5 あっけない幕切れ
突然目の前に現れた美しい公爵令息を見上げて、バナキルははっきりと怯んだ。
「い、いったいどこから――!?」
ルカはその問いをガン無視し、私の腰に腕を回してぎゅっと引き寄せ、心の底からホッとした、みたいな顔をする。
「ごめん、遅くなっちゃって」
「大丈夫よ。まだ何もされてないもの」
「なに言ってんだよ。変な煙を吸わされてここまで連れ去られてるし、手だって縛られてるじゃん」
「これくらい、何でもないわよ。あ、護衛の女性は大丈夫だった?」
「護衛も御者も、ここへ来る途中で保護したから無事だよ。今は騎士団の詰め所で手当てを受けてると思う」
「よかった」
ルカが来てくれたことでさっきまでの緊張感が全部吹き飛んでしまい、ついついいちゃいちゃしてしまう私たち。
話しながらもルカはいそいそと手首のロープを解いてくれて、「痛くなかった?」と労わるように何度もキスしまくるかと思えば、仄暗い目をして「痕が残るようならこいつら全員の手首を切り落とそう」とか言っている。優しいんだか物騒なんだか。いや、どっちもか。
場違い過ぎるほどの甘ったるい雰囲気に耐えられなかったらしく、焦った様子のバナキルが「おい!」と水を差した。
「き、貴様、どこから来たんだ!? いや、あ、あいつらは!? 同志たちはいったい――!?」
「あんなの、即行で全員倒したけど?」
「は!?」
「何人いたって、関係ないよ。みんな雑魚過ぎて、逆に萎えたわ」
「は!?」
「ルカ様!!」
バラ色に頬を染めたヴェロニカ様が、バナキルの後ろから勢いよく飛び出してきた。
「お、お会いしたかっ――」
「俺は二度と会いたくたかったよ。お前みたいなクズ女」
「……え?」
「ルカ、それはちょっと、言葉が過ぎるわよ」
「なんでだよ。キアラに手を出した時点で、万死に値するだろ」
「でも『クズ女』は、ちょっと」
「えー?」
不満げながらも無邪気に笑うルカは、どさくさに紛れて私のこめかみにちゅ、とキスを落とす。まったくもって、緊張感のなさ過ぎる夫である。
それでも右手に構えた剣は、しっかりとバナキルやヴェロニカ様の鼻先に突き出されたままだった。
さすがは瞬殺の悪魔。全方位、抜かりがない。
そして剣を向けられた二人は、完全に動きを封じられている。
「貴様、どうやってここまで……」
「それをお前が知る必要はないよ」
ルカが答えるや否やいくつもの足音が聞こえてきて、目を向けるとベルナルド殿下やディーノ様、そしてたくさんの騎士団員たちがわらわらと到着した。
「ルカ、勝手な行動は慎めとあれほど……!」
「殿下たちが遅すぎるんだよ」
「殿下、キアラ夫人絡みでルカをコントロールするのは無理ですよ」
「そういうこと」
三人が仲良くわちゃわちゃしている間にも、バナキルとヴェロニカ様はあれよあれよという間に騎士団員たちの手によって捕えられてしまう。
「く、くそっ! 離せ!!」
いつまでも抵抗を続けるバナキルとは対照的に、ヴェロニカ様は感情がごっそりと抜け落ちたような表情でルカのほうを見つめていた。
恐らく、長年恋焦がれた相手に面と向かって『クズ女』と言われたことが、相当ショックだったのだろう。何だかんだ言って、ヴェロニカ様がルカと直接言葉を交わしたことなど数えるほどしかないんだもの。
まあ、気の毒ではある。
洞窟の外に出てみると、バナキルが「特別武芸に秀でた手練れたち」と自慢していた二十~三十人くらいの信者たちが、全員見事に捕縛されていた。
「ルカがほとんど一人で、あっという間に片づけてしまったんだよ」
ベルナルド殿下が、独り言のようにぼそりと教えてくれる。「死人が出やしないかとヒヤヒヤしたが」とつぶやいた顔は、少し疲れていたような。
「……それにしても、こいつらはこんなところで何をしようとしていたんだ?」
もう一度洞窟の中を振り返った殿下は、訝しげに首を傾げた。
「私を生贄にして、破壊の神グリマルドを降臨させる儀式を行おうとしていたようです」
「……は?」
心底意味がわからない、というような顔で、殿下が唖然としている。その隣で、ディーノ様もやれやれ、というような呆れた顔をしている。
「彼らは私を生贄にしてグリマルドを降臨させ、世界を恐怖と混沌に陥れたかったようですね。そして破壊と暴力によって支配される、新たな世界の構築を目論んでいたようです」
そうすることでヴェロニカ様は私を排除し、自分がルカに選ばれないという「間違い」を正そうとした。
バナキルのほうは純粋に、グリマルドの降臨を願っていたのだろう。荒ぶる神に心酔するバナキルは、グリマルドのもとで新たな世界の統治者にでもなろうとしていたのかもしれない。
「まったく、理解不能だな」
ベルナルド殿下が忌々しげに言い、ディーノ様も深く頷く。
「だいたい、キアラに何事かあったりしたら、ルカが破壊の神になりかねないだろう?」
「同感です。いるかどうかもわからない怪しげな神より、キアラ夫人を失ったルカのほうが余程怖いですよ」
そんな話をしながら肩をすくめる二人に、ルカは「よくわかってんじゃん」と楽しげに笑った。
◇・◇・◇
その日の夜。
公爵邸に戻り、無事の帰還を全員で喜んだあともルカは私から一切離れようとはせず、湯浴みにまでついてこようとするから全力で止めた。
「いつも一緒に入ってるんだし、いいじゃん」
「いつもじゃないでしょ!!」
根も葉もない嘘(?)を言いふらすのは、ほんとやめてほしい。
湯浴みを終えて寝室に戻ると、先に戻っていたルカに問答無用で抱き寄せられてしまう。
「……ほんとよかった」
それだけ言って、ルカは私の首元に顔を埋めた。
「……心配かけて、ごめんね」
言いながら、私はルカの頭を優しく撫でる。
しばらく黙ってされるがままになっていたルカは、気が済んだのかようやく顔を上げると悪戯っぽく笑った。
「やっぱり、ジンの魔導具はすごいよな。イヤーカフからいきなりキアラの『助けて』って声が聞こえたときには、肝が冷えたけどさ」
そう言って、私の左耳――イヤーカフを装着していた辺り――をすりすりと撫でる。
何を隠そう、あのイヤーカフは、黒曜石のネックレスと一緒に身につけることで通信機能が使える仕様になっていたのだ。
つまり、私たち二人があのネックレスとイヤーカフを同時に身につけていれば、たとえ離れた場所にいても会話が可能になるというとんでもない代物なのである。
シャンレイでの騒動が一段落し、私たちがアルトランに帰る直前、実は魔塔で私の魔力測定が行われることになった。
「いい機会だし、一度しっかり測定してみない?」
ジン様が軽い調子でこう言ったから、私も軽い気持ちで魔力測定を受けてみたのだけれど。
「え!? えっ!? マジで!?」
私が測定器に手をかざした途端、ジン様は仰け反った拍子に椅子からド派手に落ちた。
想定外の信じられない結果に一人で大騒ぎし始めたジン様は、慌ててジエミン様を呼びに行き、私は二人の前で再度測定器に手をかざすことになった。
もちろん、結果はまったく同じだった。
「いったい何なんだよ?」
特級魔導師二人の尋常ではない反応にルカがたまりかねて尋ねると、ジン様は震える声を抑えながら戸惑いぎみに答える。
「キアラの中に宿っている魔力は、どうやら闇属性だけじゃないらしい……」
「別の属性の魔力も持ってるってこと? それって珍しいの?」
「サブ属性を持つシャンレイ人は一定数いるが、そう多くはない。ただ、キアラのサブ属性は『無属性』、しかも『空間』を司る力なんだよ……!」
雷にでも打たれたような顔をして目を見開く魔導師二人に対し、ルカは素朴な疑問を投げかける。
「それが何?」
……温度差がひどい。
最終話は、今日中に投稿する予定です。
しばしのお待ちを……!




