✦第一章「触手女子、恋コスメに溺れる」✦
翌日、登校中の私は眠かった。というか、あれは夢だったんじゃないかと思いたかった。
でも──
「本日第一回地球女子会、会場は2年B組教室。参加者:地球代表・朝日咲、銀河代表・リロ・ルルカ」
「開始時刻まで残り3分12秒です♪」
光る球体・ヴィヴィが、私のスマホから半透明の投影体で出現した時点で夢ではなかった。
「ちょ、学校バレるだろ! てか、私のクラスで女子会とかやめて!? てか“触手系”って何!?」
「触手、とは言っても礼儀正しい水性生命体ですのでご安心を。少し、ねっとりしてますが」
「それが安心できる要素どこにもないのよ!!」
◆ ◆ ◆
「皆さま、初めまして。私はリロ・ルルカ。惑星クラルンの第七触手族代表です。今日は地球の“美”について学びにきました」
「おいおいおいおい!!」
朝のHR直前、私のクラスの教室の後ろの席に、ぷるんと何かが座っていた。
半透明のゼリーのような、でもちゃんと制服を着てる(なぜかピッタリサイズ)。
そして、長い触手の先に鏡とリップを持ち、ぷにぷにと塗っている。
「咲ちゃん、お友達? ……っていうか、何あれ、CG?」
「違う! ……たぶん、リアル……」
「この“唇を染める文化”に私は深く感動しました。惑星クラルンでは、“色”は社会階級と生殖周期の象徴です。つまりこの“ピンク”は……」
「そのへんは語らなくていい!!」
◆ ◆ ◆
事態は急速に悪化した。
昼休み、リロは学食を占拠し、「地球女子に人気のリップランキング上位20種」を全て購入し、触手で同時に塗るという意味不明な挑戦に出た。
「咲様、私はどれが似合うと思いますか?」
「いやその前にまず数を絞って!? 一本にしようよ!? それ人間界の常識だからね!?」
案の定、男子たちは混乱し、女子たちは興味津々。教室の空気がカオスになっていく。
「ねえ咲、あの子さ……なんかちょっと、かわいくない?」
「え?」
「だって、あのツヤ感……うちのクラスの誰よりも保湿されてる気がする」
◆ ◆ ◆
午後──。
事件は起きた。
放課後、リロが「地球最大の女子力スポット」として案内された渋谷のコスメ売り場で、彼女は完全に暴走した。
「見よ、地球の“美”よ!!」
彼女は、全触手を使って30種類のアイシャドウとグロスを同時に試し始めた。結果──
「このぷるぷる宇宙人、最高!」「バズらせろ!」
「動画撮って! 映える映える!」
「店が! 売り場が崩壊するーー!!」
◆ ◆ ◆
――そして今。
「リロ、ちょっと落ち着こう。聞いて。美って、塗ることじゃなくて、“自分がどうなりたいか”でしょ?」
「……自分が、どうなりたいか?」
「そう。他人にどう見えるかじゃなくて、自分が好きになれるかどうか。ほら、これ」
私は自分が普段使ってるリップ(500円のやつ)を渡した。
地味な色。でも、私はこれが一番自分らしいと思ってる。
リロは、そっとそれを塗った。触手一本で、ゆっくりと。
「……これが、“私らしさ”」
「うん。きっとそれが一番かわいいよ」
その瞬間、彼女の触手の先から、小さな光がこぼれた。
◆ ◆ ◆
帰り道、ヴィヴィがぽわんと現れる。
「本日も素晴らしい女子会でした。第1回、無事終了♪」
「……いや、無事じゃなかったでしょ」
「なお、次回の参加者は“感情と空が連動する精神体”です♪」
「おい待て、それまた天気が荒れるパターンじゃない!?」
空はもうすぐ、夕焼け。
銀河女子会、まだまだ続く。