5 どの国にもいるお邪魔虫たち
それから、リンシャオ殿下とルカはソファに座りながら、自己紹介も兼ねてあれこれと話し始めた。
闇属性のことなどまったく気にする様子もなく、気安く接するルカに対して、リンシャオ殿下もはじめはだいぶ戸惑っていたらしい。でもルカにつられるように、だんだん可愛らしい笑顔を見せるようになる。
ルカはルカで、自分が自国の王太子の側近を務めていることや、もう一人の側近とは幼い頃から剣術の鍛錬を続けている仲だという話を面白おかしく話して聞かせる。
なんとリンシャオ殿下はその話にいたく興味を示し、自分も剣術の稽古をしてみたい、なんて突拍子もないことを言い出した。
その様子を、号泣しそうになりながらも黙って見守っていたのは、言うまでもなくジン様である。
「リンシャオがあんなに楽しそうに笑ってるなんて……」
感極まったように、ぐすぐすと鼻をすするジン様。
「まさかルカに懐くとは思わなかったけど……」
「そうですね。それは、私も予想外でした」
「でも、君たちに会ってもらって本当によかった。あの子が自身の魔力のせいで、縮こまって生きていくことだけはどうしても避けたかったから……」
そう言って、ジン様は少し真面目な顔つきになる。
「リンシャオのためにも、僕は闇属性の全容を解明し、闇属性が決して忌避すべき邪悪な力ではないということを証明したいと思っている。だからキアラ、なんとか協力してくれないかな」
この状況でここまで言われて、断れる人が果たしているだろうか?
いたら連れてきてほしい、と思う。
「……ただ魔力を持っているだけで、魔法も使えない私が役に立つのでしょうか?」
「魔法の基本は、どの属性の魔力を持っているかだからね。魔力そのものを追求したい僕にとっては、むしろ好都合だよ」
ジン様曰く、闇属性の実態がわからない以上、リンシャオ殿下には魔法を封じる魔導具を身につけさせているらしい。
シャンレイに生まれた子どもたちは、物心ついた頃から親に習って魔法を使う練習をし始めるのが慣例だという。それを考えると、リンシャオ殿下に対するその措置は異例中の異例ともいえる。
しかも、リンシャオ殿下は幼い頃に魔力暴走を起こしている。そんな殿下を直接の研究対象とすることはリスクが大きすぎると判断され、闇属性研究は遅々として進んでいないらしかった。
「キアラが協力してくれるなら、心強い。君が知りたいと思っていることもあるだろうし、近いうち『魔塔』に案内するよ」
その言葉で、私はこの国に来た最大の理由を思い出す。
「それってもしかして、以前ジン様が話していた『魔法を研究する専門機関』のことですか?」
「そうそう。『魔塔』は複数の魔導師が集まって、魔法や魔力、それから魔導具について専門的な研究や開発を進める特殊機関なんだ。呪いや呪術の研究については僕よりも詳しい魔導師がいるから、今度紹介するよ」
屈託なく笑ってから、「僕も交ぜてもらおうかな」と談笑するルカたちのほうへと歩いていくジン様。
その背中を見送りながら、私は謎の特殊機関『魔塔』とヴェロニカ様の体に広がるアザのことを、考えずにはいられなかった。
◇・◇・◇
翌日。
私とルカは一旦ジン様の執務室に顔を出してから、王城の最奥にあるリンシャオ殿下の私室へと向かっていた。
昨日の帰り際、「明日も来る?」とすがるような目で殿下に聞かれてしまったのだ。もちろん、断るという選択肢はなかった。
王城の廊下を歩いていると、王族の居住する区画とは反対側のほうから、何やら騒々しい集団が近づいてくる。
「おお! もしやあなた方は……!」
そのうちの一人、赤銅色の髪をした見るからに軽薄そうな笑顔の男性が、私たちに気づくとわざとらしく大声を上げた。
「遠き異国の地よりはるばる参られた、ユンジン殿下のご友人方とお見受けしますが……?」
言葉こそ多少へりくだってはいるものの、その目にはどこか小馬鹿にしたような色が滲み出ている。
挑発的な匂いさえ感じさせる態度にも動じず、ルカは簡単に自己紹介をしてから「あなたは?」とにこやかに聞き返した。
男性は、いやらしく口角を上げる。
「私は、ジャオ家のハンチェンと申します」
恭しく頭を下げる彼の名前には、確かに聞き覚えがあった。
先王陛下の妹姫が嫁いだ有力貴族ジャオ家の末の息子で、光属性の魔力を持ち、一部の貴族が次代の王ともてはやす、恐らくジン様が毛嫌いしている従弟――。
「ああ、あなたが」
ルカは一切動じる様子を見せず、にこやかな笑みを崩さない。
「ユンジン殿下からも、あなたのお名前はお聞きしていますよ」
普段は絶対に呼ばないけれど、ここぞとばかりにちゃっかり「殿下」呼びするルカに対して、ジャオ家のハンチェン様は何やら含み笑いをする。
「それは光栄ですね。では、第一王子リンシャオ殿下のお話も……?」
「ええ、まあ」
「人々に災いをもたらす忌まわしい闇属性の魔力持ちなど、恐ろしいとしか言いようがありません。このまま王城の最奥に引きこもり、王位に就きたいなどという邪な野望は捨て去っていただきたいのですが」
その一言で、私とルカは察してしまった。
ジン様がなぜ、この従弟を毛嫌いしているのかを。
この人、とんでもなく嫌味で性悪で横柄じゃない……!?
こんなのを担ぎ上げようとするなんて、シャンレイの貴族たちこそ大丈夫?
「そもそもこの国は、光魔法を操ることのできるロンの一族が興した国。ですから代々の王族は、当然光魔法を操ることができるのです。しかし、リンシャオ殿下は光属性の魔力をお持ちではない。それはつまり、殿下には王位を継ぐ資格がないということを意味するのですよ」
勝ち誇ったように演説するハンチェン様の後ろに控える数人の若者たちも、同意しているらしく首を大きく縦に振っている。
「光属性こそが、王たるに相応しい魔力。魔力の研究に一生を捧げたいなどという変わり者のユンジン殿下が立太子を拒んでいる以上、正当なる王の後継者はこの私しかいないと思いませんか?」
「……あなたが王族の血を引くうえ、光属性の魔力をお持ちだからですか?」
「ええ。その通りです」
ずるそうに笑いながらも、ハンチェン様は口を開きかけたルカの反論を許さない。
「あなたは我が国との交易を許された、アルトラン王国グラキエス公爵家の後継なのでしょう? 今後も我が国との円満な関係を保ちたいなら、誰の機嫌を窺って立ち回るべきなのか、よくよく考えたほうがいい」
そう言って、ハンチェン様は前触れもなく、下卑た視線を私に向ける。
「お美しいご夫人も、そう思いますよね?」
その言葉とともに伸びてきたハンチェン様の手が私の左手を取ったかと思うと、なぜかいきなり手の甲に唇を寄せた。
「えっ?」
咄嗟のことに慌てて手を引っ込めたのと、隣に立つルカからとてつもない殺気が噴き出したのは、ほぼ同時だった。
「お前……!」
「おっと、これは失礼。奥方様があまりにもお美しくて、つい」
などと言いながらも、ハンチェン様はしれっとした顔をしている。一ミリも反省していないのは、一目瞭然である。
「異国の女性というのは、かくもお美しく魅力的なのですね。いや、もっと早く出会えていたらと残念でなりません」
「はあ!?」
「では夫人、またお目にかかりましょう」
ほとばしるルカの殺気を見事にかわし、いやらしい流し目で私を見つめながら、平然とした様子でその場をあとにするハンチェン様。と、その他一同。
ちょっと、これは。
虫唾が走るほど、気色悪いんですけど……!!




