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執着強めな婚約者の愛は、過激で過保護で当然重い  作者: 桜 祈理
第二章 東方の島国シャンレイ編

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4 不遇の第一王子

 なぜか自信満々で会心の笑みを見せるユンジン様に、すかさずルカが噛みついた。


「ジン、お前、最初から自分の研究に協力させる目的で、キアラをシャンレイに呼んだんだな?」

「そ、そうじゃないよ。リンシャオに会ってほしいっていうのが一番で、僕の研究にはついでに協力してくれたらなって……」

「よく言うよ。肝心なことは何一つ話さなかったくせに」

「だって、自国のお家騒動の話なんて、おいそれとは口にできないだろう? 魔力属性のことも絡んでるし、何よりアルトランにいる時点では、キアラ嬢が王族の血を引いているっていう確証がなかったから……」

「そうなのですか?」


 つい反射的に聞き返すと、ユンジン様はぼそぼそと答える。


「君の魔力が闇属性だっていうのは触れたときにすぐわかったんだけど、ウェイシア様のことは帰ってきてから調べて知ったんだ。彼女のことは最初からいなかったことにされてしまったのか、残っている記録も少なくて……」

「……そうだったのですね……」


 持っている魔力が闇属性だというだけで冷遇され、蔑まれないがしろにされ続けた曾祖母の痛みを想う。


 それはきっと、幼いリンシャオ殿下とて同じだろう。闇属性を忌み嫌うこの国の冷たい視線に、どれほど傷つけられてきたことか。


 その情景は、父や義母や、かつてのミリアムに問答無用で冷遇されてきた幼い自分を彷彿とさせた。


「だいたいさ」


 依然として怒りの収まらないらしいルカが、なぜか私の肩を抱きながら鋭い口調で抗議する。


「キアラはとっくに俺と結婚してるんだから、もうキアラ『嬢』じゃないんだよ」

「は?」



 え、そこ?



 想定の斜め上をいくルカの指摘に、ユンジン様も開いた口が塞がらないらしい。


 でも当のルカは、さも当然といった顔をしている。むしろ、なぜ気づかないんだとでも言いたげである。


「なんだよ。大事なことだろ?」

「ま、まあ、そうだけど……。じゃあ、どう呼べばいいんだ? キアラ様とか?」

「そんな、シャンレイの王弟殿下に『キアラ様』と呼ばれるなんて、恐れ多いです。キアラでいいですよ」

「だめだよ。キアラを呼び捨てにしていいのは、俺だけなんだから」


 いやいや、ルナリア様も公爵様も、なんならクリオだって呼び捨てですけど? あ、お父様もか。


 結局、すったもんだした挙句、私とユンジン様は「キアラ」「ジン様」と呼び合うことになった。


 ルカはそこはかとなく不服そうではあったけれど。


 そうして、ジン様の闇属性研究に協力するかどうかはひとまず置いておくことにして、私たちは不遇の王子リンシャオ殿下に会いに行くことになったのだ。







◇・◇・◇






 王城の最奥、王族が居住する一角にある自室で、リンシャオ第一王子は静かに本を読んでいた。


 私たちの素性もユンジン様が引き合わせようとしていることもすでにある程度の説明がなされているらしく、リンシャオ王子は少し緊張した面持ちで恭しく立ち上がる。


「ようこそおいでくださいました」


 硬い声色には、不安と警戒、そして諦めの感情が見え隠れする。ジン様に似た神秘的な銀髪に、暗い影を落とす冥色の瞳。八歳の子どもにしては、ずいぶんと大人びた印象である。


 ふと、ここへ来る途中でジン様が話してくれたことを思い出した。


『リンシャオは、闇属性を理由に心ない大人たちからずいぶんと容赦ない言葉をぶつけられてきたらしくてね。自分は災いをもたらす呪われた存在だと、どこかで諦めているんだよ。だから必要以上に他人と交わろうとしないし、一人ぼっちで過ごしていることが多いんだ』


 このくらいの年代なら、無邪気な笑顔で自由奔放に振る舞い、大人たちを困らせたり煩わせたりするほうが自然なはずである。


 でも、リンシャオ殿下はいつも王城の最奥で、ひっそりと息を殺すように暮らしている。身内やごくごく限られた使用人以外の誰とも親しくしようとはせず、常に人との間に距離を置き、闇の魔力が致命的な影響を与えないよう細心の注意を払っているという。

 

 そんな不遇の第一王子に、叔父であるジン様はどこまでも優しい。


「リンシャオ、前に話しただろう? こちらの女性が、君と同じ闇属性の魔力を持つアルトラン王国のキアラ・グラキエス小公爵夫人だよ」


 予め聞かされていたとはいえやはり信じられないのか、王子はどこか疑わしい目を私に向ける。


 その冷ややかな反応とは対照的に、ジン様の言葉を聞いてなぜかはしゃぎ出したのはルカだった。


「うわ、なんかそれやばい」

「は? 何が?」

「『キアラ・グラキエス()()()()()』なんて、改めて言われると超やばくない? キアラが『グラキエス』を名乗るようになっただけでも破壊力が半端ないのに、『小公爵夫人』ってことはつまり、俺の夫人、俺の妻、俺だけのキアラってことだろう? もう控えめに言って最高」

「……ちょっと、ルカ」


 場違いに上がりまくったテンションを諫めると、ルカは悪びれもせず「だって、うれしくてさー」とどこまでも能天気である。


 その様子を見て、リンシャオ殿下は訝しげにつぶやいた。


「どうしてそんなに浮かれていられるの……? 一緒にいたら、不幸になるのに……」


 まるで責めるような口調のリンシャオ殿下に、ルカはすかさず答える。


「そんなことないですよ。俺はキアラと出会った瞬間から、ず~っと幸せなので」


 おちゃらけたセリフのわりには真剣な空気を漂わせながら、ルカはつかつかとリンシャオ殿下に近づいた。


 そして、すっと目線を合わせる。


「俺とキアラは五歳で出会って、七歳で婚約しました。それから十二年、俺はキアラが好きすぎて常に離れがたく、とにかく四六時中そばにいましたけど、不幸どころか毎日最高に幸せでしたよ。先日ようやく結婚できてからは、朝から晩まで一緒にいられるしいちゃいちゃしても『新婚だから』と言えばみんな大目に見てくれるし、キアラは言うまでもなく日々『可愛い』を更新し続けてるし、もう最高を通り越して至福の毎日ですね」


 とろけるような笑みで盛大にのろけまくるルカに、唖然とする一同。


 ルカの溺愛ぶりを知っているジン様はもちろん、年端もいかないリンシャオ王子でさえ、なんというかちょっと返答に困っている。面目ない。そして、申し訳ない。


 そんな周囲の反応を面白がるように、ルカは不敵に笑う。


「だからね、殿下。『闇属性は忌まわしい邪悪な力』なんてのは、はっきり言って嘘だと思いますよ?」

「……え?」

「だいたい、キアラに魔力があると知ったのだって、ごく最近のことなんです。でも俺もキアラのまわりの人たちも、そんなことには一切気づかなかったしなんの影響も受けていない。闇属性が人々を恐怖と混乱に陥れ、災いをもたらす忌避すべき魔力なのだとしたら、真っ先に不幸になるのはまず間違いなく俺ですよ。誰よりも一番近くで、長年一緒に過ごしたてきたんですからね。でもキアラと結婚できた今、俺はどうしようもないくらい誰よりも幸せなんですよ」


 そう言って、ルカは私にこぼれるような笑顔を見せる。


「……そ、そんなの、信じられないよ……」


 リンシャオ殿下は困惑したようにつぶやいて、ゆっくりと視線を落とす。


「闇属性は、呪われた力だもの。人々に災いをもたらすってみんな言ってるし、あなただって今は幸せでもこれから不幸になるかもしれないし――」

「なりませんよ」


 食いぎみに即答するルカの言葉で、殿下はパッと顔を上げた。


 ルカは余裕の表情を見せながら、当たり前のように答える。


「キアラと一緒にいられる限り、俺が不幸になるなんてことはあり得ません。むしろ、キアラを失うほうが俺にとっては余程不幸なんです」

「で、でも……」

「あ、じゃあ、こういうのはどうです? 闇属性が呪われた力ではないと証明するために、俺と殿下が友だちになるっていうのは」


 それは他国の第一王子に対してかなり不敬な物言いではあったけれど、リンシャオ殿下はその意外な申し出に目を見開いた。


「……友だち……?」

「嫌ですか?」

「い、嫌じゃないけど、でも……」

「心配しなくても大丈夫ですよ。俺は闇属性も闇魔法も怖くはありませんし、殿下のせいで不幸になるなんてこともありません。だから手始めに、俺と友だちになりましょうよ、殿下」


 楽しげに微笑むルカを前に、リンシャオ殿下の瞳は微かな期待を宿して震えていた。


 









  

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