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執着強めな婚約者の愛は、過激で過保護で当然重い  作者: 桜 祈理
第二章 東方の島国シャンレイ編

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11 世界を破滅に導く男

「……そもそもさ」


 小難しい話がやっと一段落したところで、ルカが間髪を入れずに尋ねた。


「ジンの叔母さんは、どこでどうやって呪術について知ったんだよ?」


 その言葉で、ジン様は楽しげな雰囲気から一転、やけに神妙な顔つきになる。


「叔母上が言うには、ある日突然、不思議な男が屋敷を訪れたそうなんだ」

「不思議な男?」

「髪は真っ白で浅黒く日焼けした、いかつい体格の男だったらしい。大陸の南方から来たと言っていて、どういうわけか叔母上の野心はもちろん、この国の状況や闇魔法のことまでおおよそのことを把握していたそうだよ。そいつが『望みを叶える方法を教えてやろう』とかなんとか言って、呪術の存在と儀式の方法について明かしたらしいんだ」

「誰だよ、それ」

「わからないけど、『バナキル』と名乗ったそうだよ。偽名とか通り名なのかもしれないけどね」


 その名前にまったくもって聞き覚えのない私とルカは、同じように首を傾げながら顔を見合わせる。


「叔母上も、最初は謎めいた秘術を使うことに尻込みしていたみたいでね。でも男が再三屋敷を訪れて執拗に焚きつけるものだから、あるとき『いったい何の目的があるのか』と尋ねたらしいんだ。男は表情を変えることなく、『人々が欲望のままに生きることのできる世界を作りたい』とか『世界を欲と混沌に満ちたものに作り変えることこそ、崇拝する神グリマルドへの忠誠を示す手段』とか言っていたらしくて」

「……グリマルド? なんか、どっかで聞いた気が……。って、あ!」

「グリムヘーレ教団が信仰している、破壊の神グリマルドですね」


 私が事務的な声で答えると、隣でルカが「もう、先に言うなよー」なんて不満げな声を漏らす。



 大陸の南方、山岳地帯でもあるハソル地方の一部の少数民族が信仰しているという、グリムヘーレ教。



 破壊の神グリマルドを祀り、暴力と報復を基本教義とする過激な教えを説き、呪術という得体の知れない秘術を使って人々を恐怖に陥れる()の教団が、やっぱり裏で糸を引いていたらしい。


「叔母上をそそのかしたそのバナキルとかいうやつは、間違いなくグリムヘーレ教の信徒だろうね。もしかしたら、ヴェロニカ嬢がグリムヘーレ教を知るきっかけを作ったのは彼なのかもしれないし」

「……そいつが世界各地を回って、いろんなやつの悪事に加担しながら布教活動をしてるってことか?」

「その可能性は高いと思うよ。叔母上自身も、グリマルドがいかに崇高で神秘的な存在か、グリムヘーレ教の教えがどれほど素晴らしく、また価値あるものなのか、事あるごとに聞かされていたみたいだからね。そのうちだんだん呪術への迷いや葛藤がなくなって、とうとう実行に移してしまったんだ」


 メイユー様の自宅であるジャオ家の屋敷を調べてみると、使われていない倉庫から、呪術の儀式に使ったと思われる大層な祭壇や面妖な呪符の類いが何枚も見つかったという。


 物的証拠をも押さえられ、もはや完全に言い逃れができなくなったメイユー様。


 呪術の使用は認めながらも、「私は選ばれた存在であり、間違ったことは何一つしていないわ」とか「ハンチェンこそが王として相応しく、闇属性の魔力を持つ王子なんて即刻排除すべきよ」などと、いまだに主張しているとのこと。



 意外にというか予想通りにというか、だいぶ往生際の悪い人だった……!



 ちなみに、今回の一件は完全にメイユー様一人の犯行だったらしく、ハンチェン様もジャオ家当主も呪術のことは何も知らなかったそうである。


 とはいえ、王族を貶めようとしたうえに、何の罪もない二人の令息を危険な呪術を使って不当に苦しめたのだ。その代償は、やはり大きかった。


 最終的に、メイユー様は王都から遠く離れた絶海の孤島に建つ、さびれた離宮に幽閉されることが決まった。


 一応、元王族という身分を考慮された結果のようだけれど、離宮に送られた者が王都に戻ってこれたことはこれまで一度もないという。


 この決定に対し、ハンチェン様は処分が重すぎると猛反発したそうである。


 ただ、彼を擁護する貴族家は、残念ながら一つもなかった。


 ティン家やヤン家をはじめとする多くの貴族家は、自分の野望のために他家の令息を故意に傷つけたメイユー様の卑劣な行為を鬼畜の所業として糾弾し、袂を分つと決めたのである。そりゃそうだ。


 そのうえ、令息たちの呪いを祓い、命を救ったのはほかならぬ闇属性の魔力だったと聞かされて、これからはリンシャオ殿下の王位継承を後押ししたいと早くも大っぴらに公言しているらしい。


 あれだけ忌み嫌っていたくせに、なんというか変わり身が早すぎない? 節操がなさすぎやしませんかね?


 シャンレイの貴族たちには大いに不満をぶつけたいところだけど、今回ばかりは大目に見てあげようと思う。



 なぜなら、この件をきっかけに、国王陛下はリンシャオ殿下を後継者として正式に指名すると決断されたからだ。



 その結果、ハンチェン様もジャオ家そのものも、急速にその求心力を失いつつある。


 数々の女性と浮名を流してきたというハンチェン様は、いまや見向きもされなくなって、婚約者選びに四苦八苦しているんだとか。これまでの傍若無人ぶりが災いし、いざとなったら婚約者がなかなか決まらないのだ。


「叔母上にしてもハンチェンにしても、はっきり言って自業自得だよね」


 ジン様はそう言って、呆れたように肩をすくめた。






◇・◇・◇





 その日の夜。


 私は目の前で淡い光を放っている、六角形の水晶をぼんやりと眺めていた。


 テーブルの上に置かれているのは、ジン様が帰り際に渡してくれた特別な魔導具である。


『この水晶には、リンシャオに頼んで闇属性の浄化魔法を付与してもらっている。ヴェロニカ嬢がこれに触れれば、彼女が受けた呪い返しは全部この水晶に吸収されて、アザも痛みもきれいになくなると思うよ』


 ジン様の言葉を思い出しながら、私はふう、と浅いため息をつく。


「どうしたの?」


 ちょうど湯浴みを終えたルカが部屋に戻ってきて、私の顔を覗き込んだ。


「何か、心配事?」

「ううん。ただ、これでようやく、ヴェロニカ様のアザが消えるんだなと思って」

「……ふうん」


 どこか不穏な声で答えながら、ルカが私の隣にどかりと座る。


「あんなやつ、一生あのままでいいじゃん」

「そんなの――」

「キアラを傷つけようとしたんだ。あのままの姿で、一生苦しめばいいんだよ」


 強い口調とは裏腹に、私の髪をひと房掬い上げるルカの仕草は、どこまでも優しい。


「キアラが許しても、俺はあいつを一生許さないからね」

「でもヴェロニカ様だって、バナキルとかいうやつにそそのかされた被害者なのかもしれないし」

「そんなの関係ないよ。キアラを傷つけようとするやつは、誰であろうと許さない。それに――」


 ルカの声が、不意に甘い毒を孕む。


 ぞくりとするほど妖艶な銀灰色の瞳が、ぎらりと鋭く光る。


「キアラが俺以外の人間のことを、ずっと考えてるのは許せない」

「……はい?」

「ヴェロニカとかバナキルとか、ほかの人間のことばかり考えてるだろう? 俺はキアラのことしか考えてないのに」


 淀んだ視線が、不貞腐れたように抗議する。


 そのままソファの上に柔らかく押し倒されて、私は途端に逃げ場を失った。


「いい加減、俺のことも構ってよ」

「……か、構ってるつもりなんだけど……」

「全然足りないよ」


 端正な顔がギリギリのところまで近づいて、静止する。


 吐息が触れ合う距離に、心臓が跳ねる。


「俺はいつだって、キアラのことを独り占めしたいのに」

「わ、わりと独り占めできてると思うけど……?」

「もっともっと独り占めしたいんだよ。頭の中まで、俺だけでいっぱいにしてしまいたい」

「……わりといつも、ルカのことばかり考えてるんだけど……」


 つい正直に答えてしまって、頬が否応なしに熱を持つ。


 ルカはそんな私を見下ろしながら、満足そうにとろりと微笑む。


「本当?」

「……本当よ」

「よかった」


 そう言って、ルカは私の首筋に顔を埋めたかと思うと、噛みつくように口づけた。


「もしもキアラの心が離れていったら、俺は正気じゃいられないから」


 耳元でつぶやく不安げな声に、この世の終わりを導くのは破壊の神でもバナキルでもなく、もしかしたらこの物騒な愛しい夫なのかもしれない、と思った。












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