千田ふきのの衝撃告白 7
いよいよ妃内定ですが、ふきさんがどんな所に不満を抱いていたかが次第に明らかになっていきます。
お楽しみくださいませ。
どんなに報道協定を結んでいても、情報は洩れるというもの。
11月には「東宮妃の本命は恐らく千田美紀子嬢」という事で噂が立ち始めていた。
「ああ、美紀子さん、もうちょっと横を向いて」
鏡に向かってドレスを試着している美紀子の姿をばしばし撮影しているのは湯浅だった。
湯浅は、和泉と相談した通り千田家の秘密のルートから勝手口に入り、度々ふきや美紀子とおしゃべりしたり、日常風景を撮影したりしていた。
写真を撮る段になると湯浅は信じられないほど気配を消し、ついつい美紀子も「素」を出してピアノに向かってみたり、ふきと一緒に縁側に座って、あれこれ今後の事を相談したりしていた。
そういう日常風景というのはどこにでもあるものでほのぼのとした空気が支配している。
湯浅はそういう日常を撮影できる特権を得た事を激しく感謝していた。
「美紀子さんはまさに新しい時代の先駆者ですね」
何気なく湯浅がいうと美紀子は不思議そうな顔をした。
「それはどういうこと?」
「だって考えてみてくださいよ。終戦の時のあの汚かった都会を。それが今や高速道があちこちに作られて、電波塔が立つんですよ。もうすぐテレビも一般的になるだろうし。我が国は重工業に舵を切りましたからね。世界と競争していくんです。オリンピックもやるって話ですよ」
「オリンピック?この国で?」
「ええ、まだ噂ですけどね。でも実現したら敗戦国だったのに真っ先に経済成長したすごい国って事になります。そんな国の東宮妃になるのが美紀子さんなんですから」
「まだ実感はないわ。帝や后宮がどう思われているのか東宮様はあまりお話にならないの」
「ああ、それはね」
湯浅は声を潜めた。
「美紀子さんのせいではありませんよ。これは和泉さんから聞いたけど御上はすぐに「よろしい」とおっしゃったそうです。何と言っても帝は学者の一面もあるので近い血筋が婚姻を結ぶ事にあまり賛成してはおられなかったのです」
「そうなの」
「ただ・・今は后宮様がちょっと」
「ちょっとって」
「ええ、今からもう4年近く前の話ですがね。直木賞作家が「后宮さま」という小説を雑誌に連載していて。それが先ごろ本になったのですが、その内容があまりにもひどいというので后宮様が心を病んでおしまいになり、宮内庁が慌てて本の出版差し止めをしているんです」
「それはお可哀想に」
内容はわからないものの、美紀子は嘘は大嫌いだった。
ペンの力は信じているが、それで人を傷つけるなんて。
「きっと悪口が書いてあったんでしょうね」
「問題になったのは、后宮様のお兄様とお父様の話ですよ。后宮様のお兄様はある華族の令嬢と婚約していたのですが、突然心変わりをして別な女性と結婚してしまいます。結果的にお兄様の一方的な心変わりだったのですが、あの本には婚約破棄された令嬢が、令嬢らしくない不埒な態度に出たからとあったんです。また、后宮様の家系には「色弱」の素養があり、一度は帝との婚約を破棄される寸前まで行ったのですが、后宮様の父君が怪文書を流したり、じきじきに抗議したりと皇族らしからぬ事をされたのです。そこらへんを・・なんというか、作家らしく脚色したのですが、事実と多いに違うという事で、さすがに長官も起こって出版差し止めになったのです」
湯浅の話には、世間知らずの美紀子も、そして十分に世間を知っているはずのふきも驚きを隠せなかった。
「私達も同じ目に合うのではないかしら」
ふきの言葉はきつめになり、和泉に連絡して確かめようかというところまできたが、それを止めたのは湯浅だった。
「大丈夫ですよ。千田家には経済界という後ろ盾があるじゃないですか。社交界も同様。それに比べると后宮様にはもう何の後ろ盾もありません。戦前でしたら「后宮さま」なんて本が出版されること自体が不敬罪ですよ。でも今は言論の自由と出版の自由が保障されていますから、出版社も強気になります。でも美紀子さんの悪口は誰も書けませんよ」
本当にそうだろうか・・・ふきは不安になった。
ただでさえ民間の女性が皇室に入るというのに。
「さあ、気を取り直して。美紀子さん。そのドレスにショールをかけたらどうでしょう」
「いいわね」
美紀子は無邪気にレースのショールを頭からベールのようにかけた。
数日後、宮内庁より連絡があり、11月27日皇室会議がありそこで正式決定するので、その日は正装で親子3人で参内するようにとのお達しがあった。
「服装は華美でなければよろしいとの后宮様からのおぼしめしがございました。とはもうせ、綿ではなくシルク仕立てでお願いします」
それは本来、皇族や華族なら持っているはずの小袿がないため、普通の和装でもワンピースでもよいという后宮からの心遣いだった。
通常、結納などでは振袖など着物と思って居たため、ふきは慌てた。
急いでデパートにシルク地を求めドレスを作るように依頼した。
しかし、突然の事でドレス1着分のシルクを用意する事が出来中なったので、オードリー・ヘップバーンやグレース・ケリーのドレスを参考に、上半身をサテンに似た水玉の地紋入りの生地で仕立て、スカート部分をパニエで膨らませたシルクで仕立てた。
水鳥の羽根で作ったヘアバンドに、ミンクのストール。絹の余りで作ったバッグ。靴もハイヒールを探すのが大変だった。
イヤリングは、デパート一押しのプラチナの飾りがついたものを用意。
しかしながら、どこをどう探してもグローブがない。
短い手袋があるのでそれを使ってはダメかと宮内庁に相談すると、后宮を通じて美紀子の手には大きすぎる長い手袋が送られてきた。
それをデパートに持ち込んで切って縫って・・・ようやく当日に間に合ったのだった。
すでに嫁入り道具として考えている絹の白生地100匹に、足袋千足。でもこれはあくまで「着物用」であって、皇室はどうやら洋装が多いらしい。
ふきはとにかく大急ぎでシルク生地やサテン、ベルベッドなどの生地を取り寄せるように要請。
デパート側は大慌てで外国に外商部を飛ばした。
さらに、総桐のタンスに化粧台、羽根布団に羽根枕、輪島塗の小物入れ、本真珠のアクセサリー一式、ダイヤ飾りの指輪にブレスレット、喪服、五つ紋、3つ紋、美紀子愛用の机や椅子に丸善で発注した本棚一式。
それはそれは豪華な嫁入り道具になるだろう。
この際、これを見せつける事で千田家が皇室にふさわしくないなどとは言わせないつもりだった。
11月23日、女性週刊誌が「千田美紀子嬢東宮妃決定」の記事を出したが、宮内庁の抗議ですぐにひっこめられた。
しかし、11月26日の「週刊毎朝」の表紙を飾ったのはドレスにベールをつけた美紀子の写真だった。
わきには「東宮妃が決まるまで」と銘打ってある。
しかし、この表紙には何の抗議もなかった。
宮中内部では「皇室会議」を巡って、大瑠璃宮妃、高砂宮妃、春日宮妃が「民間出身の妃」の誕生に反対して抗議を続けていた。
「考えてもごらんない。妃は皇族出身か華族、それも五摂家出身でないといけないのは古来からのしきたりです。なぜ今になってそれを壊すのですか」
東宮御用掛けの和泉は、東宮職や宮内庁長官も含めて各宮妃の説得をするしかなかった。
特に大瑠璃宮妃は、女子修学院の同窓会である常若会の会長の親戚であり、旧皇族らとの関係も特に深かった。
つまり大瑠璃宮妃の言葉は旧皇族の気持ちそのものだったのだ。
宮内庁側は「もう帝のご了承を得ている事でございます」というが
「つまり、私達の階級の娘たちはその民間人一人にもかなわないというわけかい?」と大瑠璃宮は怒鳴りつけた。
「后宮様の事を考えた事があるのか?あれほど賢く美しくお育ちになった女一宮様がせっかく宮家の妃となったのに、今は普通の会社員の妻ですよ。お子様も立派な元皇族で男系男子だというのに、貧しい暮らしに甘んじておられる。その悲しみを思えばどんなに綺麗であっても頭がよくても成金の娘を妃に選ぶというのはありえないことではないか。帝の思し召しはどのようなものなのか」
それに対して、帝の侍従長は頭を垂れ、
「帝の思し召しは、近親結婚を避けたいとの事で東宮様のお妃選びを支持なさっています」
「帝は后宮様のお気持ちをお考えにはならないの?」
「そのあたりは私は拝察しかねます。しかし、帝の裁可に逆らう后宮様ではありませんので」
それはつまり、宮妃達もそれに従えという事なのだろう。
それで大瑠璃宮妃は黙ってしまった。
もし、亡き宮が生きておられたら少しは帝にご意見を・・・して下さったかもしれない。
力なき宮妃という立場が悔しくてならなかった。
皇室会議というのは、皇族が結婚する時などに開かれる「形式上の会議」で、ここで決定が覆るという事はない。
なので、11月27日の朝、各新聞が「今日、皇室会議 東宮妃決まる」と銘打っても何も問題はなかった。
皇室会議が開かれ、最後まで反対表明していた大瑠璃宮妃がついに折れた。
その日、千田家の前には大勢のマスコミがそれこそハチの巣をつついたように集まっていて、玄関に出て来た千田夫妻と美紀子にさかんにフラッシュをたく。
それから、一台のベンツが入ってくると、3人はそれに乗り込み宮内庁へと向かった。
そのころ、東宮仮御所では東宮が笑顔でマスコミから写真を撮られ、車に乗り込み参内した。
3人はまず皇宮警察官によって、宮内庁の建物を通って、皇居の私的な部分の玄関まで案内された。
なんとも古い建物でカビのにおいがした。
長々どこまで歩くのかわからなかったが、やがて外に出て、別な侍従が先導する。
すると目の前には林が広がり、うっそうとした中に突如、コンクリート造りの大きな建物が現れた。
宮殿というからには華やかなイメージをもっていた3人はそのあまりの質素さに驚きを隠せなかった。
「これから表御座所にまいります。私がご紹介を申し上げます。千田様はそしたら「この度、東宮妃内定の思し召しを賜り、恐悦至極にございます」とお答え下さい。両陛下からご声かけがございまして、終了いたします。」
侍従はそういうと、しんと静まり帰った廊下をコツコツ歩いていく。
まるで闇の中に入っていくような気がした。
この当時の贅沢品ってどんなものかなと思ったりしたんですけど、なかなか浮かばなくて結局大昔テレビで見て聞いた事とか、調べたりなどしながら書いてます。
それにしても、物議をかもしたあのドレス、映像で見ると意外とペラペラで驚き。
イヤリングもダイヤか?と思ったけどそうじゃないし。
上流階級にはダイヤもシルクも多々あったけど、結果的にそういうものは農家に売られたり、海外に出たり、闇市で売られたりしたんでしょうね。
世の中の女性は民間から初のお妃誕生に沸き立った。
その気持ちは本当によくわかりますけどね。
続きをよろしくお願いします。




