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執着強めな婚約者の愛は、過激で過保護で当然重い  作者: 桜 祈理
第三章 グリムヘーレ教団編

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2 飛んで火に入る夏の虫

「母上の代理? なんだそれ」


 思った以上に真剣な顔で眉根を寄せるルカに、私は慌てて説明を補足した。


「代理というか、お義母様が行けない代わりに、ちょっと挨拶に行くだけなのよ」

「そういうの、代理っていうんじゃないの?」

「お茶会には参加しなくていいって言われてるもの。ただカルミナ侯爵夫人とセルペンス伯爵に申し訳ないから、お詫びの品を持ってご挨拶に伺おうと思って」


 実はこの三日後、お義母様は旧知の仲でもあるカルミナ侯爵夫人が主催するお茶会に出席することになっていた。


 侯爵夫人はそのお茶会で、お義母様にセルペンス伯爵という方を紹介したかったらしい。


 セルペンス伯爵領ではつい先日、なんとエメラルドの鉱脈が発見されたという。伯爵領は当然大騒ぎになったものの、採掘方法や加工技術、販売や流通に至るまで、まったくなんの知識もノウハウもない。


 そこでセルペンス伯爵は、友人であるカルミナ侯爵に相談を持ちかけた。


 カルミナ侯爵はその話を聞いて、鉱山のことならグラキエス公爵家に相談してみてはとアドバイスしたらしい。グラキエス公爵領にも希少な宝石アレキサンドライトの鉱山があり、その管理運営はお義母様が一手に担っているからだ。


 ところが。


 あろうことか、お義母様は一昨日本邸でうっかり階段を踏み外し、右足を捻挫してしまうというアクシデントに見舞われた。今は松葉杖がないと歩けず、これではお茶会の参加は難しい。


 というわけで参加は見送ることにしたものの、カルミナ侯爵夫人にもセルペンス伯爵にも申し訳ないと嘆くから、私が代わりにご挨拶してきますよと申し出たのである。


「ささっと挨拶だけして、すぐに帰ってくるつもりだから。護衛もちゃんと連れていくし」


 軽い調子でそう言うと、ルカは不愉快極まりないといった表情を前面に押し出す。


「母上は何て言ってるんだよ?」

「無理して行かなくてもいいとは言ってくれたんだけどね。カルミナ侯爵夫人はいつも私のことを気遣って親切に声をかけてくれる方だし、セルペンス伯爵もこのお茶会に合わせてわざわざ領地から出向いてくるみたいなの。だったら、せめて私が代わりに顔を出さないと」

「……大丈夫なのか?」


 ルカが胡乱な目つきをするのも、まあ仕方がない。


 このタイミングでこの非常事態。確かに、怪しいといえば怪しい気もする。


 でもカルミナ侯爵家は本当に旧知の仲だし、セルペンス伯爵領の鉱脈発見の話だって事実である。ちゃんと確認済みである。


 何より、お義母様の捻挫はわざとではない。誰かに突き落とされたわけでもない。本当に偶然である。お義母様は「年のせいね、嫌だわ」なんて言っていたけど。


「心配しなくても、大丈夫よ」


 からりと何でもないことのように答えると、ルカは途端に不服そうな顔になる。


「怪しげな匂いのするお茶会なんて、行かせたくないんだけど」

「怪しくはないでしょ」

「いや、実はバナキルが全部裏で糸を引いていて、キアラをおびき寄せるために仕掛けた罠だったって可能性もあるだろ」

「それはちょっと、考えすぎじゃない?」

「こういうときは、用心し過ぎるくらいがちょうどいいんだよ」

「そうかもしれないけど……」

「どうしても行かなきゃなんないっていうなら、もうあれの出番だよね」


 ルカはそう言って立ち上がり、寝室に置かれた豪華なキャビネットの中からこれまた豪華なジュエリーケースを取り出した。


 中をパカッと開けると、見慣れた黒曜石のネックレスが二つと黒いイヤーカフが二つ、堂々と鎮座している。


「これだけは、絶対身につけて行くこと。いい?」

「そうね、わかった」


 言うまでもなく、黒曜石のネックレスは魔導具である。


 何の変哲もない丸みを帯びた黒曜石と、細長い六角柱の黒曜石がついた二つのネックレス。実は対になっていて、私とルカが一緒に身につけると絶大な威力を発揮する。


 ルカの黒曜石は私の現在地を特定することができ、私が我が身の危険を察知するとルカの持つ黒曜石にそれを知らせる仕様になっている。


 私の黒曜石は握ると結界が発動して悪意すらも弾くし、ここぞというときには何本もの黒い矢が一気に飛び出して、危害を加えようとする相手を攻撃してくれる。


 改めて考えると、だいぶチートな魔導具たちである。ジン様ってやっぱりすごい。ありがとう……!


 そして黒いイヤーカフも、ジン様が私たちのためにと新たに用意してくれた、特別な魔導具なのだ。ペアになっているところが、大事なポイントである。


「あー、やっぱり行かせたくないなー。俺もついて行こうかなー」


 まるで子どもがおねだりするような甘えた声で言いながら、ルカがふわりと私を抱きしめる。


「ね、ついてっちゃだめ?」

「ルカにはベルナルド殿下の側近っていう、大事な仕事があるでしょ」

「でも毎日殿下の胡散くさい顔見るの、さすがに飽きるんだけど」

「こら」

「ディーノだっているんだし、一日くらいさぼっても」

「そういうわけにはいかないでしょう? 仕事は仕事よ?」


 私の言葉にルカは一瞬拗ねたような顔をして、今度はぎゅっと、まるで私を逃す気はないとでもいうように、強い力で抱きしめる。


「ほんとに、気をつけてよ」

「わかってる」

「何かあったら、すぐに知らせて? 飛んでいくからさ」

「ふふ、ルカったら」

「……絶対に、俺が守るから」


 珍しく真面目な顔で私を見下ろすルカの声に、疑いようのない確かな決意が宿る。


 それだけで、何が起きても大丈夫だと、素直に信じられた。






◇・◇・◇



 

 


 三日後。


 予定通り、私は女性の護衛の中ではピカイチの実力を誇るという長身の護衛を侍女として引き連れ、お茶会の開かれるカルミナ侯爵邸を訪れた。


 そして、侯爵夫人とセルペンス伯爵令息に、お義母様の不参加を詫びた。


 てっきりセルペンス伯爵自身が出向いているのかと思いきや、お茶会に出席していたのは三十代半ばと思われる穏やかそうな令息だった。


 代わりに顔を出した若輩者の私にもすこぶる丁寧な対応をしてくれて、温厚な人となりがうかがえる。


 なんでも、鉱山事業は跡取りでもある令息が引き受けることになったため、令息自身がお義母様から直接話を聞きたかったらしい。


 事情を話し、足の捻挫が回復したら改めてお話をうかがいたい、というお義母様の伝言を伝え、大役を果たした私は意気揚々と侯爵邸をあとにした。


 何事もなく馬車に乗り込んだ私は正直ホッとしたし、多分それは向かい側に座った女性の護衛も同じだったのだろう。


 なんとなく目が合ってお互いに軽く微笑み、「お疲れさま」「お疲れさまでした」と声をかけ合った直後だった。


 突然馬車の窓がガタン、と乱暴に開いて、小瓶のようなものが中に投げ込まれたのだ。


「キアラ様! 伏せてください!」

「えっ!?」


 護衛がいち早く気づいて立ち上がり、私は弾かれたように座席から降りて這いつくばる。


 ごろごろと床を転がる小瓶からは一気に煙のようなものが噴き出して、あっという間に甘ったるいねっとりとした匂いが馬車の中全体に充満していく。


「キアラ様、口を押さえて! 煙を吸い込んではいけません……!」




 護衛がそう言った声を最後に、私はいつのまにか意識を失っていた。











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