6 どこまで行っても愛が重すぎる旦那様
いまいち状況が理解できない私たちに対し、ジエミン様は改めて『無属性』について説明してくれた。
「三タイプの属性の中でも『無属性』の魔力というのは闇属性以上にレアなのです。そもそも無属性魔法は古代魔法を起源とするうえその他の魔法とは比べ物にならないほどの絶大な威力と効果を発揮すると言われておりますしこの国の長い歴史の中でも扱えた者はごく少数と伝えられているほど希少な魔法なのです。例えば『時間』や『空間』に関与できる時間魔法と空間魔法、『重力』を自在に操る重力魔法、『結界』を発動させることのできる結界魔法などが『無属性』に分類されます」
いつも通りの早口ですこぶる流暢に話してくれたけど、ちょっとちんぷんかんぷんだった。
「要するに、キアラは闇属性と無属性の二つの魔力を持っていて、どっちもレア中のレアってことなんだよ……!」
興奮を抑えきれないらしいジン様の圧が、微妙に怖い。
「でも惜しいことに、キアラの魔力量はそんなに多くはないんだよね。だから闇魔法も無属性魔法も自分で使うことはできないんだ。ほんと惜しいんだけどさ」
ジン様、「惜しい」って二回言ったんですけど。
魔法とはまったく無縁の生活を長く続けてきた私としては、そんなものなの? くらいにしか思わないというのが本音ではある。
「重力魔法と結界魔法はなんとなくわかるんだけど、時間魔法とか空間魔法って、具体的には何ができるんだ?」
初歩的なルカの質問に、特級魔導師二人は阿吽の呼吸で交互に答えた。
「時間魔法は、簡単に言えば時間を操作できる魔法なんだ。時間を止めたり、早めたり遅らせたり、時の流れを思いのままに変えることができると言われている」
「使い方によっては過去や未来を行き来することも可能だとされています」
「一方の空間魔法は空間を操作できる魔法で、転移や瞬間移動ができたり異次元空間を作り出したり、空間そのものを歪めるとか切断することもできるらしい」
「空間を操って結界を張ることも可能なので結界魔法と同質あるいは近い特性を有しているとも言われています」
流れるような二人の説明になんとか必死で食らいついていた私は、突然はたと気づく。
「あ、あの、ジン様」
「なんだい?」
「お義母様が以前、私の母には先のことを見通す力があったのでは、と話していたのです。それってもしかして、母にも『時間』を司る無属性の魔力があったからではないかと……」
おずおずと思いついたままに尋ねると、ジン様は驚くほどあっさり肯定した。
「うん、そういう可能性はあると思う。僕も公爵夫人から、キアラの母上の話は聞いたことがあってね。そのとき同じことを考えたよ」
「母にもやはり、魔力が……?」
「恐らくね。闇属性を有していたかどうかは正直わからないけど、多分無属性の、『時間』を司る魔力を持っていたんじゃないかな。ただ、キアラの母上も魔法を使えるほどの魔力量ではなかっただろうから、直接時間を操る力はなかったと思うんだ。その片鱗として、未来予知のような謎めいた力があったんだろうね」
シャンレイの王族だった曾祖母が宿していた「魔力」という未知の力は、曾祖母から祖母、祖母から母へと確かに受け継がれ、そして私もその力の一部を受け継ぐことになったのだろう。
そう思うと、なんだか不思議な気分になる。
「とにかく、キアラに無属性の『空間』を司る魔力があるなんて、実に興味深いことなんだよ。キアラの黒曜石に結界魔法を施したとき、一度試してもらっただろう? ずいぶんきれいな結界が張れたなあ、なんて思っていたけど、あそこまで防御力の高い結界が発動したのは、似た特性を持つ結界魔法と空間魔法の相乗効果だったんだよ」
「でもその魔力があったって、キアラが空間魔法を使うことはできないんだろ? 未来予知ができたクララ様とは違って、大したメリットなんてないんじゃないの?」
「そんなことはないよ。直接的に魔法を使うことはできなくても、キアラの秘めたる力を引き出すことは十分可能だよ?」
ジン様はそう言って、にんまりと顔をほころばせる。
「今回の呪術による騒動は、二人のおかげで解決したと言っても過言ではないからね。お礼として、キアラの魔力を存分に活用した、とんでもなく便利な魔導具を新たに作らせてもらうよ。どう?」
そうして完成したのが、あのイヤーカフなのだ。
空間魔法というのは、空間そのものを操作することで物体の転移や瞬間移動をも可能にするものらしい。私の魔力だけでは人間一人を瞬時に移動させることは無理だけど、声くらいなら離れた場所にいる相手にも届けることができるのでは、という発想から作られた魔導具なんだとか。
カルミナ侯爵邸から連れ去られて目が覚めたとき、黒曜石のネックレスもイヤーカフも外されていないと気づいた私は、すぐさま通信機能を使ってルカに助けを求めた。
イヤーカフは、相手の声が自分にだけ聞こえるような仕組みになっている。
「助けて」という私の声が聞こえたルカは、すぐに黒曜石の「居場所特定機能」を使ったらしい。辺境の国境地帯だろうが絶海の孤島だろうが見知らぬ未開の地だろうが、黒曜石さえあれば私が今どこにいるのかなんて即座に確認できる。
その結果、私の連れ去りを察したルカはグラキエス公爵家とカルミナ侯爵家に連絡し、ベルナルド殿下に頼んで騎士団に応援を要請し、大勢の騎士団員を引き連れて、私を救出すべく洞窟へとなだれ込んだ。
ちなみに、ルカ側の動きに関しては、ルカ自身が逐一簡潔に実況してくれていた。だから私も落ち着いて、ヴェロニカ様やバナキルに対峙し続けることができたのだ。
そして洞窟の前に到着し、見張りをしていた強者ぞろいの信者たちを爆速で一掃したルカは、魔導具を使って私にこう言った。
「キアラ、もうすぐ着くから。待ってて」
その声が聞こえた私は、バナキルとヴェロニカ様の注意を逸らすべくあの祭壇の台の上で立ち上がり、大声を出して派手なパフォーマンスに徹したのだ。
私の猿芝居にまんまと気を取られていたバナキルたちは、ルカが向かっていることに一ミリも気づかず、いきなり現れた貴公子に度肝を抜かれたというわけである。
「あのときのバナキルの間抜け顔、ほんとひどかったよなー」
ルカはこらえきれないといった様子で、くつくつと忍び笑いを漏らす。
「あの二人もグリムヘーレ教団の信者たちも、これからどうなると思う?」
「さあね。どうなろうと知ったこっちゃないけど、処刑するっていうなら俺が躊躇なく全員の首を刎ねてやるよ?」
まるで明日の天気の話をするような軽いノリで、処刑人に立候補するのはやめてほしい。
どういうわけか、ルカの「物騒度レベル」がますます爆上がりしているような気がするんですけど。
その後、捕えられた信者たちの供述により、本物のセルペンス伯爵令息は無事に救出されることになった。大きな怪我もなく、健康状態は良好だったらしい。よかったよかった。
下っ端の信者たちは全員まとめて北の流刑地へと送られることになり、グリムヘーレ教団の実質的な指導者だったバナキルとその腹心ともいうべき立場にまで昇りつめていたヴェロニカ様は、『王家の影』の本拠地へと移送され、厳しい取り調べを受けたらしい。
その過程で、グリムヘーレ教団の存在は世界各国から問題視され、近隣諸国の連合軍によってあっけなく壊滅に追い込まれた。
バナキルとヴェロニカ様が最終的にはどうなったのか、はっきりとしたことはわからない。ただ、呪いや呪術に並々ならぬ関心を寄せていた特務機関『王家の影』が、二人を生涯解放しなかったことだけは確かである。
「それにしても」
やけに艶めいた声で言いながら、ルカが唐突ににっこりと微笑む。
妙ににこやかすぎて、不気味というか不穏というか、なんだか薄ら寒い空気すら漂ってるんですけど。
「キアラがあそこまで俺のことを想ってくれていたなんて、知らなかったよ。感動しちゃった」
「はい? な、なんのこと?」
「ほら、さっきヴェロニカに言ってただろう? 俺が執着して求めているのはキアラだけで、常にキアラが行動基準で、そんな俺の重い愛情もまるごと全部受け止める覚悟がある、ってさ」
「……え」
うれしさを抑えきれないといった表情のルカを凝視しながら、私はここへきて、重大な事実に思い至る。
あの魔導具は、私とルカが離れた場所にいても、お互いの声が聞こえて会話が可能になるという便利な代物である。
ということは、あのとき私とルカの間で通話機能は維持されていたわけだから、ルカは当然、私がヴェロニカ様に威勢よく切った啖呵を耳にしていたわけで……。
「あ……」
やばい、と思う間もなく、私はいとも容易くあっさりと、ルカに押し倒されていた。
しかもここは寝室、そしてあろうことか、ベッドの上である。
「あ、あの、ルカ……?」
どぎまぎして取り乱す私を見下ろしながら、ルカはこの世のものとは思えないほど美しく妖艶な笑みを浮かべる。
「キアラは俺の重すぎる愛情を、まるごと全部受け止めてくれるんだよね?」
「そ、そのつもりだけど……」
「じゃあ、早速受け止めてくれる?」
「さ、早速?」
「そう、今すぐ」
「今すぐ!?」
「朝までずっと」
「朝まで……!?」
やんわりと抗議しようとしたけれど、難なく唇を塞がれ、とろりと甘い視線に身動きができず、溺れそうなほど色っぽい声で「キアラ、愛してる」とささやかれたら、抵抗なんてできるわけもなかった。
なんとか無事に完結することができました!
最後まで読んでくださったみなさまのおかげです。
ありがとうございました!




