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執着強めな婚約者の愛は、過激で過保護で当然重い  作者: 桜 祈理
第三章 グリムヘーレ教団編

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4 ラスボス登場

「すんなり騙されていただけたようですね。うれしい限りです」


 セルペンス伯爵令息だと思っていた男はそう言って、下卑た笑みを浮かべた。


 このシチュエーションでこの登場の仕方、しかもこんなことを言いそうな人物なんて、一人しかいない。


「……あなたが、バナキルなのね」

「いやあ、私の名前までご存じとは。光栄です」


 鼻につく笑い方である。白々しい。


 男はもったいぶったように自分の頭に手をかけて、被っていた茶髪のカツラをぐいっとずらした。徐に現れた白い髪に、否が応でもバナキル本人だと思い知らされる。


 肌のほうは、化粧か何かで誤魔化したのだろう。見破れなかった数時間前の自分を、ぶん殴りたい気分である。


「……本物のセルペンス伯爵令息は無事なの?」

「もちろんですよ。我々がしっかりと保護していますからね」


 恐らくどこかで無理やり捕らえておいて、『保護している』だなんて横暴にも程がある。


 冷ややかに一瞥すると、バナキルはおどけた口調で話し出す。


「怒らないでくださいよ。本当に、本物は無事ですから」

「あなたの言うことなんか、信じられるものですか」

「心外だなあ。セルペンス伯爵領でエメラルドの鉱脈が見つかったのは本当のことですし、伯爵が友人であるカルミナ侯爵に相談したのも本当です。本当でないのは、侯爵家のお茶会に出席したのが本物のセルペンス伯爵令息ではなかったことくらいで」

「どうだか」

「厳戒態勢を敷く公爵家からうまいことあなたをおびき寄せるために、我々がどれだけの時間と労力を費やしてきたとお思いなのです? だいたい、このタイミングで公爵夫人が捻挫をするなんて、出来過ぎているでしょう?」

「まさか、あれもあなたの仕業なの……?」


 その質問には答えず、バナキルはにやりとほくそ笑む。


 なんだこいつ。とことん腹立たしいんですけど……!


「しかしようやく、我々はあなたを手中に収めることができました。ああ、助けが来るなどとは、思わないことです。この場所がわかるはずはありませんし、万が一ここまでたどり着けたとしても、洞窟の出入り口は信者の中でも特別武芸に秀でた手練れたちに見張らせていますからね。強行突破は恐らく無理でしょう」

「……どうして、私なの?」

「それはほら。あなた、魔法が使えるでしょう?」


 人を小馬鹿にしたような訳知り顔をして、バナキルがずるそうに笑う。


 自分の仮説に百パーセントの自信があるらしいバナキルだったけど、私はちょっと、なんというかまあ、目が点になった。



 だって私、当然のことながら、魔法なんて使えませんよ?



 確かに魔力はあるらしいけど、魔法を自在に使えるほどの魔力量ではないって、以前ジン様も言ってたし。



 どこでどうやったら、そんな勘違いに行く着くのよ?



 突拍子もない盛大な勘違いに驚き過ぎて二の句が継げずにいると、バナキルは嘲りを含んだ得意げな表情になる。


「ふふ、なぜ知っているのか、という顔をしていますね」



 違うから。



 なに言ってんだこいつ、って顔だから。



 そんな私の心の声など聞こえるはずもなく、重大な秘密を言い当てられて何も言えずにいると思い込んでいるらしいバナキルは、高笑いしながら(なんでこの人たちってば、すぐ高笑いするんだろう?)意気揚々と言葉を続ける。


「あのパーティーでヴェロニカが捕らえられたあと、仕込んだ呪いをあなたに返されたと聞きつけましてね。私なりに、あちこち出向いてあなたのことを調べさせてもらったんですよ。現状、呪術に対抗できるのは魔法以外にないだろうと思っていましたのでね」

「魔法なんて……」

「ああ、魔法も魔力もこの世界には存在しない、という定説が嘘なのは、もう知っていますから。シャンレイ人は普通に魔法が使えます。そうでしょう?」


 言われてちらりとヴェロニカ様のことを盗み見ると、まったく動じていなかった。どうやら、ヴェロニカ様もすでに知っているらしい。


「あれこれ調べていくうちに、あなたがシャンレイの王族の血を引いていることがわかりましてね。あなたなら、魔法を使ってヴェロニカの呪いを弾き返すことができたのでは、と思ったのです。しかし決め手になったのは、あなたがヴェロニカに話した『呪い返しは私のせい』という言葉でしたよ。そこで我々は、あなたが魔法を使ったのだと確信したのです」


 違うから、と言い返すのもなんか面倒くさくなってきた。


 わかっているようで、ちゃんとわかってはいないのだろうな、この人。


 意外に詰めが甘いというか、大事なところで痛恨の見当違いというか、なんというか。


「破壊の神グリマルド降臨の儀式には、生贄が必要なのです。その生贄は『稀有で希少な存在』であることが求められるのですよ。魔法が使えるあなたは、間違いなく『稀有で希少な存在』と言えるでしょう? 生贄として、あなた以上に相応しい方はいないのです」


 悦に入っているバナキルの説明に、私はちょっとだけ「うっ」と唸ってしまった。


 だって、魔法自体は使えないにしても、闇属性の魔力を有しているという点で、私は確かに『稀有で希少な存在』ではあるのだから。



 え、やだ。私って、やっぱり生贄に相応しい存在ってこと?



 やめてよ、もう。生贄なんて、勘弁してよ。



 私は渋々といった調子で、なんとか反論を試みる。


「……勝手に盛り上がってるとこ悪いんだけど、私は魔法なんて使えないわよ?」


 バナキルは面白いものでも見るかのような目をしながら、薄い笑みを浮かべた。


「この期に及んで、そんな言い訳が通用するとでもお思いなのですか?」

「言い訳も何も、事実だもの。私は魔法なんて使えません」

「そんなはずはない。シャンレイ人の血を引くあなたなら、何かしらの魔法が使えるはずです」

「そう言われても、使えないものは使えないんだから。だいたい、自分がシャンレイの王族の子孫だと知ったのだって、つい数か月前のことなのよ? それに魔法が使えるのなら、こんなにあっさり捕まっていないと思うのだけれど」

「では、ヴェロニカの呪いを返したことはどう説明されるのですか?」

「知らないわよ。ヴェロニカ様の呪術が不完全だったとか、そういうことなんじゃないの?」

「そんなわけないでしょう! 私の呪術は完璧よ!」


 声を荒げて参戦してきたヴェロニカ様の圧で、イヤーカフが微かに反応した。



 不意に、愛しい声が直接私の耳()()に届く。



 その言葉に安堵して、私は勢いよくダンッと台の上に立ち上がり、大声で叫んだ。


「私を生贄にしたところで、グリマルドは降臨しないわよ! 私は魔法なんて使えない、ただの貴族ですからね! 残念ながら、稀有でも希少でも何でもない、普通の一般人なんだもの!」


 いきなり立ち上がって堂々とまくし立てる私を見上げて、二人はわかりやすく呆気に取られている。



 ここまでの話の流れを考えると、バナキルが大きな勘違いをしていることはもはや明白だった。


 でも私が闇属性の魔力を有していることまでは、どうやら知らないらしい。シャンレイでも王家の方々とジエミン様にしか明かしていないし、さすがにその事実を突き止めることはできなかったのだろう。


 だとしたら、絶対に知られてはならない。


 そして、あの呪い返しがチート過ぎる魔導具のおかげだったということも。


 だって私の魔力も魔導具も、私たちにとっては紛れもない切り札なのだ。


 切り札は、最後の最後まで取っておかないと。



 私は二人の注意を引きつけるようにして、精一杯声を張り上げる。


「グリマルドが降臨しなければ、世界を恐怖と混沌に陥れることはできないでしょう!? 自分たちに都合のいい世界に作り変えようとしたって、そうはいかないのよ! この世界が破壊と暴力に支配されることなどないし、あなたたちの思い通りにもなりません! 私たちが、すべて阻止します!!」

「何だと……!?」


 煽られて逆上したバナキルが、眉をひそめて一歩前に出る。


「黙っていれば、いい気になりやがって……!」


 カッとなったバナキルはどこからかナイフを取り出し、噛みつかんばかりの形相をしながら猛然と近づいてくる。




 次の瞬間――――。




 ダンッという大きな音とともに軽い衝撃を感じたと思ったら、私の隣には剣を構えた麗しい夫がにこやかに立っていた。




「待たせちゃって、ごめんね」









残り二話、明日で完結させる予定です……!





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