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沈む皇室  作者: 弓張 月
7/13

千田ふきの衝撃告白 5

さあ、「テニスコートの恋」になりましたね。

「恋愛結婚」と言われていたけれど、実際は周りがお膳だてをして仕向けた部分が多かったのではないかと思います。

あくまでフィクションとしてお楽しみ下さい。

それからはあっという間の日々だったとふきは思い返していた。

家族は美紀子の「妃候補」に反対を表明したが、数日後に和泉と東宮大夫の梶、それに東宮職の数人が別荘までやってきて、正式な申し込みをしてきた。

修三は驚き、心臓発作を起こすのではないかと心配したが、とにかく冷静に

「謹んで辞退申し上げます」と答えた。

「私ども千田家は皇室に関わるような旧家ではございませんし、娘には荷が重すぎます。気まぐれに庶民の娘を有頂天にさせないで頂きたい」

梶はよくよく頷きながらも、しっかりとした目で修三を見つめた。

「もう旧家も意味がない時代なのです。東宮様のお妃に必要なのは人間性でございます。そういう意味ではこちらのお嬢様は非の打ちどころがないとこの、和泉からもお聞きしています。実はここにいる和泉には本当に感謝しているんです。なぜなら、ご本人とご家族にお会いして、こんなに素晴らしいご一家がまだ日本に存在するという事に驚きました。

美紀子様は、本当に美しく聡明で東宮様にふさわしい。

お覚悟を決めて頂ければ東宮職が全力で後押ししましょう」

和泉も畳みかけるように言った。

「これは千田家にとっても名誉なことではございませんか。そしてこれは一つの皇室改革と思って頂きたい。

「皇室改革?」

「はい。戦前までの皇室は華族や皇族などとの藩屏に囲まれた閉ざされた世界でした。帝は現人神。目を見てはいけないなどと教わった事、そちらもご存じでしょう?しかし、今は帝も人間。そう人間なのです。その人間となった帝がこの先、どのように国に溶け込んでいくか。「象徴」として存在していくか。

時代は戦後となり、この国が復興を遂げ世界にこの国ありと名声を得ることになったとき、帝はどんな存在になっているでしょうか。

相変わらず、国民からは遠い御簾の奥に隠れた存在でしょうか。いや、違います。国民と共に喜びを分かち合う皇室です。帝も后宮もそうでなければいけないのです」

「そんな壮大な先の話をされても、それが我が家と何の関係が」

「ありますとも。千田家は新しい皇室を作り上げた名誉ある家になるのです」

修三は黙ってしまった。

「主人は欲深ではございませんから」

ふきは夫をかばった。

「私たちは身の丈を存じています。平安の時代から続く古いお家柄の方々の隣に並び立つような事は」

「千田産業はアメリカと取引がありますね」

突如、和泉の声音が変わった。

「それは。小麦の輸入やオリーブオイルなどを扱っておりますので」

「GHQはそういう事も知っているんですよ」

「GHQが」

「実は美紀子嬢を気に入ったのは東宮様だけではありません。GHQもです。素晴らしい英語力に加え、進歩的な考え方を持つ女性だと絶賛しています。この女性こそが東宮様のお妃にふさわしいと。失礼ですが、GHQとの取引は各社競争が激しいでしょう。」

「それが何か」

「つまり、美紀子嬢と東宮様の結婚により、千田産業の先も明るくなるという事ですよ」

「私たちは娘を人身御供になど」

「人身御供ではございません」

梶がそこはもう必死に言い出す。

「これは名誉です。未来永劫千田家は名誉を得るのです」

名誉・・・ふきはその言葉にうらくらした。

どんなに千田産業が大きくなって、自分も「奥様」と呼ばれる身分になっても、ただ一つ得られなかったもの。それは血筋だった。

(あの方、外国人の血が入っているのではなくて?)

(上海夫人ですもの)

たかが縮れた髪をしていただけで、色白なだけで、そして大陸にいたというだけなのに。

そんな高貴な人の好奇な目を見返してやれるなら。

「これはお国の為でもあります。我が国はやがて独立するでしょう。その時に千田産業様が東宮妃のご実家として権勢を誇って頂ければ、アメリカとも同等に付き合っていける。政治的にもこのご結婚は必要なのです。

「美紀子。美紀子はどうなんだ」

修三はやっと声を絞り出すようにして言った。

本人の事なのに、なぜか一人蚊帳の外にいるように黙っていた美紀子だったが、頭の中はせわしなく動いているようだった。

「東宮様とは先日、テニスをご一緒して、それからも何回かお話などをさせて頂きました。最初は怖い方なのかと思いました。でも今はとてもお優しい方なのだと思います。けれど、結婚と言われても私にはまだピンとこないと申しますか」

 小さな声でうつむき加減に話す美紀子の前髪のカールが今どきの女性風で、ああ、これは絵になるなと和泉も梶も思った。

「戦前ではありませんし、親が強制して結婚させるという世の中ではありませんよね」

と、和泉は優しく言った。

「本来なら恋愛で・・・と言いたい所ですが、どうか東宮様を受け入れて頂きたい。東宮様はお小さい頃から一人で東宮御所に住んでおられ、孤独の人などと言われています。10代の頃には一時結核を患った事もおありで回りもご本人は先を諦めた事すらあったのです。しかし、今テニスもできるようになり、帝の名代としてほとんどの公務を引き受けていらっしゃる。私ども東宮に関わる人間としては、東宮様には幸せになって頂きたいのです」

その魔法のような言葉は美紀子の心を多いに揺らしたようだった。


和泉と梶達は忙しいのか早々に帰京し、軽井沢はしんとなった。

「私は反対だよ。お前だって美紀子は外交官か学者に嫁がせると言ってたじゃないか」

修三はまだそういっていたし、兄の修も

「皇室なんて時代遅れだよ。民主主義の世の中だし。美紀子が虐められるだろうし、僕たちだっていい迷惑になる。東宮妃の兄なんて立場は嫌だ」

「でもお姉さまがそんなすごいところに嫁いで行ったら私にもいい縁談が来そう」

美香子だけは楽しそうだった。

結局、一度は正式に「辞退」を申し込んだ千田家だった。


けれど、年が明けたある日。

「奥様!旦那様!」と女中が朝から大騒ぎして食堂に駆け込んできた。

「何事ですか?」ふきは思わず立ち上がってしかりつけようとしたが、女中は息も絶え絶えに

「お屋敷の前にカメラが…人が一杯いるんです」

え?

ふきは夫と顔を見合わせ、すぐに二階に上がり、窓を開けてみると・・・・

そこはトレンチコートに帽子をかぶった記者の群れが一斉にこちらに向けてシャッター切っているではないか。

「千田さん!美紀子さん!お妃候補になられた今の気持ちはいかがですか!」

美紀子も慌てて階段を駆け上がって母の後ろからのぞき込むと、いきなり光が眩しく目を刺激する。

「何が起こったの?」

これは、絶対に和泉達が何かしたに違いない。

ふきはそう思うと、いてもたってもいられなくなり、宮内庁に電話をしたくなった。

しかし、ここで大騒ぎしてもどうにもならない。

「これは一体何事なんだ」

修三はびっくりして、迎えの車に乗ろうとしても玄関から出られないことに驚いていた。

「週刊誌やテレビの方々だと思いますわ。どこからか情報が漏れたんでしょう」

「なんてことだ。これでもうひっきこみが付かなくなってしまったじゃないか」

修三は玄関先で呆然とたたずみ、白い息を吐きながら頭を抱え込んでしまった。

「おい、修達、あの輩をどけてくれないと出勤できん」

修と美香子はすぐにコートを着て女中たちと出ていった。

庭の門をふさいでいた記者たちを押しのけるようにして、アメリカ製の高級車がやっと止まる。

「おい、千田社長の車だ。やっぱりハイソは違うな」

「車の中を撮れよ」

「そんな事より美紀子嬢だよ。美紀子嬢はどこだ?」

わいわい騒ぐ中を修三はまるで罪人のようにうつむいて外に出て、美紀子以外の家族の見送りを受けて車に乗り、仕事に向かった。

ふきは、息を大きく吸い込んでこのうるさい輩をなんとかしようと大声を張り上げた。

「何の取材か存じませんが、うちとは関係ございません。ご近所の迷惑になりますからどうぞお帰りくださいませ」

「関係ないわけないでしょう。そちらのお嬢様がお妃候補になったんですから」

「それはどこから・・・」

「ある筋からですよ。我々の業界はみんな知っていますよ」

「とにかくお帰りください!」

ふきはそれだけ言うと、子供たちと一緒に屋敷の中に入った。


なんという事だろう。

あの柔和な顔にあんな一面が。美紀子がはっきりしないのをいいことに、マスコミを使って既成事実を作ろうとしているのか。

ふきは震えた。

怖いと思った。自分が娘を守らないといけない。

「お母さま・・・」

美紀子が母に抱き着いてきた。少し泣いている。

「どうしたらいいのかしら?私、東宮様の事、嫌いじゃないわ。でも好きかといわれるとそれもよくわからないの。だって。そんなにお話したことないんだもの」

「そうよね。本当にそうよ。でも自分を卑下することはないのよ。あなたはそれだけの才を持った娘なのだから」

そう。美紀子はこの国のどんな高級な女性たちのよりも頭がよく美貌に恵まれている。

千田家の何が悪いの。

1000年の血筋ですって?そんなもの、とっくに枯れ果てている。

蘇我氏だって藤原氏だって栄光は一時的なもの。

この時代に力がある者こそが勝利をつかむのだ。

ふきの中で何かが大きく弾けた。


リビングのラジオからは

♪ あなたと私の合言葉 有楽町で逢いましょう ♪

と低い声が流れてくる。

「今日は日劇でレビューを見ましょう」

ふきは明るくそう言った。

「それから銀座まで歩いてお茶して。修も美香子もね」

「素敵!」

美紀子の顔はぱっと笑顔に輝き、早速兄や妹に知らせに言った。

(有楽町のそばには二重橋)

今まで考えた事もなかったけれど。

読んで頂きありがとうございます。感想も頂き勇気りんりんです。

寂しがり屋な所があるので、感想を頂けるとぐっと書こうという気になるんですよ。

頑張って書き続けるつもりなので、よろしくお願い致します。

感想欄に質問などあれば書き込んでください。

また私のブログ「ふぶきの部屋」にても小説に関する質問なども書き込んで下さったらと思います。

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― 新着の感想 ―
お忙しい中、またこの猛暑の中、更新ありがとうございます。楽しみで楽しみで、毎日更新まだかなあ、と覗きに来ています。亡くなった母が皇室オタク⁉︎だったので、子供の頃から興味を持っていました。ふぶきさまが…
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