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執着強めな婚約者の愛は、過激で過保護で当然重い  作者: 桜 祈理
第二章 東方の島国シャンレイ編

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8 変人たちの集う伏魔殿

 翌日。


 朝早くから、何やらバタバタと騒がしい気配がした。


 廊下を足早に行き来するたくさんの靴音や、気忙しくやり取りする複数の人たちの声に、だんだん意識が覚醒していく。


「おはよ、キアラ」


 先に目覚めていたらしいルカが、小声でささやく。相変わらず、私の寝顔を堪能するという謎の趣味に日々余念がないルカである。


「うるさくて、目が覚めちゃったよね?」

「……何か、あったの……?」

「わからないけど、多分そうだと思うよ。廊下だけじゃなくて、外のほうからも騒いでる声がするし」


 それが何だったのかは、しばらくして現れたジン様の言葉で発覚する。


「今度は、ヤン家の令息ベイファンが謎の奇病を発症したんだ」

「え……?」


 ジン様の目は、迷宮に放り込まれた子どものような不安と動揺を映している。


「症状はルイホンとまったく同じらしくてね。一応、魔塔の魔導師を呼んで診てもらったものの、やっぱり光魔法がまったく効かなかったそうなんだ。その話を聞いたハンチェン派の有力貴族たちが、いよいよこれはリンシャオの仕業に違いない、悪の王子リンシャオを引き渡せ、とこぞって王城に押しかけたんだよ」

「それで、どうしたんだ? 殿下を引き渡したのか?」

「まさか。陛下が貴族たちを追い払ったよ。魔塔の調査が終わるまでは、勝手な憶測で騒ぎ立てるな、と釘を刺してね」

「あ、あの、リンシャオ殿下本人は……?」


 私が尋ねると、ジン様は一瞬で苦悶の表情になる。


「外の話を聞いて、怯えてるよ。自分のせいだってね」

「……え?」

「もちろん、リンシャオには魔法封じの魔導具を身につけさせているし、そもそも二人の令息の謎の奇病が闇属性の魔力由来かどうかだって、まだわからない。でも、ほかに可能性がない以上、自分が無意識に闇魔法を使ってしまったんじゃないかとあの子は不安に駆られているんだよ。そして自室に閉じこもったまま、誰にも会おうとしないんだ」


 その様がありありと想像できてしまって、私とルカは顔を見合わせた。


 部屋の隅で小さく震えながら、我が身に宿る邪悪な力に怯えるリンシャオ殿下。


 どうにかしてあげたいのに、どうにもできない。助けてあげたいのに、私たちには何もできない。


 そんな絶望的な無力感に、打ちひしがれていると。


「とにかく、君たちには一緒に来てもらうよ」


 颯爽と立ち上がったジン様は、有無を言わさぬ空気を纏っていた。


「は? 行くって、どこへ?」

「決まっているだろう? 魔塔だよ」






◇・◇・◇






 広大な王城の敷地内にある鬱蒼とした森の中に、魔塔はひっそりと建っていた。


 現在、魔塔には数十人の魔導師が所属しているという。


 魔導師は、体内に宿す魔力属性の数やそれを使いこなす実力、そして魔導師としての実績などから「初級」「中級」「上級」に区分され、「上級魔導師」の中でも特に優れた四人の魔導師が「特級魔導師」として魔塔を管理運営する役割を担っているらしい。


 驚いたことにというか、まあ予想通りというか、ジン様はその「特級魔導師」の一人だった。


 ちなみに、アルトランで名乗っていた「魔導()師」という身分は、実際には存在しないらしい。ただ、ジン様は魔力研究を専門とし、魔導具開発にも心血を注いでいるということで、対外的には「魔導具師」と名乗っているんだとか。


 さらに驚いたことには、ジン様の有する魔力は光属性だけではなかった。


 メイン属性はもちろん『光』だけれど、そのほかにいくつかの無属性の魔力や水属性の上位互換ともいえる氷属性などをサブ属性として有しているらしい。なんか、思った以上にすご過ぎない?


 そんなチートなジン様が、私たちを案内したのは――。


 ヨレヨレのローブにもっさりぼさぼさの髪を振り乱し、野暮ったい瓶底眼鏡をかけた、見るからに挙動不審な御仁の研究室だった。


「彼はジエミン。特級魔導師の一人だよ」


 ジエミンと紹介されたその人は、「ど、どうも」と言いながらあからさまに目を泳がせた。どういうわけかおどおどとビクつきながら、私たちをチラ見している。挙動不審が過ぎる。


「実はね、ルイホンとベイフォンを診たのは、ほかならぬ彼なんだ」


 ジン様がそう言うと、ジエミン様は「そ、そうです」と早口で答える。ただし、聞こえるか聞こえないかくらいの、か細い声である。


「二人を診たジエミンが興味深いことを教えてくれたから、ぜひ君たちの意見を聞きたいと思ってね。来てもらったんだよ」

「興味深いこと?」


 ルカが間髪を入れずに尋ねると、ジエミン様はこちらをほとんど見ることなく、またしてもものすごい早口で答える。


「ルイホン殿もベイフォン殿も、意識は朦朧としていて問いかけには応じず、時折発作のように激しく苦しみ出すという不可解な状態でして、治癒魔法も回復魔法も浄化魔法も一切効かなかったため人体にプラスの効果を与えるとされるありとあらゆる光魔法を駆使したのですが、残念なことに何の変化も見られなかったので万策尽きた私は苦し紛れにベイフォン殿の脈を計ろうと腕を取ったところ、肩の辺りから肘の少し下のほうまで蒼黒いアザが広がっていることに気づいたのです」


 超絶長台詞&超絶早口過ぎて、所々何を言っているのか聞き取れなかったのはちょっと仕方がないとして、最後の言葉に私もルカも唖然とした。



 だって、蒼黒いアザって、もしかして……!?



「ルイホン殿を診たときにはまったく気づきませんでしたので、もう一度許可を取ってルイホン殿のいるティン家を訪ね、改めて体中のあちこちをそれとなく、しかしまんべんなく調べてみたところ、やはりベイフォン殿と同じような蒼黒いアザが右足の太ももから膝下にかけて広がっておりました」

「つまりは、二人とも体の一部分に蒼黒いアザができているらしいんだ。なんだか、聞き覚えのある話だとは思わない?」


 聞き覚えなら、あり過ぎる。


 聞き覚えというか、見覚えというか。


 とにかく、心当たりがあり過ぎる……!


「そのアザは、もしかして呪術による呪いのせいなのでは……?」


 思わず口をついて出た言葉に、ルカもすかさず賛同する。


「確かに、あのとき呪い返しを受けたヴェロニカ嬢の体には、禍々しい蒼黒いアザが広がっていたよな」

「これは直接お二人を診た私の所感なのですが、魔法とは違う、何か別の力が働いているという印象を受けましたのでそれを正直にティン家でもヤン家でも説明したにもかかわらず、両家とも私の話になど耳を貸さずにとにかくリンシャオ殿下の闇魔法のせいだと声高に主張する一方でして……」


 やっぱり早口のジエミン様が、困惑したような表情を見せる。


「ということはさ、謎の奇病を発症させたのは闇魔法ではなく、得体の知れない呪術による呪いの可能性が高い、ということだよね?」


 限りなく不利な状況を覆す究極の一手を前に、ジン様は嬉々とした様子で話し出す。


「ひょっとすると、今回の一連の騒動は、ハンチェン派の誰かがリンシャオに罪をなすりつけようとして起こしたものなんじゃないかな。ハンチェン派の、特にハンチェン自身に近しい令息が次々と倒れれば、しかもどうがんばっても光魔法が効かないとなれば、王位継承をめぐってリンシャオが対立する派閥に打撃を与えるために闇魔法を使ったのだ、と糾弾できるからね。うまくいけば、リンシャオの王位継承権を奪えるかもしれないし」

「でも、だとしたら、誰かが呪術を使ってるってことになるよな?」


 ルカの指摘は、もっともだった。


 呪術による呪いには、必ず術者がいる。


 リンシャオ殿下を陥れるために、あの危険な呪術に手を染めた人間が、この国のどこかにいるということになる。


「……まあ、そうだね」

「仮に、あの怪しい邪教や呪術の存在を明かして、謎の奇病は呪術によるものだと説明したところで、ハンチェン派のやつらはすんなり納得しないんじゃない? リンシャオ殿下の無実を証明するには、誰が呪術を使っているのかきっちりと特定する必要があると思うんだけど」

「私もそう思います。グリムヘーレ教団や呪術のことを知る者は少ないですし一般的ではありませんから確たる証拠がないと一蹴されて終わりではないかと」


 あとで知ったことだけれど、ジン様にあの邪教と呪術の存在について最初に教えてくれたのは、ジエミン様だったらしい。


 ジエミン様は、こう見えても古代魔法に精通しているらしく、その研究の流れであの邪教、つまりグリムヘーレ教と呪術について知ったのだという。ジン様が闇魔法について調べていることも当然知っていた彼は、何かしら役に立つのではないかと思い、情報を提供したらしい。


 ジン様が「呪いや呪術の研究については僕よりも詳しい魔導師がいる」と言っていたのは、このジエミン様のことだったのだ。


「確かに、術者の特定が必要だということは僕だってよくわかっているつもりだよ。だからさ、どうすればそれができるのかについて、みんなの知恵を借りたいと思ったんだ」


 ジン様の言葉に、ルカもジエミン様もはたと考え込んでしまう。


 でも私の頭の中には、意外にも簡単に答えらしきものが浮かんでしまった。


「あの……」


 恐るおそる手を挙げると、みんなの視線が一斉に飛んでくる。


 その圧に怯みそうになりながらも、私はゆっくりと口を開いた。


「倒れた令息たちが受けている呪いを、術者に返せばいいのでは……?」











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