を見上げた。
「……もし、アデル……あなたたちだったら」
指先から赤い光を滲ませると、部屋を封じていた魔法鎖が軋みを上げて崩れ、霧のように消えた。
見張りの兵が声を上げかけたが、その前にリリスはマントを翻し、窓枠を越えて闇の廊下へと身を躍らせる。
(アデル……無事でいて。――あなたでも、あの人には勝てない)
胸の奥で恐れと迷いを押し殺し、リリスは玉座の間へと駆け出した。
◇
薄闇に包まれた王城の玉座の間。ひときわ高く掲げられた椅子の前に、黒と紅の王衣を纏った男が佇んでいた。
ヴァルター=ヴァレンタイン――ヴァンパイアの王。堂々とした体躯と威圧的な魔力の気配が、アデルたちの前に立ちはだかる。
その場にいた全員が、無言の緊張の中で一歩も動けずにいた。
だが、アデルが口を開く。
「……待ってくれ!」
その言葉は、静寂を切り裂くように響いた。
「俺たちは――戦うつもりはない。誰かを傷つけに来たわけじゃないんだ。話がしたいだけなんだ!」
アデルの声は、明確な意志を帯びていた。その背後に立つ仲間たち――マリア、グレイス、ミーナも、すぐに戦闘に移れるよう構えてはいるが、アデルの言葉を信じて動かずにいた。
だが――
ヴァルターの目は、冷たい氷のようだった。
「――お前たちにその意思がなくとも、我らにはある」
その瞬間、王の足元から紅黒い魔力が蠢き、鋭い瘴気を放つ。
「貴様らは、我が許しもなくこの聖域へと踏み込んだ。咎を知らぬとは言わせん」
「でもっ……!」ミーナが叫ぶ。「人間とヴァンパイアは、今は和解してるんでしょ!? あたし、聞いたよ! 交流もあるって!」
「和解しているのは“表層”だ。確かに我らと一部の人間は協定を結んだ。だが、許可もなく王城に踏み込んだ者がいれば、そちらでも裁かれよう。我らにとっても同じことだ。貴様らの行動は、敵対と同義――」
ヴァルターは一歩、玉座から降り立つ。
「この場所で人間が死んだとて、証拠など残らぬ。貴様らの存在は……ここで終わる」
「くっ……!」
アデルが剣に手をかけた、そのとき――
「……ひとつ、聞かせてくれ」
アデルの声が、再び空気を裂く。
「――リリスというヴァンパイアを、知らないか?」
その問いに、ヴァルターは微かに目を細めた。
「……リリス、だと? ……聞いたこともない名だ。少なくとも、我が王国にそのような者は存在しない」
「……そうか」
虚無のような応答に、アデルは歯を食いしばる。その瞬間――
紅き魔力が弾けた。
「《紅血斬波》!」
ヴァルターの周囲に浮かび上がった血の刃が、空間ごと切り裂くように襲い掛かる。
「くっ――《光壁展開》!」
アデルが前に出て、咄嗟に光の障壁を展開。続いて、グレイスとミーナもそれぞれの魔法を重ねた。
「《地盾障壁》!」「《煌風陣》!」
強烈な一撃が押し寄せる中、魔法の防御がそれをどうにか受け止める。
「くそっ……避けきれない……!」
ミーナが血の魔力の残滓を肩に受け、苦しげに息を吐く。
「下がってろ、ミーナ!」グレイスが叫ぶ。
「俺たちも行くぞ!」アデルが叫び、マリアとともに前線へと躍り出た。
マリアは槍を旋回させ、その刃先に竜の咆哮のような魔力を宿す。
翠色の風が槍を包み込み、周囲の空気が軋むように震えた。
「《竜嵐槍牙》!」
竜気と風を纏った槍撃が紅血の防壁へと叩き込まれ、圧縮された突風が障壁をえぐる。
アデルも一歩踏み込み、闇を纏った剣を振り下ろす。
「《闇斬刃》!」
闇の剣閃と、マリアの《竜嵐槍牙》が交錯し、紅血の障壁に強烈な衝撃波を刻み込む。
だが、ヴァルターは眉ひとつ動かさず、その全てを受け止めた。
「小癪な……だが、貴様らに情けをかけるほど、私は甘くない」
再び、紅黒の血の魔力が渦を巻く。リリスの使うものと酷似しながらも――それを凌駕する、圧倒的な王の魔力だった。
「――マリア、二人で行くぞ!」
アデルが剣を構え、振り返らずに声をかける。
「ええ、合わせます!」
マリアも槍を掲げ、翠風と竜気を一気に集中させる。
二人の魔力が共鳴し、足元に複合の魔法陣が浮かび上がった。
白黒の光と翠風の竜気が絡み合い、うねるようなエネルギーが場を支配する。
「――二重詠唱!」
アデルとマリアの声が重なった。
「《竜魔斬覇》!!」
剣と槍から解き放たれた光・闇・竜風の奔流が一つの巨大な斬撃となり、ヴァルターの紅血の奔流と激突。
城全体が震えるほどの轟音が響き渡り、二つの魔力は互いを食い潰すように激しく拮抗し、やがて相殺される。
爆風が吹き抜ける中、アデルは声を張り上げた。
「俺たちは……リリスというヴァンパイアを探してるだけなんだ!!」
その声に、ヴァルターが初めて足を止めた。
「……探して、どうする。捕らえて、連れ去るのか? 実験にでも使うつもりか?」
「違うっ! ――俺たちにとって、リリスは大切な仲間なんだ!」
アデルの声が揺るがぬ強さを帯びる。
「もし……リリスが本当に、俺たちの前から去りたかったのなら、その理由を聞きたいだけなんだ! それが彼女の意思だったのか……それとも……!」
「……信用できぬな」ヴァルターは冷酷に呟く。「人間は、言葉では何とでも言える」
次の瞬間、紅黒の魔力が大気を裂き、天井近くまで突き上げた。
「《血呪波葬》!」
その威力は、先程の斬波とは桁違いだった。
「アデル、下がって――!」
グレイスが叫ぶが、アデルの剣が共鳴するように振動する。
――その瞬間。
アデルの剣、アルセリオンが白い閃光を放ち、音を立てて砕けた。
砕けた破片は空中で静止し、光と闇の波動を受けながら――二本の剣へと再構築される。
「……これは……」
アデルは無意識に両手でそれぞれの剣を握る。
「――アルセリオン:ツヴァイ……!」
その名前はアデルの心に語りかけられた気がした。光と闇、両方の魔力が双剣に宿る。
アデルの背後で風が渦を巻き、髪が揺れる。
「これなら、いける……!」
アデルは呟いた。
「……放つぞ。俺のすべてを――!」
光と闇が交錯する魔法陣が、足元に浮かび上がる。
「《夜の太陽》……!」
双剣に宿る光と闇が回転し、収束し、閃光と黒影が空間を抉る。
光と闇が渦を巻き、双剣が空気を震わせる。
アデルの足元に展開した魔法陣は、白と黒の二重螺旋を描きながら輝きを増していく。
「《漆黒の光》――!」
双剣を交差させた瞬間、周囲の空間がきしむ音を立てた。
光は灼熱の太陽のごとく、闇は月影のごとく冷たく広がり、二つが交わる刹那、鋭い閃光の奔流が生まれる。
その一撃は、紅血の障壁をも裂いた。
ヴァルターの防御魔法が軋み、赤黒い液体のような魔力が霧散する。
「……ほう、そこまでの力を――!」
王の口元がわずかに歪んだ。嘲りか、驚きか、そのどちらともつかぬ笑み。
「だが――まだ、足りぬ」
ヴァルターは片手を掲げ、空間を紅黒の血霧で覆う。
「《紅血降臨》!」
天井から降り注ぐ無数の血の矢。
その一本一本が、生命を侵す呪いを帯びていた。
「くっ……ミーナ、後ろへ!」グレイスが叫び、地の障壁を展開する。
「《大地堅陣》!」
マリアも加勢し、竜の咆哮のような風の旋風を起こして降り注ぐ血矢を吹き飛ばす。
「《竜の飛翔》!」
渦巻く翠風と竜気が壁を成し、迫る血矢を相殺する。
だが、なお隙間を縫って幾本かの血矢がアデルの周囲へと迫る。
「――来るな!」
双剣を構えたアデルが、光と闇を纏う旋風を一閃。
剣から迸る白黒の衝撃波が、迫りくる血矢をまとめて弾き飛ばした。
「はぁっ……!」
全身に走る負荷。
光と闇の魔力を同時に制御するのは、《光闇双極》の時以上に膨大な集中を要した。
(……まずい。このままじゃ――持たない!)
じりじりと体力が削られていく。
ヴァルターの紅血魔法は、リリスが用いる血葬の力よりも重く、粘りつくような圧迫感があった。
王の瞳が、ゆっくりとアデルを見据える。
「その力……確かに脅威だ。だが、貴様はまだ“半端”だ。光も闇も……どちらも使いこなせておらん」
次の瞬間、紅血の渦が床から噴き出し、アデルの足元を拘束するかのように絡みつく。
「くっ……!」
アデルの足首から冷たい圧迫感が伝わり、血の棘が皮膚をかすめる。
その時――
「――もうやめて、父上!」
凛とした、しかしどこか震える声が、玉座の間を震わせた。
その声に、全員が振り返る。
漆黒の髪を靡かせ、深紅の瞳を宿した少女が、堂々と玉座の間の入口に立っていた。
「……リリス!?」
ミーナが驚きの声を上げる。
マリアも目を細めて、少女の纏う雰囲気を見つめた。
ヴァルターは目を細め、短く名を呼ぶ。
「……リリーナ。お前が――来るとはな」
「もうやめて、父上。この人たちは敵じゃない……彼らは――私の仲間よ!」
その言葉に、玉座の間の空気が一変する。
ヴァルターの纏う魔力がわずかに揺らぎ、紅血の渦が止まった。
「……仲間、だと?」
「そうよ。彼らは……私を探してここまで来た。あなたの言う“咎人”じゃない」
ヴァルターはゆっくりと視線をリリスへ移す。
次いで、その赤い瞳が冷たく細められた。
「……ならば、説明しろ。リリーナ=ヴァレンタイン=ブラッド」
その瞬間、アデルたちも息を呑んだ。
「――ヴァレンタイン……?」
リリスが、自らの瞳を伏せる。
そして、小さく、だが確かに告げた。
「……私が……ヴァルター=ヴァレンタインの娘。ヴァンパイアの姫――それが、本当の私」
その場に、重い沈黙が落ちた。
◇
玉座の間の空気が、凍り付いたように静まり返る。
リリス――いや、リリーナ=ヴァレンタイン=ブラッドは、ゆっくりとアデルたちへと向き直った。
「……全部、話すわ。私のことを」
深紅の瞳に宿る光は、強さと脆さを併せ持っていた。
マリアもミーナも、ただ黙って耳を傾ける。アデルは剣を下ろし、彼女の言葉を待った。
「私の母は……人間だったの」
その言葉に、アデルの眉が動いた。
リリスは小さく息をつき、続ける。
「父上は、魔王討伐の後――戦いで傷ついた世界を見て、人間との和解を選んだ。……それは、母の存在があったから。
母は、争いを嫌ってた。人間とヴァンパイアが、同じ空の下で歩ける日を夢見てた」
リリスの声は淡々としているのに、どこか哀しみが滲んでいた。
「でも……人間たちは、母を受け入れなかった。
母がヴァンパイアと結ばれたことを“裏切り”と呼び、嘲り、蔑んだ。
母は必死で和解の架け橋になろうとしたけど……その負担と、冷たい言葉の数々が、体を蝕んでいった」
マリアの瞳が、かすかに揺れる。
ミーナは唇を噛みしめた。
「結局、母は病に倒れた。……死因は直接、人間の手によるものじゃない。
でも……父上も私も、どこかで思ってしまったの。――あの仕打ちがなければ、母は死ななかったんじゃないか、って」
リリスの声が、わずかに震えた。
「母は……死ぬ間際に言ったわ。
“人間を恨まないで。人間のせいじゃない”って。
でも……父上は、人間を信じられなくなった。母を奪った世界を、二度と許さないと……」
ヴァルターの背後で、紅血の魔力が微かに揺らめく。
その視線は、どこか遠くを見ているようで、アデルたちを直接は見ていなかった。
「私は……ハーフヴァンパイアだから。人間の世界への憧れがあった。
母が大切にしていた景色や、人間の文化を、自分の目で見たかった。……でも、父上は許さなかった」
リリスの細い指が、首元の銀のネックレスに触れる。
「“人間にヴァンパイアだと知られてはいけない。もし知られたら――強制的に故郷へ転移する”
このネックレスには、そんな魔法がかけられているの。……父上が、私を失わないために」
その告白に、アデルの瞳が細められる。
彼は双剣を静かに下ろし、問いかけるように一歩近づいた。
「……それでも、君は人間の世界に来た。俺たちと……出会ってくれた。
じゃあ……どうして、去ったんだ?」
リリスはしばし黙り、そして小さく答えた。
「――私が人間の世界に来たのは……母が愛した世界を、この目で確かめたかったから。
母が大切にしていた景色や、人間たちの文化を、自分の足で歩いて、見て、感じてみたかったの」
その声には、幼い頃からの憧れと、母への想いが静かに滲んでいた。
深紅の瞳がわずかに揺れ、玉座の間の光を映す。
「でも……父上は、私を失うことを恐れていた。
ヴァンパイアであることが知られれば、私をこの世界から連れ戻すための魔法が発動する……だから、学園に戻ることも許されないはず。」
マリアもミーナも、静かに息を呑んだ。
アデルは視線を伏せ、リリスの言葉を噛みしめるように耳を傾けた。
「それでも……私は人間の世界を知りたかった。
母が命を賭けて守ろうとした世界を……自分の足で確かめたかったの」
そう言って、リリスはヴァルターへと向き直る。
「――父上。お願い。彼らを、敵と見なさないで。
私は、この人たちと……もう一度、共に歩みたいの」
その声は、静かだが揺るぎなかった。
紅血の気配が、玉座の間でわずかに収まる。
ヴァルターは長い沈黙の後、低く呟いた。
「……お前の言葉を信じよう。だが――人間を、私はまだ信じぬ。
彼らの中に、我らの敵が紛れておらぬとも限らん」
その声には、憎悪よりも寂しさが滲んでいた。
玉座の間に、深い沈黙が落ちた。
紅血の瘴気が薄れ、ヴァルターの視線が静かにアデルへと向けられる。
「……お前は、どう思う? 我が娘がヴァンパイアであることを知った上で」
アデルは一歩前に出て、迷いのない声で答えた。
「――関係ない。リリスが何者であっても、俺たちの大切な仲間だ。それだけは、変わらない」
その声には、一片の躊躇もなかった。
マリアも、グレイスも、ミーナも、黙ってその言葉に頷く。
「彼女がどこで生まれ、どんな血を引いているかなんて、どうでもいい。
彼女が俺たちと笑って、戦って、歩んできた――それがすべてだ。俺は、それを守りたい」
ヴァルターの眉が、わずかに動いた。
その眼差しには、敵意ではなく、父親としての何かが滲んでいた。
次に、リリスが一歩進み出る。
「父上……人間は、あなたが思っているほど愚かで敵対的な種族じゃない。
もちろん、すべてが善良なわけじゃない。でも、彼らには――信じられる強さがある」
深紅の瞳に、確かな光が宿る。
「私は彼らと過ごして、それを知ったの。だから――どうか、私を信じて。
私を、仲間たちと共に行かせてほしい」
玉座の間に、再び沈黙が流れた。
やがて、ヴァルターは低くため息を吐き、背を向けた。
「……お前がそこまで言うなら、認めよう。人間どもよ――我が娘を預ける」
アデルの目が驚きに見開かれる。
「だが、肝に銘じろ。――もし娘に何かあれば、そのときどうなるか……わからんぞ」
その声音は、冗談とも脅しとも取れる響き。
しかし、アデルは真っ直ぐに頷いた。
「……約束する。絶対に、彼女を守る」
ヴァルターはそれ以上何も言わず、紅血の霧と共に玉座の奥へと姿を消した。
アデルは肩の力が抜けるのを感じた、それと同時にアルセリオンも双剣の姿からいつも片手剣の姿に戻った。
重苦しい緊張が解けた瞬間、玉座の間の空気が大きく揺らぐ。
ミーナが、張り詰めていた息を一気に吐き出した。
「……はあ、死ぬかと思った……! もう、二度と王様相手に喧嘩なんてごめんだわ……」
グレイスが肩を竦め、苦笑混じりに言う。
「王族ってのは、どこも物騒だな。……だが、結局はお前の口先と度胸があったから助かったんだろうな、アデル」
「口先だけじゃないだろ、俺たち全員でやったんだ」
アデルが軽く肩をすくめると、緊張が解けたのかミーナが小さく笑った。
「ま、あんたがあそこで逃げなかったのは……ちょっと見直したけどね」
そんなやり取りの中、マリアが静かにリリスの前に立つ。
視線が交わり、しばし沈黙の後、マリアが微かに微笑んだ。
「……戻ってきたのですね」
リリスは、仲間たちを順番に見回し、最後にアデルの顔を見つめた。
深紅の瞳が、揺れながらも確かな光を宿している。
「……ただいま」
その一言に、アデルが口元を緩める。
安堵と、胸の奥をそっと締め付けるような感情が交錯していた。
「――おかえり、リリス」
リリスは、その声を聞きながら小さく息を呑む。
心の奥で、彼の言葉が静かに沁みていくのを感じていた。
(……アデル。あなたが来てくれるなんて思ってなかった。でも、あなたは迷わず来てくれた。
ヴァンパイアとしての私も……人間としての私も……全部、受け入れてくれるなんて)
胸の奥で温かさと痛みが入り混じる。
言葉にならない想いが、静かに脈打ちながら彼女の瞳を潤ませた。
「みんな……ありがとう。来てくれて」
グレイスとミーナがその様子を見て、あえて軽口を叩いた。
「ったく、人騒がせなお姫様だね。」
「さて、これで一件落着ってわけね。あれ? リリスったら、泣いてるんじゃないの?」
「そ、そんなことないわよ! ……さ、父上の気が変わらないうちに行くわよ!」
リリスが強引に話を切り替えると、場の緊張がようやくほどけた。
五人は、静かな城を後にする。
月明かりに照らされた石畳を踏みしめながら、学園への帰路へと歩き出した。
しばらく歩くと、ミーナとグレイス、マリアが自然と少し前方へと進み、道の先を確かめるようにして距離を取った。
気づけば、リリスとアデルは二人きりで並んで歩いていた。
リリスは横目でアデルを見やり、そっと口を開く。
「……ねえ、アデル」
「ん?」
「……ありがとう。あの場で、あたしのためにあんなふうに言ってくれて。……本当に、嬉しかった」
アデルは一瞬だけ足を止め、リリスの方を見た。
彼女の深紅の瞳が、月明かりに揺れている。
「当たり前だろ。……リリスは、俺たちの仲間だ。それだけだよ」
そう言って、アデルは少し照れたように笑う。
「……でも、もう勝手に消えたりするなよ。次は……ちゃんと俺たちを頼れ」
その言葉に、リリスはわずかに俯き、唇を結んだ。
胸の奥が、温かく、そして痛い。
「……ええ。……約束するわ」
二人の間に、静かな夜風が吹き抜けた。
そのまま互いに言葉を交わさず、並んで歩き続ける。
月明かりの下、五人の影が寄り添い合いながら、夜の闇に溶けていった。
◇
ヴァルター=ヴァレンタインは、静かな廊下を歩いていた。
玉座の間での一件を終え、重い足取りで自室へと向かう。
(……あの人間。リリーナが、あそこまで庇うほどの存在なのか……)
(だが、余にはやはり……人間を信じることなど――)
その思考を遮るように、柔らかく、明るい声が耳に届いた。
「いいえ、あなた。人間を信じる必要はありません。
信じるべきは――あの子、リリーナです。
そうでなければ、あの子に嫌われてしまいますよ」
ヴァルターは足を止め、わずかに目を見開く。
その声に応えるように、小さく吐息を漏らした。
「……そうか。余はまた、お前に頼ることになるのか。
娘というものは……実に難しいものだな」
「ええ。ですが、信じて送り出してあげるのも、親の務めでしょう?」
その優しい声に、ヴァルターの険しい表情がわずかに緩む。
「……そうだな。余は、そのことを忘れていたのかもしれぬ」
「ふふ……でも、そうやって互いに学び、理解していくものですよ」
「ああ……そうだな。すまぬな、お前には頼ってばかりであった」
「いいえ、あなた。――リリーナのこと、どうかお願いしますね」
そう言って微笑んだ女性は、リリスによく似ていた。
その姿が幻のように寄り添い、王の背に穏やかな光を残して、静かに消えていった。




