2 ユンジンが明かす驚きの新事実
「国王陛下の弟……?」
「じゃあ、ジンは王弟殿下ってことなのか……?」
いきなり投下されたまさかの爆弾発言に、私もルカも固まるしかなかった。
だって、王弟って、え……?
「はは、ごめんごめん。二人とも、そんなにびっくりしないでよ」
いや、無理である。
「ルカも知らなかったの……?」
小声でささやくと、ルカは微妙に面白くなさそうな顔をして答える。
「全然知らなかった。……なんで、いや、どうして教えてくれなかったんですか?」
相手が他国の王族ともなれば、これまでのような気安い態度は当然憚られる。それでも咎めるような口調を抑え切れないルカに、ユンジン様は心底申し訳なさそうな、それでいてどこか寂しげな目をして言った。
「だってほら、そういう反応になっちゃうだろう?」
「……え?」
「僕はこれでも、ルカが弟みたいに懐いてくれたのがうれしかったんだよ。王弟という立場に囚われない、自由な関係が心地よかったんだ。でも僕の正体を知れば、いくらルカでもきっと今までのようには接してくれなくなると思った。だから僕が王弟であることはできる限り公にせず、魔導具師でもあるただの商人ということにしておいてほしい、と公爵夫妻にお願いしたんだよ」
すんなり種明かしをされて、ルカはどう返していいかわからないらしい。
すぐには受け入れ難い事実に眉根を寄せるしかないルカと、それを見守るような柔らかい笑顔を向けるユンジン様。
「本当のことを言わなかったのは悪かったと思ってるし、素直に謝るよ。でも、たとえ僕がこの国の王弟だったとしても、僕たちの関係は変わらないはずだろう? 頼むから、今まで通りに接してくれないかな」
「……いいの?」
「もちろんだよ」
その言葉で、ルカの瞳はパッと輝きを取り戻す。
「じゃあ、今まで通りに『ジン』って呼んでもいいんだよね?」
……いやいや。ちょっと変わり身が早すぎじゃない?
でもいつも通りの砕けた物言いに、ユンジン様は「そうこなくっちゃ」と満足げである。
かくして私たちは、「王弟殿下のご友人」という名のもとに、国を挙げてのド派手かつセンセーショナルな歓迎を受けることになったのだ。
滞在先は、なんと王宮に用意された貴賓室である。
まさかこんな展開になるとは思わなかったけど、驚きの新事実はこれだけに留まらなかった。
シャンレイ到着の翌日、私とルカは王城にあるユンジン様の執務室を訪れていた。
「昨日はぐっすり眠れた?」
ユンジン様は見慣れたラフな格好でも昨日の煌びやかな衣装でもない、広い袖とゆったりとしたシルエットが特徴的な、瑠璃色の装束で現れた。これがこの国での普段着らしい。
「俺はキアラさえいてくれれば、どこでもぐっすり眠れるからさ」
謎のドヤ顔を決めるルカに、ユンジン様は言葉の意味をどう受け取ったのか、妙に狼狽えている。私は曖昧な薄笑いを浮かべるしかない。
ゴホン、とわざとらしい咳払いでなんとか動揺を鎮めたらしいユンジン様は、何食わぬ顔をして平然と話し出した。
「今日ここに来てもらったのは、キアラ嬢に会わせたい人がいるからなんだけど」
そう言ってユンジン様は立ち上がり、後ろの本棚から古めかしい装丁がなされた一冊の本を取り出した。
「その前に、魔力と魔法についての基本的な知識を二人に教えておこうと思ってさ」
「魔力と魔法? それってキアラに会わせたい人がいることと、何か関係があるのか?」
「まあね」
ユンジン様は本のページをぱらぱらとめくって、お目当ての箇所が見つかると私たちに開いて見せてくれた。
そこには『魔力の属性』というタイトルが掲げられ、火や水、風や光などを表すイラストが描かれた図が載っている。
「これを見てもわかるように、魔力というのは大まかにいって三つのタイプの属性に分けられる。『炎』『水』『風』『土』『雷』の基本五属性と、『光』及び『闇』の特殊属性、それから『時間』や『空間』、『重力』などを司る無属性の三つだ。シャンレイ人のほとんどは、このうち基本五属性のいずれかの魔力を有して生まれることが多い。個々人が使える魔法も、それぞれが有する魔力属性に左右されるんだ」
「例えば、炎属性の魔力を持つ者は炎魔法が使える、とか?」
「そういうこと。ただ、二つ以上の魔力属性を持つ人間も一定数いてね。メイン属性は『炎』で、サブ属性は『風』とかさ」
「なるほど」
「『光』と『闇』は特殊属性と言われるだけあって、この属性の魔力を持つ人間はそう多くはない。特に光属性は王家特有の属性とも言われていて、王族のほとんどは光属性の魔力を持って生まれてくるんだ」
「ってことは、ジンも?」
「そうだよ」
そこはかとなく自慢げな雰囲気を漂わせるユンジン様だったけど、すぐに打って変わって深刻そうな顔つきになる。
「王族以外の人間でも光属性の魔力を持つ者はたまにいるんだけど、一方で闇属性の魔力というのはとても希少でね。一般人にはまず現れないうえ、王族でも五十人に一人とか百人に一人とかの頻度でしか現れない。ただ残念なことに、闇属性の魔力を持つ王族は、災いをもたらす忌避すべき存在として忌み嫌われてきたという歴史があって」
「なんでだよ?」
「闇属性と光属性は相性が悪いというのもあるし、大昔に闇属性の魔力を持つ王族が王位簒奪を企てて反乱を起こした結果、国が乱れたという言い伝えもあるからね。闇属性は暗黒や混沌を司り、人々を恐怖や混乱に陥れる邪悪な力だとされているんだ。そんな経緯もあって、闇属性持ちの王族はその希少性とは裏腹に、長いこと虐げられてきたといっても過言ではないんだけど」
そこでユンジン様はちょっと気まずそうに鼻の頭を搔いてから、意を決したように口を開く。
「実はね、キアラ嬢の持つ魔力が、どうにも闇属性なんだよね」
「え……?」
突然投下された爆弾発言(二回目)に、私もルカも思わず仰け反った。
だって、それって、え……?
「あの、それは、どういう……?」
おずおずと尋ねると、ユンジン様はますます険しい表情になる。
「君の曾祖母がシャンレイ人だった、というのは公爵夫人から聞いていると思うんだけど」
「は、はい」
「その人は恐らく、先々王の妹姫でもある、ウェイシア様だと思うんだよね」
「……この国の王族だったということですか?」
「そう。ウェイシア様という人は、実は闇属性の魔力を持っていたという記録が残っていてね。ただ、そのせいで親である国王や王妃からもほかのきょうだいたちからも、だいぶ虐げられて育ったらしいんだ。そんな生活にうんざりしたのか、ある日忽然と姿を消したと言われていて」
「いなくなったのですか? 王族が?」
「詳しいことはよくわからないんだよ。王家としても厄介払いができたとでも思ったのか、いなくなったウェイシア様を本気で探したとは言い難いところがあって」
「ずいぶん薄情な話だな」
斬って捨てたようなルカの言い方に、ユンジン様は苦笑する。
「そうだよね。面目ない」
「でも今の話だと、そのウェイシア様って人はこの国から逃げ出してどういうわけかアルトラン王国にたどり着いて、どこぞの貴族と結婚したってことになるんだろうな。キアラがその血を受け継いで、おまけに伯爵家の娘として生まれているわけだから」
「そうなるわよね」
「いずれにしても、キアラにはこの国の王族の血が流れてるってことになるのか……」
ユンジン様の説明では、闇属性の魔力持ちはこの国の王族にしか生まれない。
私の中に宿る魔力が闇属性だというのなら、ルカの言う通り、私はシャンレイの王族の血を受け継いでいるということになる。
母が幼少期に亡くなってしまったこともあって、私は母の生家とのかかわりがほとんどないままに育ってきた。恐らく、父がつながりを断つべく横槍を入れたのだろうと思う。
だから知っているのは母の生家の名前くらいで、そのほかのことはよく知らないのだ。
アルトランに帰ったら、母方の親戚筋についてもう少し詳しく調べてみようと決意する私を横目に、ユンジン様は容赦なく三度目の爆弾発言をぶちかました。
「で、キアラ嬢に会わせたい人っていうのが、この国の唯一の王子でもあるリンシャオなんだけどさ」
「は、はい」
「実はリンシャオも、闇属性の魔力持ちなんだよ」




