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執着強めな婚約者の愛は、過激で過保護で当然重い  作者: 桜 祈理
第一章 アルトラン王国編

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8 黒曜石の秘密

 二人の男は、いやらしい目つきでニヤニヤと笑いながら近づいてくる。


「そう怖がるなって。あんたにもいい思いさせてやるからさ」


 男の一人がそう言って、私のほうに汚らしい手を伸ばす。


 自分で名づけたくせに、もはやこの男がAなのかBなのかすらわからないほど絶体絶命のピンチを迎えていた私は、黒曜石のネックレスを握りしめながら叫んでいた。


「ルカ、助けて――!」


 その瞬間。


 握りしめた黒曜石が急激に熱を帯びたかと思うと、二人の男目がけて無数の黒い矢のようなものが一気に飛び出した。


 矢は男たちの手や肩、腕や足など至るところに命中し、二人は「痛たたっ!!」「うわぁっ!!」「な、なんだ!?」と半ばパニックになりながら、突然の激しい痛みにのたうち回る。


 目の前の予期せぬ恐慌状態にわけがわからず、怯みながらもとにかく逃げようと廊下に出た私の視界に飛び込んできたのは――――



「キアラ!!」



 血の気を失ったルカの蒼白な顔だった。


「……え?」

「キアラ!! 大丈夫か!?」


 伸びてきた腕にいきなりしっかりと抱き止められ、言葉も出ない。呆気に取られたまま見上げると、不安げに揺れるシルバーグレーの瞳と目が合った。


「キアラ、大丈夫……!? 怪我はない……?」

「……だ、大丈夫、だけど、どうして……?」


 ようやく発した声は、思った以上に掠れていた。


 ルカが答えようとするより早く、別荘の外から幾つもの靴音と人の声が聞こえてくる。気づくとルカの肩越しに、たくさんの騎士団員(今度は多分全員本物)とディーノ様の姿が見える。


「え……?」

「もう心配いらないよ。ほんとに無事でよかった……!」


 絞り出すようにそう言って、ルカは私をきつく抱きしめた。


 触れ慣れたその温度に、とにかく助かったのだと実感した私はいつのまにか意識を失っていた。






◇・◇・◇






 目が覚めたとき、見慣れない天井に正直狼狽えた。


 でも左手に温かな感触があって、視線を向けるとルカが私の手をぎゅっと握ったまま祈るように額を寄せているのが見えた。


「……ルカ……」


 声をかけると、ルカは勢いよく頭を上げる。


「キアラ!? 気がついた?」

「……うん……」

「よかった……!」

「……ここは、公爵邸……?」

「そうだよ」


 やっぱり、と納得して、小さく息を吐く。


 体を起こそうとすると、ルカがさっと甲斐甲斐しく背中を支えてくれた。それから枕元にあった水差しに手を伸ばし、グラスに注いだ水を手渡してくれる。


 一口飲んだら、だんだん意識がはっきりしてきた。


 とはいえ、さっきまでの騒動がまるで夢の中の出来事みたいに感じられて、なんだか現実感がない。


「ルカ、あの――」

「今日はこのまま、うちに泊まっていくといいよ」


 どういうわけかちょっとうれしそうな声で言うルカは、やけに晴れやかな笑顔を見せる。


「もう夜だし。だいぶ遅くなっちゃったし」

「でも……」

「キアラをこのまま帰すわけがないだろう?」


 少し強い口調で言い切られて、私は何も言えなくなった。ルカは「ごめんごめん! キアラに怒ってるわけじゃないんだ」と言ってから、私の頬にそっと触れる。


「……助けに行くのが遅くなって、ほんとにごめん」


 そうつぶやいたルカは、切なげに顔を歪めた。


「……どうしてあの場所がわかったの?」


 至極真っ当な問いを発しただけだと思うのに、ルカはあからさまにびくりと驚いて、なぜか固まった。それから、急に異国のからくり人形みたいな不自然な動きになって、「あー……」とか「そのー……」とか口籠る。完全に挙動不審である。


「……それ、言わなきゃだめ……?」


 あざとささえ感じさせる上目遣い。怪しいとしか言いようがない。


「……教えてくれないの?」


 わざと同じような上目遣いをする私に、ルカは「うっ」と唸った。婚約してすでに十三年。彼がこの仕草にめっぽう弱いことなど、とうにお見通しである。


「あー、もう。その顔されたら、俺何でもしちゃいそうなんだけど」


 観念したように小さく笑ってから、ルカは決まり悪そうな顔をした。


 そして、唐突に私の胸元を指差す。


「キアラにあげた、ネックレスがあるだろう?」

「黒曜石の?」

「そう。それ、実は魔導具なんだよね」

「魔導具」


 思わずリピートしてしまう。



 ――魔導具とは。


 

 かつて古代文明が栄えていた時代、この世界に存在していたとされる魔法。その魔法が付与された、不思議な力を持つアイテムのことである。


 もちろん、現代の世界には魔法も魔導も存在しない。しないことになっているはず。


 だというのに、「魔導具」?


 どういうこと?


 あっさりと暴露された重大な秘密に戸惑いながらもルカを見返すと、ルカは涼しい顔で説明をし始める。


「魔法ってさ、もうこの世界には存在しないと思われてるだろう? でも本当は、今でも魔力を持っていたり魔法を使えたりする人がいて、不思議な力が当たり前に存在している場所があるとしたら、どこだと思う?」

「魔法や魔力が今でも当たり前に存在している場所?」

「そう。魔法や魔導具を駆使して豊かな生活を謳歌しつつもそれを公にはせず、外の世界とは隔絶された孤高の人たちが住む場所だよ」

「そんな場所、この世界に存在するの? ――――あ、ちょっと待って。もしかして」

「ん?」

「……東方の島国シャンレイとか……?」

「さすがはキアラ。よくわかったね」


 ニコニコと満足げに笑って、ルカは私の頬をすりすりと撫でる。


「シャンレイが交易や人の往来を極力制限して、一部の国や地域としか取引きをしていないのは魔法の存在を隠すためでもあるんだ。今でも魔法を使える人たちがいると知られたら、世界中の国々が魔法を狙って侵略を企てたとしてもおかしくはないだろう?」

「それは、そうね」

「シャンレイと我が家とは、わりと長いつきあいがあってね。何代か前のシャンレイの王太子がお忍びで世界中を歴遊していた際に、この国で暴漢にさらわれそうになったことがあるんだよ。そのとき偶然王太子を助けたのが、うちのご先祖様らしくて」

「それがきっかけで、グラキエス公爵家はシャンレイとの交易を許されたの?」

「そういうこと。シャンレイの人たちって、だいぶ律儀な性格みたいでさ。王太子を助けてくれたグラキエス公爵家には足を向けて寝られないって言って、今でも優先的にあれこれ融通してくれるんだよ。で、たまたまシャンレイの魔導具師と知り合うきっかけがあったから、試しに作ってもらったんだよね」


 そう言って、ルカは自分の首元からネックレスのチェーンを引っ張り出した。


 その先には、細長い六角柱の黒曜石が冴え冴えとした光を放っている。


「それって……」

「そう。キアラのネックレスとおそろい。というか、対になってるんだ」


 私の頬を撫でていたルカの指がするりと降りて、首元を滑る。


 妖艶な手つきで私のネックレスに触れるとそのままチェーンを手繰り寄せ、やがて現れた漆黒の黒曜石を手のひらに乗せた。


「この黒曜石はね、キアラが危ない目に遭ったとき、すぐさま俺の黒曜石に知らせてくれる魔法が付与されているんだよ」

「え、ど、どういうこと?」

「例えば、キアラが身の危険を察知したとするだろう? そのときキアラの心拍数や血圧は上昇して、呼吸も早まり冷や汗が出たり筋肉が緊張したりする。そういう生理的な変化を感知したら、俺のほうの黒曜石が光って教えてくれるようにできてるんだ」

「そ、そうなの……?」


 言いながら、ルカの手のひらに鎮座する黒曜石をまじまじと見つめてしまう。


 そんな特別な魔法が付与されてあったなんて、思いもしなかった。


 身体的な変化を認識して危険な状態に陥ったと判断し、それを即座に知らせてくれる。そんな摩訶不思議な力を宿すものが、この世に存在するなんて。


 魔道具、恐るべし。


「でもさ、実はそれだけじゃないんだよね」


 話すうちにだんだん調子に乗ってきたらしいルカが、不気味なくらい満面の笑みを浮かべる。


「キアラが危険な状態に陥っているかどうかとは関係なく、俺の黒曜石があれば、キアラが今どこにいるのか居場所がわかる魔法も付与されてるんだ」


 











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