15 黒幕の正体はまさかのあの人
ミリアムが西の修道院からいなくなったという知らせを受け、事情を確認してきた父と義母の話を聞いて私とルカは驚いた。
「ミリアム嬢を尋ねて、女性が面会に来ていただと?」
事の次第をベルナルド殿下やディーノ様にもいち早く報告すると、二人は信じられないという顔をする。
「はい。それも、何度か訪れていたようです」
「怪しいとしか言いようがないな」
「まったくだよ」
「女性の身元はまだわからないのか?」
「はい。修道院側の話だと、どこかの令嬢だったのではということですが……」
「ひょっとして、タチアナ殿下という可能性は……?」
ディーノ様の一言で、みんなの表情に緊張が走る。
「いや、彼女は帰国後すぐに『監視の塔』で幽閉されている。簡単には出てこられないはずだが……」
ベルナルド殿下の言う通り、タチアナ殿下は帝国に強制送還されたあと、帝都にあるという『監視の塔』なる施設で幽閉されていると聞く。
なんでもこの塔、罪を犯した帝国皇族を幽閉するためだけに造られた、いわくつきの建造物らしい。過酷すぎる劣悪な環境のせいか、これまで生きて出られた者が一人もいないということもあって、別名『戦慄の塔』とまで言われているんだとか。どういう環境で何が行われているのか、想像するのも怖い。
「タチアナ殿下である可能性は低いと思うが、それも含めてこちらでも調べてみよう」
ベルナルド殿下が、任せておけとばかりに薄い笑みを見せる。安定の胡散くささである。でも見慣れ過ぎているせいか、ちょっとした安心感すら抱いてしまう。
「それにしても、ずいぶんと思い切ったことをするものだ」
やれやれといった調子のベルナルド殿下に、ディーノ様もすかさず賛同する。
「彼女の年齢や境遇も考えての寛大な措置だったというのに、自らふいにしてしまうとは」
「本人はそう思ってなかったみたいだけどね。修道院での生活態度はだいぶひどかったらしいから、さっさと逃げ出したくて仕方がなかったんじゃないか?」
「そこへ逃亡の手引きをする者がタイミングよく現れたというわけか」
「タイミングがよすぎるという気もするけど」
「だいたい、彼女を逃がした狙いは何だ?」
「そんなの、ミリアムを駒として利用するためだろ」
意外なほどはっきりと言い切るルカに、殿下もディーノ様も目を丸くする。
「あの頭空っぽ女が自分一人で綿密な計画を立てたうえで、協力者を得てまんまと修道院から逃げ出すなんて、できるわけがない。あいつは空のバケツと同じで、中身がないからちょっとしたことでぎゃんぎゃん騒ぎまくるだけの鬱陶しい人間なんだよ。そんなやつをわざわざ逃がして、いったい何の得がある?」
「まあ、確かにな」
「得になることは何もなさそうだ」
「だろ? でも中身がないから、駒として使うにはちょうどいい。扱いやすいからな。タチアナ殿下だってそう思ったからこそ、あいつに接触したんだろうし」
「だとすると、手引きをした者には明確な意図があると……?」
「十中八九、俺かキアラ絡みだろうけどな」
残念ながら、その可能性が高いというのはみんなの共通した意見だった。何の関係もない人間が、危険を冒してまでミリアムを逃がすわけがない。
そして、ミリアム逃亡の手引きをした人間が誰だったのかは、思いの外すんなりと判明する。
「オーリム侯爵家のヴェロニカ嬢……?」
名前を言われても全然ピンとこなくてちょっと首を傾げた私に、ルカは盛大なため息をついた。
「覚えてないの?」
「えっと、どなただったかしら?」
「中等部に入ったばかりの頃、君たちの婚約に異を唱えた急先鋒の令嬢だろう? ルカに相応しいのは自分だと言ってはばからず、君を排除しようとしてずいぶん過激な計画まで立てていたっていう……」
「あー……」
いたかも(だいぶうろ覚え)。
令嬢の正体をあっという間に突き止めたのは、ベルナルド殿下の手の者だった。さすがは王家。卓越した情報収集力は、伊達じゃない。
ヴェロニカ・オーリム侯爵令嬢は、私たちと同じ学年の令嬢だった。
入学式でベルナルド殿下の隣に座るルカに一目惚れし、婚約者が私だと知った途端、真っ先に難癖をつけてきた超アグレッシブな侯爵令嬢。
何を言われてものらりくらりと口撃をかわす私に業を煮やした彼女は、だんだん過激で陰湿な嫌がらせを仕掛けるようになっていった。教科書が切り刻まれたのも階段で突き落とされそうになったのも、実行犯はともかくすべて彼女の差し金だったらしい。
最終的には私を暴漢に襲わせる計画まで立てていたようだけど、結局実行はされなかった。その直前に、ルナリア様の容赦ない糾弾を受けたからだ。
オーリム侯爵はグラキエス公爵家からの常軌を逸した分厚過ぎる抗議文書を目にして、娘の悪行の数々を重く受け止めたらしい。すぐさまヴェロニカ嬢を退学させたあと領地に押し込め、そのうえで公爵家に謝罪に訪れたと聞いたのはだいぶあとになってからである。それ以降、私は彼女に会っていない。
え、あの人が? ここへきて再登場するの?
というか、あれってもう五年くらい前の話なのよ? さすがに五年も経っていたら、ヴェロニカ嬢だって改心しているんじゃ……?
「ちなみに、ヴェロニカ嬢が領地から姿を消したこともすでに確認されている」
「え!?」
全然改心してなかったっぽい……! 想像以上にアグレッシブかつ粘着質な人だった……!
「オーリム侯爵の話によると、ヴェロニカ嬢は領地の端にある片田舎に押し込められて、かなり不自由な生活を強いられていたらしい。当初は侯爵の対応に強く反発し、逃亡を図ってはすぐに見つかって連れ戻されるということを繰り返していたようだ」
「頭の悪いやつって、なんでみんな反省しないのかな?」
疑問形ではあるけれど、ルカから噴出しているのは紛れもなく殺気である。
「ところが、一年もすると急に大人しくなって、侯爵に対しても反抗することはなくなったそうだ。どうも何かの宗教に傾倒し始めたらしくてな。その宗教が祀る神に対する祈りを毎日欠かさず、質素倹約な生活を厭わないようになったこともあって、侯爵もすっかり安心して多少の外出は認めていたというのだが」
「まさかの出奔ですか」
いつもは温和なディーノ様の顔も、どんどん険しくなっていく。
「そうだ。しかも、ヴェロニカ嬢がいなくなったと気づいてから住んでいた屋敷の中を調べてみた結果、傾倒していた宗教というのがとんでもない代物だとわかったんだ。なんでも南方の山岳地帯に住む一部の少数民族が信仰している宗教で、破壊の神を祀り暴力と報復を基本教義とした過激な教えを説くものだと……」
「何ですかそれは……!」
「一番やばい組み合わせだな」
ディーノ様はもちろんのこと、さっきまで殺気を撒き散らかしていたルカもちょっと唖然としている。
確かに、その組み合わせは一番やばい。血の気が多い粘着質な令嬢と破壊に燃える荒ぶる神。むしろ、出会ってはいけない相手(宗教)だったという気がする。そんな血塗れの神、いったいどこで知り合うってのよ!
「邪な神に心酔していたヴェロニカ嬢が、ミリアム嬢に会うために何度も西の修道院を訪れていたことはすでに確認が取れている。ミリアム嬢を逃がすと同時に自分も領地から抜け出して、恐らく一緒にこの王都へと舞い戻ったに違いない。暴力と報復の名のもとにな」
「……標的は私ということでしょうか?」
思った以上に張り詰めた声になって、自分でも怯んでしまう。
ベルナルド殿下もディーノ様も、どう答えていいのかわからなかったらしい。
でもルカだけは、冷静だった。
冷静過ぎて、どこか不気味なほどだった。
「そっちがその気なら、こっちだって全力で瞬殺するけど、別にいいよね?」