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13 黒曜石の更なる秘密

「え? 黒い矢? なんだそれ」


 不思議そうな顔をして聞き返すルカに、私はちょっと狼狽えた。


「この前の騒動のとき、ならず者の二人に襲われそうになったと言ったでしょう? あのとき、この黒曜石から何本もの黒い矢が男たち目がけて飛び出したのよ。矢が刺さった痛みで二人がパニックになっている隙に、私は部屋から逃げ出したんだけど……」

「そう、だったのか……?」

「そうだったのかって、そういう魔法だったんじゃないの?」

「いや、そこまでは依頼してないし、魔導具師も何も言ってなかったけど……」

「え、じゃあ、どういうこと……?」


 二人で顔を見合わせていると、ルカが「そういえば」と思い出したように話し出す。


「あいつらを捕縛したときの話をディーノから聞いたとき、『なぜかはわからないけど、男二人は体中の痛みを訴えてのたうち回っていた』って言ってたんだ。それもあってさほど抵抗されずに、すぐ捕縛できたって」

「え、矢は刺さってなかったの?」

「そんな話は聞いてないよ」

「え?」

「え?」


 もう一度、二人で顔を見合わせる。


 よく考えてみたら、あのときのことをここまで詳しく話したのは初めてだった。ルカは私を気遣ってか、何があったのかを詳しく聞き出そうとはしなかったし、ベルナルド殿下と騎士団員が話を聞きに来たときには魔導具である黒曜石の話をあえてしないようにしたのだから。


 ちなみに、ルカがどうやって私の危機をタイミングよく察知し、居場所を特定したのかについては、みんながみんな「『動物並みの嗅覚』とか『野生の勘』的なものが働いたに違いない」と納得しているんだとか。え、そこは納得しちゃうの? ルカってもしかして、人ならざるものとか思われてない?


「要するに」


 すこぶる真面目な顔をして、ルカは考えをめぐらせる。


「あのとき、黒曜石はキアラの危機を俺に知らせただけじゃなくて、そこから黒い矢が何本も飛び出して相手を攻撃したってことだよな?」

「そうよ」

「でも実際には、黒い矢は存在していなかった。あいつらが痛みにのたうち回っていたっていう事実はあるけど、少なくとも矢は刺さっていなかった」

「そうなるわよね……」


 摩訶不思議な現象と深まる謎に、私たちは言葉を失ってしまう。


 あの黒曜石が、私の危険を察知したり居場所を確認したりできるというだけでも、十分信じられないことなのに。


 そのうえ、危害を加えようとする相手を攻撃する力も勝手に付与されていたということ……?


「まあ、こういうのは、作った本人に直接聞いたほうが早いよな」


 ルカは至極当然といった様子で、からりと言った。


「作った本人って、シャンレイの魔導具師の……?」

「そうそう。近々、こっちに来る予定なんだよ。キアラのウェディングドレスを作るのに、シャンレイ産の最高級シルクを持ってきてもらうことになってて」

「……最高級シルク? それ、初耳なんだけど」

「あれ、言ってなかったっけ? もしかして嫌だった?」

「嫌じゃないけど、でもそんな、シャンレイ産の最高級シルクなんて……」


 お高いんでしょう……? と聞くより早く、ルカはあっけらかんと笑った。


「最高のお嫁さんをもらうのに、最高級のシルクじゃないと釣り合いが取れないだろう?」






◇・◇・◇






 その後も、しばらくはルカとクリオの不毛な冷戦状態が続いた。


 学園に復帰した私が我が家で過ごす時間はさほど多くはないのだけれど、それでもルカは「あんな得体の知れない危険人物の住む屋敷に、キアラを一人で置いておけない」と言っては頻繁に我が家を訪れる。


 私の気持ちが動きそうにないことを早々に見せつけられたクリオは、ルカの顔を見るたびに辛辣な嫌味や皮肉で挑発を繰り返している。ルカはルカでクリオには百パーセント敵意しかないから、毎回のように目の前で実りのない舌戦が繰り広げられるのである。まあ、そう簡単に仲よくなれるとは思っていないものの。



 早く、平和が来てほしい……!



 ルカに対する挑戦的態度以外は至極真っ当なクリオは、義理の両親となった私の父や義母とはやや距離を置いているようだった。父や義母のほうも、ミリアムに取って代わるような形で我が家に入ったクリオに対して受け入れ難いものを感じているらしい。


 ただ、クリオは王城でも優秀な文官だったらしく、すでにお父様より仕事ができるのだと執事がこっそり教えてくれた。





 そんな中。


 いよいよ東方の島国シャンレイから、商人の一団がやってきた。


「はじめまして。僕がこの商団を取り仕切っている、ユンジンです」


 にこやかな笑みをたたえるのは、二十代半ばと思しき銀髪の男性である。


「元気そうだね、ジン」

「ルカも相変わらず、溺愛がほとばしってるねえ」


 さりげなく私の肩を抱くルカを眺めながら、ユンジン様が揶揄うように目を細めている。


 このユンジン様こそ、あの黒曜石に魔法を付与した権威ある魔導具師なのである。


「この子をここに連れてきたってことは、シャンレイや僕たちのことはもちろん、その黒曜石がとんでもない魔導具だってことも話したんだ?」

「ああ。全部話したよ」

「よく愛想を尽かされなかったねえ。君、ルカのことキモいって思わなかったの?」


 だいぶストレートな物言いをするユンジン様は、私のほうを見て楽しそうに小首を傾げる。


「驚きはしましたけど、キモいとは思わなかったですよ」

「へえ。さすがは執着強めなルカの婚約者だ。肝が据わってるね」


 なぜかとても上機嫌なユンジン様。思った以上に心を許しているようなルカの様子を見ても、二人はとても馬が合うのだろう。


「早速だけど、実はジンに聞きたいことがあってさ」


 シャンレイの商団は、いつもグラキエス公爵邸の離れに滞在するらしい。通された応接室にはほかに誰もいないというのに、ルカはまわりをきょろきょろと見回してから、もったいぶったように声を潜めた。


「この黒曜石には、キアラが危険を感じたときすぐに俺のほうの黒曜石に知らせる魔法と、キアラの居場所をいつでもどこでも確認できる魔法が付与されているはずだろう?」

「改めて言われると後半はそこはかとなくやばい匂いがしないでもないけど、まあ、そうだね」

「それ以外の魔法を付与したりはしてないよな?」

「ん? どういう意味だ?」


 怪訝な顔をするユンジン様に、ルカは先日の騒動とそのとき私が目にした不可解な現象についてざっくりと説明した。


「黒曜石から黒い矢が……?」


 ユンジン様の鋭い視線が、私の胸元で揺れる黒曜石に向けられる。


「……ちょっとそれ、貸してくれるかな」


 言われて、私は首元から外したネックレスを手渡した。


 黒曜石を手にしたユンジン様は、あちこち弄ってみたり隅々まで観察してみたり、挙句の果てには耳元で振ってみたりしてから(そんなんでわかるのか?)、どうにも腑に落ちないといった顔をする。


「……解析をしてみないと詳しいことはわからないけど、黒曜石に変わったところはないみたいだねえ」


 そう言いながら、ネックレスを私に返そうとしたユンジン様の指先が、私の手に軽く触れた。


 その瞬間、彼は目を丸くして、それから「ああ、そういうこと……」と独り言ちる。


「……黒曜石のほうにはこれといった原因が見当たらないとなると、黒い矢の原因は使用者である君のほうにあるんじゃないかな?」

「え? 私ですか?」

「そう。だって君、魔力持ちだよね?」


 


 


 






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