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執着強めな婚約者の愛は、過激で過保護で当然重い  作者: 桜 祈理
第二章 東方の島国シャンレイ編

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7 珍しくゴーサイン

 それから数日、私とルカはなんとも手持ち無沙汰な日々を過ごしていた。


 魔塔の魔導師であるジン様は、当然今回の件に関する調査に駆り出されている。息つく暇もないほど忙しいらしく、あれからまったく顔を見ていない。


「リンシャオ殿下の仕業なわけないのに、この国のやつらはほんとにわかってないよな」


 ソファの隣で嘆くルカは、思った以上にリンシャオ殿下のことが心配らしい。


「こっそり会いに行っちゃだめかな?」

「だめでしょ。ジン様に控えてほしいって言われてるんだから」

「でも隠れて忍び込んだら、バレないんじゃない?」

「王子の私室に忍び込んだ時点で、大問題になると思うんだけど?」

「だよなー」


 大袈裟にため息をついてから、ルカはごろんと横になった。


 そして当たり前のように、私の膝の上に頭を載せる。


「だいたいさ、リンシャオ殿下がやったって決まったわけでもないのに、会いに行くのは控えてほしい、なんておかしくないか?」


 下から私の顔をじっと見上げて、ルカは不服そうに言い連ねる。


「まだ何もわかってないのにさ、まるでリンシャオ殿下の仕業だって決めつけてるみたいじゃないか。ちょっと会って励ますくらい、別にいいだろ?」

「そうよね」

「光魔法が効かなかったからって、闇魔法のせいとは限らないわけだし。光魔法だって、なんでもかんでも治せる万能魔法じゃないんだろう?」

「多分ね」

「この国の人間は、闇魔法に対してビビりすぎなんだよ。ジンだって『闇魔法は忌避すべき邪悪な力じゃないことを証明したい』とか言ってるくせに、結局は怖がってるようにしか見えないし」


 確かに、ルカの言う通りだと思う。


 ティン家のルイホン様が倒れたことを知らせに来たジン様の表情には、どこか怯えに似た色が見え隠れしていた。


 リンシャオ殿下の闇魔法のせいではないと言いながらも、それを否定できない気持ちがやっぱりどこかにあるのだろう。


 それほどまでに、この国の人々は闇属性への忌避感情と畏怖の念を拗らせている。その先入観や思い込みは、この国の人々の心をがんじがらめに縛りつけている。


「……リンシャオ殿下、どうしてるかな……」


 ぽつりとつぶやくと、ルカの手がゆっくりと伸びてきた。


 それから私の頬に優しく触れて、すりすりと撫でる。


「俺とキアラだけだね。殿下がやったんじゃないって、心から信じているのは」

「そうね」

「殿下はきっと、一人ぼっちで軟禁されて、でもそれを甘んじて受け入れているんだろうな」

「……そうよね」

「俺たちにできること、何かないかな」


 私の頬に触れたまま、ルカは真剣な表情になる。


 他国の人間である私たちが、おいそれと口出しできるような話ではない。


 できることなど、限られている。そんなことはわかっている。


 それでも、私だって、本当は居ても立っても居られないのだ。


「……こっそり会いに行くのが問題になるなら、正攻法でいくしかないでしょ」


 そう言ってルカの顔を見下ろすと、ルカは言葉の意味を計りかねてか不思議そうに瞬きをした。


「どういうこと?」

「会いに行かせろって、直談判するのよ」


 にやりとほくそ笑む私に、ルカは「なるほど!」と言いながらパッと起き上がる。


「さすがは俺のキアラだね。いいこと言う」


 誇らしげに微笑んでから私の唇にちゅ、とキスすると、ルカはさっと立ち上がった。


「じゃあ、ジンの部屋に行ってみるか」






◇・◇・◇


 




 ところが、である。


 廊下を急ぐ私たちの前に突然現れたのは、だいぶ面倒くさい面々だった。


「これはこれは」


 この前と同様、胡散くさいことこの上ない表情で登場したのは、あの悪名高きハンチェン様である。 


「もしや、ユンジン殿下に会いに行かれるおつもりですか?」


 気安く近づいてくるハンチェン様に対し、ルカは私を背中に隠すように黙って一歩前に出た。すでに臨戦態勢、完全なる戦闘モードである。


「ええ、まあ」


 敵意を抑えたルカの平坦な声など意に介さず、ハンチェン様はやけに余裕ぶった笑顔を見せる。


「執務室にはいらっしゃいませんよ。つい先程まで、陛下や王妃殿下も含めて私たちがお会いしていましたからね」


 そう言って、ハンチェン様は自分の斜め後ろに目を遣った。


 そこに立っていたのは、私たちを値踏みするような不躾な視線を向けるご婦人である。開いた扇子で顔の下半分は隠れているけれど、嘲るような高慢な気配はちっとも隠せていない。


「母上。こちらはユンジン殿下のご友人でもある、アルトラン王国のグラキエス小公爵夫妻ですよ」


 その言葉を聞くまでもなく、目の前のご婦人がジャオ家に降嫁した元王族で、ハンチェン様の母親、つまりジン様の叔母上様だということは容易に察しがついた。


 ハンチェン様と同じ赤銅色の髪をきっちりとまとめたシニヨンヘアのご婦人は、「はじめまして」とか「お噂はかねがね」とか取ってつけたように恭しく挨拶をしてから、わざとらしく肩を落とす。


「ユンジン殿下にしろ陛下にしろ、困ったものですわ。いい加減、現実を見ていただきたいのだけれど」

「……どういうことでしょうか?」

「あなた方も、私の友人ルイホンが病に臥していることはご存じですよね?」


 母親の嘆息を受けて、ハンチェン様が訳知り顔をしながら言葉を続ける。


「ルイホンの様子が心配で、私と母は直接見舞いに行ったのですよ。彼の苦しみ方はとにかく尋常ではなく、かなり切羽詰まった状態でした。そのうえ光魔法がまったく効かないなんて、闇魔法による攻撃以外には考えられません。それなのに、陛下もユンジン殿下も闇魔法の影響かどうかはまだわからない、とおっしゃるのです」

「我が子を守りたい陛下のお気持ちも、わからなくはないのですよ? 現状、闇属性の魔力を有しているのはリンシャオ殿下しかいないのですからね。しかしあんなことができるのは、恐らく闇魔法のみではないかと……」


 妙に芝居がかった二人のやり取りは、見ている私たちの神経を逆撫でした。


 私たちがリンシャオ殿下擁護派の急先鋒だってこと、知らないのだろうか?


 いや知っていて、堂々と喧嘩を売っているのか? ちょっと。いい度胸じゃないのよ。


 ルカなんか、さっきからずっと、すさまじい殺気が噴き出していて止まらない。


「ですからね」


 だというのに、ハンチェン様もご婦人も、まったく気にする様子がない。至って涼しい顔で、好き勝手に言い募る。


「闇属性の魔力によって人々に災いがもたらされ、この国が恐怖と混沌に突き落とされる前に、なんとか手を打たなければと陛下やユンジン殿下に進言したのですよ」

「ルイホン様の状態が国中に知られることになれば、リンシャオ殿下はますます恐怖の対象として畏れられ、王位に就くことは難しくなりますからね。それならばいっそのこと、次の王としてハンチェンを指名してしまったらどうかしらと」

「闇属性の暴走などという恐ろしいニュースは、後継者の指名という明るいニュースでかき消してしまえばいいのですよ。そうは思いませんか?」

「明るいニュース? どこが?」


 ルカは小さく、鼻で笑った。


 もはや怒りも敵意も何もかも、隠す気などないらしい。


 そして完全無欠の笑みはそのままに、凍てつく殺気がほとばしる。


「今回の一件ですが、リンシャオ殿下の魔力のせいではありませんよ。俺たちは他国の人間で魔力も魔法もよくはわかりませんが、それだけははっきりと断言できますね」

「は? 何を言って――」

「闇属性は人々に災いをもたらさないし、邪悪な力でもないってことです。なんなら、俺が体を張って証明してもいいですよ?」


 自信しかないといった表情で、ルカが可笑しそうに笑う。


 目の前のこの人たちは、実は私がこの国の王族の血を受け継いでいることも、私の中に闇属性の魔力が宿っていることも、何も知らない。


 でも幼い頃から私と長い時間を過ごしてきたルカは、闇属性の魔力が人を不幸にすることなどないと知っている。身をもって経験している。


 だからこそ強く言い切れるその圧倒的な言葉に、二人もすぐには言い返すことができないらしい。


「まあ、そのうちはっきりするとは思いますけどね」


 それだけ言い残して、ルカは私の背中を押しながら「行こうか」と優しく微笑んだ。






 廊下を戻って曲がり角を過ぎるとすぐに、ルカが私の耳元に顔を近づける。


「やっぱり、あいつらだけはさっさと始末しちゃったほうがいいと思うんだけど?」

「……そうね。やっちゃおうか」

「え、キアラがゴーサイン出すの、珍しくない?」

「そう? 私だって、やるときはやるわよ?」

「もう、アグレッシブなキアラも可愛すぎるんだけど。ほんと俺の奥さん最高」









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