3 この世界でたった二人の
次々に明かされる重大な機密情報を前にして、私もルカもどうしたって動揺を禁じ得ない。
でもユンジン様は、至って涼しい顔で話を続ける。
「リンシャオは現王であり僕の兄でもあるリンフォンとスイラン王妃との間の子でね。ちょうど八歳になったばかりの聡明な子で、僕にとってはとても可愛い甥なんだ。でも持ってる魔力が闇属性だとわかった途端、有力貴族たちはあの子の立太子に難色を示しているんだよ」
「闇属性は邪悪な力だと忌み嫌われているからか?」
「そうなんだ。頭の固いポンコツ貴族たちは、いまだに闇属性への偏見と先入観に囚われていてね。これまでの歴史の中で闇属性の王子が即位したことなんてないし、もしもリンシャオが王位に就くようなことがあれば国が滅ぶとまで主張していて」
この国には、長い時間をかけて醸成されてしまった闇属性への根深い悪感情が横たわっているらしい。
自分にもその『邪悪な力』が宿っているのかと思うと、言い知れぬ恐怖がひたひたと押し寄せてくるような気がしてしまう。
「国王陛下と王妃殿下との間には、そのリンシャオ王子しかいないのか?」
ルカが尋ねると、ユンジン様はひどく浮かない顔つきになる。
「ああ。王妃はリンシャオを産んだあと、産後の肥立ちが悪くてね。これ以上の子どもは望めないそうなんだ。でもスイラン様だけを愛してやまない兄上は、まわりが側室を娶るよう勧めても断固拒否し続けていて」
「そりゃあ、いくら王だからって、好きな相手以外の女性を抱く気にはならないよね」
あっけらかんと、ルカが言い放つ。
表現が生々し過ぎて、ちょっとツッコめないんですけど。
おまけに、「俺もキアラ以外の女性を抱くなんて無理だし」とか聞かれてもいないことを平然と言うのはやめてほしい……!! 恥ずかしいじゃないの、もう……!!
「まあ、一国の王としては、そうも言ってられないところもあるんだけどね」
苦笑するユンジン様が言うまでもなく、国王とその伴侶に課される最も重要な責務の一つとは、間違いなく次代を担う王族を産み育てることである。
自国の安定的な存続と繁栄のためには、新たな王族の誕生が必要不可欠。だからこそ、王が何人もの側室を迎えてたくさんの子をなそうとするのは、決して珍しいことではない。
というか、王である以上は、たとえ意に沿わぬ相手であっても必要とあらば子をもうけることが求められる。本来であれば、そこに王個人の私情を挟むことなど許されない。
なんてことを、口うるさい有力貴族たちからやいのやいのと言われても、リンフォン王は決して首を縦には振らないのだろうな、と思う。
スイラン王妃だけを生涯ただ一人の伴侶と心に決めてしまった清廉な王に、ついつい共感してしまうのはルカだけではないはずである。
「でもさ、唯一の王子は闇属性の魔力持ちという理由で貴族たちから支持されず、王は王で側室を娶る気がないのなら、後継はどうするんだ? まさか、ジンが王位を継ぐなんてことは……」
「いやいや。まあ、そういう声も以前にはあったけど、僕にはやりたいことがあるからね。しっかりと固辞したよ」
「じゃあ、ほかに誰かいるのか?」
「……それが、一人いるんだよね……」
ルカの素朴な疑問に対し、ユンジン様はため息まじりに答える。
「先王の妹、つまり僕らにとっては叔母に当たる人が、有力貴族の一つであるジャオ家に降嫁してるんだけどさ。叔母の末の息子の魔力が、実は光属性なんだよ」
「叔母の息子っていうと、ジンにとっては従兄弟になるのか?」
「そう。今年二十一歳になる、ハンチェンってやつなんだけど」
その忌々しげな口調で、ユンジン様が年下の従弟に対してどんな感情を抱いているのか、透けて見えてしまう。
「リンシャオの立太子に強く反発している一部の貴族たちは、ハンチェンこそが次代の王に相応しいと言って憚らなくてね。なんせ、ハンチェンは光属性の魔力持ちだ。王として立つには、光属性こそが望ましいと断言しているくらいでね」
「まあ、一応王族の血を引いているわけだし、そのうえ光属性だとわかったら担ぎ上げたくなる貴族は多いだろうな」
「国王陛下や王妃殿下は、やっぱりリンシャオ王子に跡を継がせたいとお思いなのでしょうか?」
「うーん、兄上は多分そう思ってるね。でもスイラン様は迷っているみたいだった。だって、まわりの反対を押し切って無理やりリンシャオを即位させたとしても、そのあと苦労するのは目に見えているだろう? 国が乱れる可能性を考えれば、ハンチェンに任せたほうがいいのかも、って」
「ジンはどうなのさ」
ルカに探るような視線を向けられて、ユンジン様の表情にさっと影が差す。
「……僕は、リンシャオのほうが相応しいだろうと思ってる」
言いにくそうに一瞬だけ目を伏せたユンジン様は、それでも堂々と持論を展開し始める。
「僕はそもそも、闇属性に対する一般的な認識が間違っていると思っていてね」
「邪悪な力ではないってことか?」
「そう。これまでの王族たちが闇属性を盲目的に嫌悪し虐げてきたことで、実は闇属性の実態というのはほとんど解明されていないんだよ。もともとの絶対数が少ないこともあって、十分な研究がなされていないんだ。でも、リンシャオが生まれて闇属性の魔力持ちだとわかってすぐの頃、あの子が魔力暴走を起こしたことがあって」
「魔力暴走?」
聞き慣れない言葉に、私とルカは思わず同時に聞き返す。
「ああ、魔力暴走というのはね、体内の魔力が制御不能になって体外に放出されることで、思いもよらない現象や破壊的な影響を引き起こしてしまう状態を言うんだ。魔力の保有量が多い子どもが発症する魔力障害の一種なんだけど、魔力暴走を起こした者は暴発のショックで気を失ってしまうと同時に、まわりにあるものを破壊してしまうほどの爆発的なエネルギーを放出することが多いんだよ」
「なんか、だいぶやばそうだね」
「リンシャオ王子は大丈夫だったのですか?」
「それがさ、普通の魔力暴走とは、ちょっと違ってて」
ユンジン様が言うには、リンシャオ王子が魔力暴走を起こしたと聞いて駆けつけたとき、本人もまわりにいたたくさんの使用人たちも全員その場に倒れ込んでいたそうだ。
でも室内が破壊された様子は一切なく、倒れていた人たちも爆発や暴発の影響を受けたようには見えなかったという。
「しばらくしたらみんな自然に目を覚ましたんだけど、そろいもそろって『すごくいい夢を見た』なんて言っていて」
「夢を見た? 寝てただけってことか?」
「そうなんだ。本当に、寝ていただけだったんだよ。しかも、かなり質のいい睡眠だったみたいで、起きたら全員すっきりした顔をしててさ。普段は寝起きの悪いリンシャオも、そのときばかりは機嫌よく目覚めてすんなり侍女たちと遊び出したんだよ。そんなこと、普通の魔力暴走ではあり得ないんだ」
この出来事をきっかけに、ユンジン様は闇属性に対する一般的な認識に疑念を抱き、古い文献を読み漁ったり古今東西の魔法や魔力に関連する事象について情報を集めたりしながら、闇属性の調査研究を進めてきたという。
「あれこれ調べていくうちに、闇属性の魔力にはいわゆる状態異常を引き起こす力があるとわかったんだ。例えば、相手を混乱させたり麻痺させたり、眠らせるとか幻覚を見せるとかね。あの過激な宗教と呪術について知ったのも、闇属性のことを調べていたからなんだよ。闇属性と呪いや呪術って、何か共通点がありそうだと思うだろう?」
「まあ、確かにね」
「呪いや呪術も毒を付与するとか麻痺させるとか恐怖に陥れるとかの状態異常を引き起こすみたいだけど、僕の所感では闇属性と呪いとは『似て非なるもの』という印象が強い。それ以上のことはよくわからなかったんだけど、ここへきて思いがけない収穫があったんだ」
そこでユンジン様は顔に喜色を浮かべながら、妙に芝居がかったわざとらしい仕草で私を見据える。
「そう、君だよ、キアラ嬢」
「わ、私ですか?」
「まさか、リンシャオのほかにも闇属性の魔力を持つ人間がこの世界にいるとは思わなかったからね。しかも、君が体験したという黒曜石の思いがけない効果の話は実に興味深かった」
「……ああ、無数の黒い矢が飛び出してならず者たちを攻撃したこととか、呪い返しのこととかですか?」
「そうそう。呪い返しはともかく、黒い矢が飛び出したなんて俄かには信じられなかったけどね。でもそれこそ、闇属性の魔力の効果にほかならない。幻覚を見せ、相手を惑わす力だよ」
「は、はあ」
話すうちに、どんどんテンションが上がって饒舌になっていくユンジン様の圧がちょっと怖い。
引きつった笑みを返すと、ユンジン様はいきなり調子はずれな高笑いをする。
「というわけでだ。キアラ嬢には闇属性仲間としてリンシャオに会ってもらうと同時に、僕の闇属性研究への協力をお願いしたいんだ」
「……はい?」




