【第二十二章:交差する想いと絆の剣】
ルクシア魔導学園の食堂には、春の陽光が大きな窓から降り注いでいた。
天井の高い広々とした空間には、木製の長机と椅子が整然と並び、香ばしいパンの匂いと、温かいシチューの湯気が心地よく混ざり合っている。魔導鍋からは新たなスープが注がれ、厨房の奥では調理員が忙しなく動いていた。
昼休みを迎えた学生たちは、笑い声を交わしながら席を取り、思い思いの昼食を楽しんでいた。新学期が始まり、アデル:セリオルたちの学年は二年生となっていた。
アデルは窓際の席で、焼きたてのパンと白身魚のソテーを前に、静かにナイフとフォークを手に取る。魚には淡いハーブソースがかかっており、口に運べば優しい味わいが広がった。光と闇をめぐる葛藤を抱える彼にとって、こうした日常のひとときは、ほんの束の間の安らぎでもあった。
「ん……やっぱり、学園の飯って美味いな……」
そう呟きながらスプーンを手に取ったところで、横から声が飛ぶ。
「アデル、ここ空いてる?」
軽やかな声に顔を上げると、そこにはリリス・ブラッドの姿があった。黒髪を一つに結び、赤を基調とした制服のリボンが目を引く。
彼女の昼食はトマトのポタージュに黒パン、サラダそれと小さなベリーのタルト。
「もちろん。どうぞ」
リリスはさっと腰を下ろし、フォークでサラダを口に運びながら話しかける。
「新学期、始まったね。授業、ついていけてる?」
「うん、なんとか……だけど、ユリ先生の応用講義はちょっと難しくてさ」
アデルが苦笑すると、リリスは小さく肩をすくめる。
「ふふん、だから言ったのよ。最初から予習しとけって。二年になったら、一年の基礎なんて待ってくれないんだから」
「うっ……ぐさっと刺さるな」
リリスは得意げに鼻を鳴らし、ベリータルトを一口かじった。頬がほんのりと緩むその表情は、どこか楽しげだった。
そんな冗談めいたやりとりに、ふたりの間には自然な空気が流れる。
「やっぱり、アデル君だ!」
元気な声が後方から響いた。
振り返ると、そこには短めの黒髪と茶色の瞳を持つ少年――キラ:アートリアの姿があった。
彼は小柄ながらも明るい笑顔を浮かべて、トレイを片手に駆け寄ってくる。
「魔導馬車のとき以来だね! 僕、B組なんだ~。こうやってまた話せて嬉しいよ」
「キラ……! 久しぶりだな」
リリスが軽く目を細めて見やる中、キラはアデルの隣に座ると、早速話し始めた。
「あ、はじめまして。僕、キラ:アートリアって言います! B組所属で、魔導工学専攻なんです」
「あたしはリリス:ブラッド。アデルのクラスメイトよ。よろしく、キラ君」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
互いに軽く頭を下げ、笑顔が交わされた。
「僕、魔導工学を専攻してるんだ。魔法と技術を組み合わせて、魔道具を作るのが夢なんだ!」
「魔導工学って、魔力の流れを応用して装置を動かすとか、結界を安定させるとか……そういうやつだよな?」
「うん! それに、最近は生活魔法の応用で便利な道具も作れるようになってきてて……ほら、これ見て!」
キラが取り出したのは、小型の魔導ランプだった。魔力に反応して自動点灯する仕組みらしく、掌の上でふわりと光を灯した。
「へえ……すごいな」
アデルが感心して見つめる横で、リリスは「魔導工学ってすごいわね」と呟く。
◇
食堂を出たアデルは、そのまま訓練場へと足を運んだ。
木剣を握り、空へ向けて構える。
「……光と闇の均衡……」
右手に光の魔力、左手に闇の魔力を集中させる。
光は滑らかに流れるが、闇はどこか引き裂くように重い。
《光刃解放》
《闇閃斬》
二つの力を同時に放つ――しかし、軌道がわずかにずれ、衝突の余波で魔力が暴発する。
「っく……また、うまくいかない……」
握った拳に力が入り、自分の未熟さにわずかな苛立ちが滲んだ。
「落ち着きなさい。力でねじ伏せようとするほど、魔力は暴れるわ」
背後から聞こえたのはリリスの声。
そしてその横には、槍を手にしたマリア:サーペントの姿もあった。
「あたしたちも付き合うわ。あんたが一人で悩んでる姿、見てられないもの」
「訓練は、一人より三人の方がいいです。特に制御が課題なら、模擬戦が効果的ですよ」
アデルは思わず笑みを浮かべた。
「……ありがとう。よろしく頼む」
こうして、再びアデルの訓練が始まった。
マリアが先に動く。槍を構え、疾風のごとくアデルへと突進。
アデルは足を滑らせるように横へ躱し、光の刃を閃かせて牽制の一撃を繰り出す。
だが、すぐにリリスの風刃が斜め上から降り注ぐ。
「アデル、集中してください!」
風の斬撃に対してアデルは闇の障壁を展開。
《闇障壁》
空間が歪み、斬撃を飲み込むように受け止める。
「……上達はしてる。でも、均衡はまだ不安定ね」
リリスが冷静に言う。
「なら、もう一度だ!」
アデルは光の魔力を跳躍に使い、一気にマリアの背後を取る。
が、すでにそこには彼女の槍が振り向いていた。
《竜牙旋槍》
槍が旋回し、魔力を帯びた回転の一撃がアデルを弾く。
「くっ……でも、今の感じ……!」
手の中で光と闇がわずかに交わる気配。
その感覚を逃さぬよう、アデルはさらに深く集中する。
この日アデルまた一歩自身の魔力と向き合った、それがまだ長い道のりだとしても。
◇
風薫る季節。学園の中央講堂には、真新しい制服に身を包んだ新入生たちが整然と並び、上級生や教員たちがそれを見守っていた。
高天井には魔導光のランプが美しく灯り、陽光のような温かみを空間に注いでいる。その中央壇上には学園長が立ち、厳かに歓迎の辞を述べていた。
アデルたち二年生も会場の側面に整列しており、新入生たちの姿を見つめていた。
「ふーん、今年の新入生……やたら個性強そうじゃない?」
リリスが隣で小声で呟いた。
「そうか? まあ、確かに目立つ子はいるけど……」
アデルの視線が自然と数人に向く。
アデルは目に留まった、四人の新入生に視線を移した。
ひとりは、きらびやかな青いドレス調の制服を着こなし、整えられた金髪を揺らしている少女。冷たい眼差しと高飛車な態度がすでに周囲を圧倒していた。
「《氷華令嬢》ってところかしら。ああいうタイプ、一番面倒くさいのよね」
リリスが小さくため息をついた。
少女の名は――レティシア:グランヴェール。由緒ある貴族家に生まれ、水属性を得意としさらに氷結魔法も使える優等生である。
その隣で、凛と背筋を伸ばして立っているのは、長身の少年。黒髪の短髪に鋭い目を宿し、身にまとう制服も一分の乱れなく整っている。
「……あいつはだいぶできそうだな」
アデルが何気なく呟いた。
少年の名は――ライエル・ジン・クルセイド。名門騎士家の生まれで、幼少より剣術訓練を受けてきた逸材。彼はアデルを見るなり、僅かに眉をひそめた。
(……あいつがそうか)
心中でそう呟きながらも、表情は崩さない。
その一方、列の後方に目立たないように立っているのは、やや小柄で茶髪の少年。制服はきちんと着ているが、その肩は緊張で強張り、視線はひたすら床を見つめていた。
「……大丈夫かな、あの子」
マリアがぽつりと呟いた。
彼の名は――シオン:テュレイス。物静かで引っ込み思案な性格だが、潜在魔力量は決して低くはない。風属性と水属性を扱うことができるが、まだ自信を持てずにいる。
そして、ひときわ明るい声で「はーい!」と返事をしていた少女がひとり。栗色の髪をふわりと結び、頬を綻ばせながら周囲の生徒たちに話しかけていた。
「元気ね……ああいうの、ミーナと気が合いそうですね」
マリアはそう言葉にした。
彼女の名は――リナ:リゼルフィア。風属性の魔導適性を持ち、人懐っこく誰にでも距離なく接する性格。その栗色の髪持つ彼女は新入生の中でもすでに人気者になりつつあった。
入学式が終盤に差しかかり、新入生代表が挨拶の壇に立つと、アデルたちはそっと立ち上がった。
「さあ、新しい一年の始まりね」
「先輩って……意外と気疲れするんだよな」
苦笑するアデルの隣で、リリスはにやりと笑う。
「ふふ、だったら“頼れる先輩”ってところ、見せてあげなきゃね?」
(ああ……本当に、また新しい一年が始まる)
アデルは胸の奥に小さな決意を抱きながら、ゆっくりと歩き出した。
◇
入学式が終わり、生徒たちが講堂を後にしていく中、アデルとリリスはひと息つこうと講堂脇の回廊へと出た。
石造りの柱が等間隔に並び、春の風が涼やかに吹き抜ける。アデルは手すりに肘をつき、青空を見上げながらぼそりと漏らす。
「はぁ……これから“先輩”扱いされるのか……なんか落ち着かないな」
「ま、諦めることね。特にあんたは注目されやすそうだし」
軽く肩を竦めるリリス。そんな会話の最中、背後から鋭い気配が差し込んできた。
「あんたが、アデル:セリオルか?」
低く張りのある声が響き、二人が振り返ると、騎士然とした新入生――ライエル・ジン・クルセイドが立っていた。
リリスは小さく口元を歪め、「あら、早速ね」と呟く。
「そうだけど……何か用?」
「やっぱり。見た目は普通だな。だが、光と闇の二重属性を扱うと聞いた」
「……まあ、そんなところだ」
アデルは苦笑を浮かべる。こういう先入観を持った態度には慣れていたが、あまり歓迎したくない相手だ。
「俺はライエル・ジン・クルセイド。名門クルセイド家の者だ。いずれ、あんたがどれほどの実力か確かめさせてもらう」
(あー……去年もこんな感じで絡まれた気がするな)
「ま、まぁ……お手柔らかに頼むよ」
「いずれ、あんたより俺の方が優れていると示す。そのつもりでいろ」
それだけ告げて、ライエルは背を向けて去っていった。
「やれやれ……どうして毎年こういうタイプが現れるんだか……」
「ふふっ、こんなに早く絡まれるなんて、さすがね」
「他人事だと思って……」
アデルが頭をかき、ため息をついたそのとき、今度は別の声が響いた。
「リリス先輩ですよね!? わぁ、やっと会えた!」
「えっ、あたし?」
軽やかな声とともに駆け寄ってきたのは、明るい笑顔を浮かべた少女――リナ:リゼルフィアだった。
「あの……リリス先輩、覚えてませんか?」
「え?ああ……あのときの子?」
アデルが首を傾げる横で、リリスは小さく頷いた。
◇
石畳の通りで、二人のチンピラに絡まれていた少女がいた。
「へへ、嬢ちゃん、ちょっと俺らと付き合ってくれよ」
「大丈夫だって、怖いことなんてしねぇからよ」
「いえ……結構ですので、通してもらえますか?」
「そういうわけにはいかねぇなあ」
少女の進路を塞ぐように立ちはだかる二人。その目には、品のない悪意が宿っていた。
「ど、どいてください……」
「なんだと?」
その時、鋭い声が響いた。
「ちょっと! あんたたち、何してるの?」
振り返ると、リリス:ブラッドが立っていた。
「なんだお前、邪魔する気か?」
「女の子一人に大の男二人で? 最低ね。やってみなさいよ」
「このガキが……!」
チンピラが拳を振り上げた瞬間、リリスの足元に赤い魔法陣が展開した。
《炎渦火》!
炎の渦が男たちの足元を包み、激しい熱が立ち上がる。
「うわっ、熱っつ! おい、やめろ!」
「頼む、消してくれ!」
「じゃあ……二度とこの子に近づかないって約束する?」
「わ、わかった! するから早く!」
炎が霧散すると、チンピラたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
「ありがとうございます!」
少女が頭を下げると、リリスはそっけなく手を振った。
「気にしないで。早く帰りなさい。……次は気をつけるのよ」
そう言い残し、リリスは通りの奥へと消えていった。
◇
「なるほどな。リリスでも人助けするんだな」
「はあ? なんか言った?」
「いえ、何も」
「……あのときは本当にありがとうございました! あれからずっとリリス先輩に憧れてて……」
「そ、そう? 大したことじゃないけど……悪い気はしないわね」
(だいぶ嬉しそうだな)
アデルは心の中で呟きつつ、口には出さなかった。
「あなた、名前は?」
「リナ:リゼルフィアです! 今年からルクシアに入学しました!」
「そっか。じゃあ、これからは後輩として面倒見てあげるわ」
「ありがとうございます! これからよろしくお願いします!」
「俺はアデル:セリオル。よろしくな、リナ」
「えっ、あ、はい……よろしくお願いします」
(……あれ? なんか反応が冷たい?)
「ま、アデルじゃ頼りないからね。その反応は分かるわ」
(納得はしないぞ)
そんな三人を少し離れた場所から見つめていたのは、金髪の少女――レティシア:グランヴェールだった。
「ふん、庶民の“親しみやすさ”ってやつね。軽々しい態度で……その程度で特待生とは笑わせるわ」
冷ややかな視線を一瞥し、彼女は踵を返して去っていった。
それぞれの思惑が交錯しながら、新たな一年が、こうして幕を開けた。
◇
午後の陽が傾きかける頃、ルナーシュの街の一角にある「ライク武具店」の前に、三人の姿が現れた。
アデル:セリオル、マリア:サーペント、そしてなぜか――リリス:ブラッド。
「……で、なんでリリスも来てるんだ?」
扉の前で立ち止まり、アデルが少し困惑気味に問いかける。
「べ、別にいいでしょ? わたしだって、買い物くらい付き合っても。……それに、剣がどうなってるか、気になるし」
語尾を少しだけ曖昧に濁しながら、リリスはそっぽを向いた。
「……ふふ。まあ、にぎやかなほうが楽しいですよね」
マリアが微笑みながら、軽く扉を押し開けた。
ドアベルが鳴ると、温かな空気が店内から漏れ出した。
「おお、来たか。待ってたぞ」
奥から姿を見せたのは、たくましい体格の中年の男性――店主のライクだった。大きな革の前掛けには煤の跡がつき、手にはまだ鍛造の名残が残っている。
「例の剣どうですか。1週間後に来てくれって言ってたので」
アデルが一歩進み出ると、ライクは顎を軽くしゃくった。
「奥にある。ついてきな」
三人が工房の奥に足を踏み入れると、そこには一本の剣が、赤布の上に丁寧に置かれていた。
全体に無駄のない造形、片手用のバランスの取れた長さ。柄の装飾もごく控えめで、淡く光沢を放つ黒銀の刃身が、魔導鋼と軽合金の融合であることを物語っていた。
「……これが」
アデルはそっと手を伸ばし、柄を握る。
その瞬間、魔力が自然に流れ込み、刃全体を淡く包み込んだ。
(……馴染む)
まるで呼吸を合わせるように、刃とアデルの魔力が共鳴し、握り心地すらも「お前の剣だ」と語りかけてくるようだった。
「名をつけたぞ」
ライクが静かに言った。
「お前の名――アデル:セリオルから取って、《アルセリオン》だ。『絆の剣』という意味を込めてある」
「……《アルセリオン》」
その名を口にした瞬間、アデルの胸に何かが深く刻まれた気がした。
「気に入ったか?」
「ああ。……ありがとう、親父さん」
「礼なんざ要らん。その剣はお前の魔力と成長に合わせて、少しずつ変わっていくはずだ」
ライクは照れたように笑いながらも、どこか嬉しそうに鼻を鳴らした。
「それにしても……あの剣、見ただけで魔力がぞわってきたわ。わたしも、ちょっと欲しくなっちゃったかも」
リリスがぽつりと呟くと、マリアが少しだけ微笑んだ。
「それなら、リリスのための武器も、ここで探すといいかもしれないですね」
「べ、別にいいわよっ! 今日はアデルのだから!」
そう言いつつも、リリスはちらりと棚に並んだ短剣を横目で見ていた。
そんな彼女の様子を見ながら、アデルはどこか心があたたかくなるのを感じていた。
(この剣とともに、これからの戦いに立ち向かっていくんだ)
目の前にいる仲間たちと、そしてまだ見ぬ未来へ向けて――。
アデルは新たな相棒、《アルセリオン》を腰に収め、静かに一歩を踏み出した。




