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執着強めな婚約者の愛は、過激で過保護で当然重い  作者: 桜 祈理
第二章 東方の島国シャンレイ編

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13 因縁の直接対決

 ミリアムからの手紙を黙ってルカに渡すと、ルカは眉間にしわを寄せたまま目を通し始めた。


 読み進めるに従って、その手がわなわなと震え出す。


「ヴェロニカ様、やっぱりバナキルとつながっていたみたいね……」


 手紙を読み終えて顔を上げたルカは、私の言葉にすこぶる渋い顔をした。



 白い髪の、日に焼けた不気味な男――――。



 そんなの、どう考えてもバナキル以外にはあり得ない。神がどうとか言っていた、というミリアムの記憶は、もはや決定的な証拠である。


「……ずいぶんとしつこい男みたいだな」


 つぶやいたルカの声には、地獄の底から響くような激しい怒りがほとばしっていた。


「俺のキアラを狙おうだなんて、百万年早えんだよ。俺がさくっと一瞬であっさりばっさり返り討ちにしてやるよ」

「でもルカ、まだ私を狙っていると決まったわけじゃ……」


 なぜかすでに完全なる臨戦態勢に入っているルカを、必死に宥める。


「狙ってるかもしれないって時点で、とっくに有罪なんだよ」

「はい?」

「キアラを害そうとか傷つけようとか、思った時点で俺の中では有罪。キアラに言い寄ろうとかあわよくばお近づきになりたいとか、そんなことをちらっとでも考えたやつは俺の中で排除対象」

「な、なに言ってるの? そんな人、いるわけないでしょう……?」


 突然あらぬ方向に逸れた話の流れにぽかんとしていると、ルカは深々とため息をつく。


「キアラはさー、ほんと自分の魅力をわかってないよね?」

「は、はい?」

「俺が今まで、どれだけの羽虫を追い払ってきたと思ってるの?」

「羽虫」

「学園だろうがどこだろうが、放っておくとキアラ目当ての男どもがどんどんどんどん増えてって、蹴散らすのに苦労したんだよ?」

「私目当ての人なんて、いるわけないじゃない。私はルカと婚約してたし、そんな、わざわざ私に近づこうとする人なんて……」


 思い返してみたところで、そんな物好きな人など、いた試しがない。


 だって、言うまでもなく私の容姿なんかありふれていてパッとしないし、あまり物怖じしないせいか「キアラ様は肝が据わっていますね」なんて、褒められているのかけなされているのかよくわからないことしか言われないし、だいたい、男性陣にとって筆頭公爵家のルカと婚約していた私は、最初から対象外だったと思うのだけど。


「……やっぱり、気のせいじゃない?」

「そんなわけないだろ? キアラの凛とした佇まいとか、知的で品のある話し方とか、ふとしたときの妙に色っぽい仕草とか、密かに憧れていた男どもは多いんだよ」

「まさかー」


 いや、ほんと。まさかー。


「まさかー、じゃないよ。ハンチェンだって、あからさまに色目使ってただろ。クリオも最初はキアラを狙ってたし」

「クリオはともかく、ハンチェン様は女癖が悪いから、誰にでも言い寄っていただけでしょ」

「違うから。キアラが可愛くてきれいで、見た目だけじゃなく中身も美人なのが雰囲気でわかっちゃうからだよ」

「それはルカの贔屓目でしょう? ほかの人に可愛いとかきれいとか、言われたことないわよ?」

「そんなの、俺が言わせなかったんだよ」



 ……え?



「当たり前だろう? ほかの男がそんな目でキアラを見てると思うだけで反吐が出るし、一人残らず斬り刻んでぶちのめしたくなる。だから誰もキアラに近づけないよう四六時中そばにいて、睨みつけて威嚇して牽制しまくってたんじゃないか」


 またまたー、と軽くツッコみそうになって、私は口を噤んだ。


 確かに、ルカならやりかねない。


 というか、確実にやっていただろう。多分。


「とにかく、バナキルの狙いが何であろうとどういうつもりだろうと、キアラには指一本触れさせない。誰が来ようが何人来ようが、俺が遠慮なく瞬殺してやるよ」


 お決まりのセリフを吐き捨てるルカの目には、すべてを焼き尽くそうとする地獄の業火が燃え盛っていた。






◇・◇・◇






 数日後。


 いよいよ私は、ヴェロニカ様と対峙することになった。


 ジン様から渡された水晶で彼女の受けた呪い返しを祓うというのが一番の目的ではあるけれど、グリムヘーレ教やバナキルの狙いに関する情報をなんとか引き出したい、という思惑があることも否定はできない。


 最初は当然、ルカも一緒に行くと言って聞かなかった。


 でもヴェロニカ様はきっと、今もルカへの恋心を拗らせている。そんな人の前にルカが現れたら、恐らくまともな会話なんて成立しない気がしたのだ。


 それにヴェロニカ様の返答次第では、ルカが逆上して何をしでかすかわからない。というか、血を見ることになるのでは? という不安もあったりして。心配し過ぎ?


 そんなわけで、ベルナルド殿下の案内のもと、私は王家直轄の特務機関、通称『王家の影』の本拠地へと向かったのだ。



 人を寄せつけない物々しい雰囲気の建物は、抗い難い強烈な威圧感を放っていた。


 急速に体温が奪われていくような薄ら寒さすら覚えて、身震いしてしまう。



 現れたヴェロニカ様は、あのパーティーのときよりも少しやつれていた。



 腐食したように黒く変色していた髪はやや短めに切りそろえられ、蒼黒いアザは顔の左半分から首のほうまで広がっている。


 私に気づくとヴェロニカ様はあからさまに眉を顰め、唸るような声でこう言った。


「何しに来たのよ?」


 おっと。初手から喧嘩腰である。予想はしていたけど。


 その挑発的な態度に、護衛として控えていた『王家の影』の方々が無言で睨みをきかせている。


「……負け犬の顔でも拝みにきたってわけ?」

「……そういうつもりでは……」

「じゃあ、何よ? あんたが来るっていうから、てっきりルカ様も一緒だと思ったのに。なんで一人なのよ」


 その言葉で、ヴェロニカ様の気持ちが今もはっきりとルカに向かっていると知る。いや、予想はしていたけど。


 私は軽く深呼吸をしてから、持ってきた水晶を取り出してテーブルの上に置いた。


 そして、向かい側に座るヴェロニカ様を、じっと見据える。


「単刀直入に言います。この水晶に触れれば、ヴェロニカ様のアザと痛みは消え、呪いは完全に祓われます」

「……え?」

「信じられないかもしれませんが、効果は実証済みです。騙してもっとひどい目に遭わせようとか、痛めつけようとか、そういう罠ではありません。あなたを害するつもりはないので」


 私がそう言うと、ヴェロニカ様は途端に怪訝な顔をする。


「……何よそれ。そんなことをして、あんたに何の得があるっていうのよ?」

「あなたが呪い返しを受けたのは、私のせいですから。自分のせいでつらい思いをしていると知っているのに、放っておくことなどできません」


 私の中に闇属性の魔力があることも、この水晶に闇魔法が付与されていることも、もっといえばこの世界に魔法というものが存在することも、明かすことはできない。


 その詳細をまったく話さず、ヴェロニカ様に果たして納得してもらえるのか。彼女を救いたい気持ちはある反面、どうしても説明不足、言葉足らずになってしまうという自覚はあった。


 それでも、同じ女性として、痛々しいアザを見るのは忍びなかったのだ。せめてアザだけでも消すことができたら、ヴェロニカ様の荒んだ心も少しは和らぐんじゃないかと思った。


 おぞましい邪教の教えなんか見限って、前向きな気持ちになってくれるんじゃないかと、そう期待したのだ。



 でも。



「……やっぱり、あんたのせいだったのね……」


 感情の読めないヴェロニカ様の視線に、思わず怯む。


「つまりは何? 自分のせいだから罪滅ぼしがしたいってわけ? 笑わせないでよ」

「ヴェロニカ様……」

「いったい何様のつもりなの? 悪いと思ってるんだったら、いっそルカ様を私にちょうだいよ」

「……え?」

「簡単なことでしょう? あんたはルカ様に相応しくないって、何度も言っているじゃない。たかが伯爵令嬢の分際でルカ様の婚約者の座に居座るなんて、厚かまし過ぎるのよ。地味でパッとしなくて教養のないあんたがルカ様の隣に立ったところで、見劣りするだけなんだから。ルカ様がかわいそうだわ」


 見下した目で、悪意に満ちた声で、あの頃と同じような言葉を並べるヴェロニカ様。


 六年前と何一つ変わらないその()(よう)に、私はなんともいえない複雑な気持ちになる。


「……あなたの想いは、六年経った今でもまったく変わらないのですね」


 ぽつりと返すと、ヴェロニカ様はなぜか勝ち誇ったように高笑いした。


「そうよ! 私はずっと、ルカ様一人を心から愛しているわ! 見た目も中身もすべて完璧なルカ様を目にした瞬間、彼が私の運命だと気づいたのよ! 筆頭公爵家の嫡男であるルカ様に相応しいのは、オーリム侯爵家の私しかいないじゃない!」


 不気味なほどうっとりと目を輝かせて、ヴェロニカ様が言い放つ。


 それを冷めた視線で見返して、私は言った。


「……どこまでいっても、独りよがりなのですね」

「え?」

「あなたはいつも、自分のことばかり。ルカが何に喜び、何を欲して、何に怯え何を忌み嫌っているのか、知ろうともしない」

「な、なんなのよ、偉そうに!」

「ええ、そうですね。今の私はあなたより、身分的には上ですから」

「どういう意味よ?」

「私はもう、ただの伯爵令嬢ではありません。すでにルカ・グラキエス公爵令息の妻であり、いずれは公爵夫人となる身なのです」

「妻……?」


 その一言で、ヴェロニカ様の表情が大きく歪んだ。


「あんた、まさか……」

「私たち、この春無事に、結婚しまして」

「はあ!?」

「ついでに言えば、ヴェロニカ様。あなたもすでに、オーリム侯爵家の令嬢ではありませんよ」

「は!?」

「とっくに除籍されたと聞いています。ご存じのはずでは?」


 私が言い終えるや否やヴェロニカ様は激昂して立ち上がり、と同時に『王家の影』の方々に難なく取り押さえられる。


「離しなさい! 私は侯爵令嬢よ!! ルカ様は私の運命なのよ!! ルカ様の妻になるのは、この私なんだからああああああ!!」


 興奮してわけのわからないことをなおも叫び続け、これ以上の対話は難しいと判断されたヴェロニカ様は、そのまま『王家の影』の方々に引きずられながら部屋を出ていった。






 ――――ヴェロニカ様が突如姿を消したのは、その翌日のことだった。



 








第二章はここで終わりになります……!


ヴェロニカ様はどこへ消えたのか!?

これから何が起こるのか!?


次回から第三章 グリムヘーレ教団編が始まります。

引き続き、よろしくお願いします!

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