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執着強めな婚約者の愛は、過激で過保護で当然重い  作者: 桜 祈理
第二章 東方の島国シャンレイ編

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6 暴走する悪意

「やっぱりあいつ、ギッタギタに斬り刻んだほうがよくない?」


 あれ以降、ルカは事あるごとに殺気を帯びた目をしてぶつくさ言っている。


「リンシャオ殿下を悪く言い始めた時点で、すぐにあの薄汚い口を塞いでやればよかったよ」

「そんなことをしたら、即国際問題に発展しちゃうでしょう?」

「でもあいつ、俺に断りもなくキアラに触れて、キスまでしてたじゃないか。思い出すだけで体中の血が沸騰しそうなんだけど」

「だとしても、斬り刻むのはだめです」

「じゃあ、あの下劣極まりない目をえぐるってのは?」

「それもだめに決まってるでしょ」

「えー?」


 廊下での一件をジン様にも報告すると、困ったように肩をすくめてこう言った。


「ハンチェンって子どもの頃から手がつけられないくらい性悪だったんだけど、女性に対しても呆れるくらいふしだらで節操がなくて、ほんと理解に苦しむよ……」

「あいつ、そんなにもてるのか?」

「まあ、女性関係はだいぶ派手だよね。一応王族の血を引いているし光属性の魔力持ちだし、『英雄色を好む』とか言って、手当たり次第に遊び歩いているというか……」

「誰が英雄だよ。ただ女癖が悪いだけだろ」

「あいつに泣かされた令嬢は少なくないと思うんだけど、そのたびにジャオ家の力でもみ消してるって噂もあってね。ひどい話だけど」

「……腐ってんな」


 ルカの怒りは、一向に収まる気配がない。


「ジャオ家っていうのは、君たちの国でいえば筆頭公爵家みたいなもので、確かに力はあるんだよ。おまけに、ジャオ家に嫁いだ叔母上という人は、権力欲の権化みたいな人でね。本当は、自分が王になりたかったんじゃないかな」

「だからって、息子の横暴を放っておいていいはずがないだろう?」

「まあ、そうなんだけどさ。ジャオ家としては、ハンチェンが王位を継ぐと半ば確信しているからね。『次代の王だ』と言われれば、誰も何も言えないんだよ」


 本当に、ひどい話である。


 あんなのが王になったらと思うと、この国の行く末が案じられてしまう。


「だからさ、キアラもちょっと気をつけたほうがいいよ」


 ジン様は気遣わしげな目をして、眉根を寄せた。


「え、何がですか?」

「まさか他国の貴族の、しかも人妻に手を出すなんてこと、さすがのハンチェンもしないとは思うけどさ。でもあいつもジャオ家も最近思い上がって増長しているから、何をしでかすかわからない。気をつけるに越したことはないよ」


 そんな話を聞いてしまったものだから、ルカの執着と独占欲はどんどん間違った方向に暴走している。しまくっている。


 四六時中私から離れないのはもちろんのこと、スキンシップの類いも増えたし、何より「好きだよ」とか「好きで好きでどうしようもない」とか「キアラ以外何もいらない」とか「キアラも俺だけを見て?」とか、そういう行き過ぎた甘々なセリフもますます、これまで以上に、恥ずかしいくらい増えている。



 ……本当に、こっちの身が持たないから勘弁してほしい……!!



 常に毒々しい殺気を纏い、廊下ですれ違う王城の役人たちを必要以上に牽制し続けるルカに閉口しつつも、どうにかこうにか宥めながらリンシャオ殿下の私室に足繁く通っていた、ある日のことだった。






 その日はいよいよ、リンシャオ殿下が興味を示していた剣術を教える約束になっていた。


 初の稽古ということでルカも殊の外張り切っていて、朝からバタバタと準備に追われていたのだけれど。


「二人とも、ちょっといいかな」


 私たちが滞在する貴賓室に現れたジン様は、明らかにいつもと様子が違っていた。


「今日は、リンシャオのところに行かないでほしいんだ」

「え、なんで?」

「……実は、かなり困ったことが起こってさ」


 ジン様は、蒼ざめた顔を隠そうともしない。


「有力貴族の一つ、ティン家の令息ルイホンが謎の病で倒れたらしいんだけど、それが闇属性の魔力による呪いなのではという噂が広まっていて――」

「は?」


 絶対零度の怒気を放ったルカが、刺すような視線をジン様に向ける。


「闇属性の魔力と呪いとは、『似て非なるもの』って言ってただろう?」

「もちろん僕はそう思ってるよ。でも世間はそう思っていない。闇属性は人を呪う忌まわしい力だと思われているから……」

「いったい、何があったのですか?」


 逸る気持ちを抑えて冷静に尋ねると、ジン様は順を追って説明し始める。


「数日前、ルイホンが自邸で突然苦しみ始めて、そのまま倒れたそうなんだ。それ以来意識は朦朧としつつも、時折痛みが襲うのかひどく苦しそうにしているという話でね。毒か何かを口にしたのでは、と大騒ぎになって、光魔法が使える魔塔の魔導師が呼ばれたんだよ」

「なんで光魔法なんだ?」


 ルカのもっともな問いに、ジン様はハッと何かに気づいたような顔をする。


「ああ、そうか。闇属性の説明はしたけど、光属性の話はしてなかったよね」


 そう言って、ジン様は光属性が『善』や『正義』、『希望』といったものを司り、いわゆる治癒魔法や回復魔法、毒や麻痺などの状態異常を治す浄化魔法などを使うことができる、と教えてくれる。


「魔塔の魔導師が使う魔法は効果が絶大だし、相手の状態を見ながら臨機応変に対応できるからね。僕が行ってもよかったんだけど、ティン家って、実はハンチェンを担ぎ上げようとしている派閥に属していてさ。反ハンチェン派の僕が行くのはいろいろ差し障りがあるかと思って、別の魔導師に行ってもらったんだよ」

「じゃあ、すぐによくなったんじゃ……」

「それが、光魔法が全然効かなかったらしいんだ」


 心なしか、ジン様の声は硬く強張っている。


「大抵の毒なら、光属性の浄化魔法で治すことができる。毒に限らず、ほとんどの怪我や状態異常は、光魔法で治療することができるんだ。だからルイホンの症状が何に由来するものであっても、まったく効かないなんてこと、普通はありえない。それなのに、どんな光魔法を使ってもなんの効果もなかったらしくて」

「じゃあ、何なんだ? 謎の奇病とかそういうこと?」

「……いや、一つだけ、光魔法がほとんど効かないと言われているものがある」

「なんだよ?」

「闇属性の魔法だよ」


 ジン様は、疎ましげに眉を歪める。


「それって……」

「そう。光属性の治癒魔法が一切効かないということは、ルイホンの謎の病は闇属性の魔力に由来する。そう結論づけたハンチェン派のやつらが、これはきっとリンシャオの仕業に違いない、と騒ぎ始めたんだ。自分の立太子を邪魔するティン家の人間を、闇属性による呪いで害そうとしているのだと」

「いやいや、そもそもリンシャオ殿下には、魔法を封じる魔導具を身につけさせてるんだろう? 魔法の使えない殿下に、そんなあくどい真似ができるわけないよ」

「そうですよ。元より殿下には、王位を継ごうとか邪魔者を消そうとか、そんな野心はないと思いますし」


 私たちの必死の反論に、ジン様はどこかうれしそうな、それでいてどうにもやるせないといった、複雑な表情になる。


「それは僕だってわかってるよ。でもハンチェン派のやつらにしてみれば、闇属性は得体の知れない邪悪な力だ。その強大な力で魔導具の効果を打ち破り、悪意ある魔法を発動したんじゃないかと、そういう噂になっているんだよ」

「そんな……」


 あまりにも理不尽で一方的な噂に、私もルカも言葉がない。


 リンシャオ殿下と直接向き合ってみれば、王位だの後継だのといった野心とはまったく無縁の、控えで素直な子だということがすぐわかるのに。


 その思慮深さゆえに、他人を気遣ってばかりいる優しすぎる子どもだということが、すぐにわかるのに。


「とにかく、この件に関しては魔塔で本格的に調査することになったからさ。詳細がわかるまでは、リンシャオに会うのを控えてほしいんだ」


 その言葉の重さを知る王弟殿下の低い声には、途方もない憂いが沈んでいた。













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