千田ふきの衝撃告白 4
千田ふきさんの告白が続きます。何が衝撃だったんでしょうね~~お楽しみに
その年の8月、軽井沢は特に熱気を帯びていた。
軽井沢に別荘を持つハイソサエティの面々で結成された「軽井沢会」が東宮を迎えて盛大なるテニス大会を催したからだ。
無論、千田家も軽井沢に別荘を持っており、和泉が言った通り「テニス大会」への招待状が届いた。
美紀子は飛んで喜び「素敵。試合に出たら思い切りやるわよ」と大言壮語し、兄から行儀が悪いと叱られ妹からは「テニスもいいけど、少しは私のお買い物にも付き合ってね」と言われた。
美紀子は「私の雄姿を見てからお買い物よ」と笑った。
みな、夏を楽しみにしていた。
そしてついにこの日を迎えた。
テニス大会の2日目。
娘を心配したふきはこっそりとギャラリーの中に着物を着て日傘をさして立っていた。
若者だらけの中で多少浮いているんではないかと思ったが、娘の未来がかかっているのだ。
じっとしてはいられない。
遠くに見えるテニスコートは、わいわいと男女が入り混じって話をしたり、飲み物を飲んだり、それから試合に向かって行ったりとそれぞれだった。
まさに青春のきらめきの1ページを見るような思いで、ふきは「戦争が終わって本当によかった」と思った。
「あら、千田の奥様じゃございませんこと?」
大柄のワンピースにレースのは織物を着て、日傘ではなく派手な麦わら帽子をかぶった女性が声をかけてきた。
和泉の妻だ。
「ごきげんよう。いよいよですわね」
「ええ・・・」
ふきは言葉少なに返事をしたが、相手は全然かまわなかった。
「ね。ご存じ?東宮様を囲んでいるのはご学友の方々よ。それから妹君の橘宮様。仲がよろしいの。
あちらで盛んにハンカチを振っていらっしゃるのは、元皇族のお嬢様よ。ほら、お隣は財閥系のお嬢様。
旧華族の方々は一塊になっているわね」
「お顔とお名前をすべてご存じなの?」
「まさか。でもまあ、主人の仕事柄お付き合いもあるし」
そうだ。和泉は宮内庁の人間だった。この奥様もさぞ家柄のいい方なのだろう。
「私達も戦前、娘時代はよく軽井沢でテニスをしたものですわ。自転車であっちへ行ったりこっちへ行ったり。でも男女7歳にして席を同じうせず・・の世の中ですからなかなか、あんなにフランクおしゃべりは出来なかったわね」
上海の社交界はそこまで閉鎖的はなかった。西洋人は積極的に話しかける人ばかりで。
「あら、ついに始まりましてよ。まあカメラがいっぱい」
どうやら、東宮のおでましのようだった。
東宮とダブルスを組んでいるのは学友の一人か。
相手は・・・なんと美紀子だ。美紀子は西洋人とダブルスを組んでいる。
なんと狡猾なことを。
そして試合の様子を写真に収めようと、記者たちも沢山いてカメラを構えている。
いよいよ試合が始まった。
ふきはテニスはよくわからない。
「あら、お嬢様の組が入れたわ。あら、また・・・千田様のお嬢様はテニスが大変上手でいらっしゃるのね。驚いたわ」
和泉の妻の実況がなかったら何が何だかわからない所だが、とにかく試合は進んでいるようだ。
「娘は関東のテニス大会で賞をいただいたこともあるんです」
「まあ、本格的。あん、今度は東宮様の組が」
彼女は美紀子を応援しているのだろうか。
長いラリーが続くこともあった。
ボールが右から左に、左から右に動くたびに観客の目線も同時に移動し、歓声を上げたりしている。
「まあ、なんて粘り強い方なの。東宮様相手に手加減しないなんて」
それは美紀子の事だろうか。
確かに、美紀子と西洋人の男の子は励ましあいながら、一生懸命にボールを返しているように見える。
「あの西洋の子、カナダ人ですってよ。まだ子供ね」
互いに一歩も譲りあわないという空気に包まれ、いつしかキャラリーは無言になっていた。
ポーン。ポーン。
ボールが弾ける音ばかりが響く。ふきは日傘の柄に力を入れ吹き出す汗にも関わらず見続けていた。
そして。
それは美紀子たちの勝利で終わった。
「やったわ。お嬢様勝ちましてよ」
なんてことを。最初に感じたのはそれだった。
あの娘としては、大好きなテニスで勝つという事は正しい選択だった。
けれど、相手は東宮様なのである。
東宮と美紀子が握手をしている。
それから美紀子は男子学生達に囲まれて椅子に座り、どういうわけか東宮が隣に座った。
東宮様・・・帝によく似ていらっしゃる。
けれど、若い頃から凄みのあるカリスマ性に富んだ帝に比べると、東宮は今どきの青年のように見える。
美紀子は色々質問されてちょっと困った顔をしたり、笑顔を見せていた。
「どうやら成功のようですね」
後ろから不意に声をかけられて驚いたふきが振り返った。
白いスーツの和泉が立っている。
「あら、あなた。テニスをご覧になってらしたのね」
「ああ、今日は大切な日だからね」
「それで成功って?」
ふきが言いたいことを全部和泉の妻が言う。
「まあまあ、慌てなさんな。千田さん。東宮様はえらくお嬢様をお気に召したようですよ。
明日もまた一緒にテニスをしましょうと」
「そうですの」
「プリンスホテルにご滞在の東宮様とご学友が読書会を開かれるんです。無論女性も沢山いらっしゃいますからね」
「美紀子は承諾したのでしょうか」
「どうでしょう。盛んに誘われていたようですが」
そこで和泉は声を潜めた。
「でも今のところ、私は見る限りお嬢様が一番ですがね」
とんでもないことになった。
ふきは今更ことの重大さにおびえ始める。
東宮は美紀子を気に入ったという。それは本当なのだろうか。
ふと見ると、美紀子と東宮が談笑している。
その様子をマスコミが撮影している。もうこれは後戻りできないかも。
「許さんぞ。私は絶対に反対だからな」
その日の千田家の別荘では、優雅なリビングに集まった家族の中で、父が大声を張り上げていた。
千田修三は普段は穏やかな性格で滅多に怒鳴ることもなかったのだが、美紀子が今日のテニス大会で東宮に勝ったこと。その後、東宮と会話をしたというような話をした時の事だった。
「明日、プリンホテルで読書会があるの。行ってもよろしいでしょう?」
美紀子のあっけらかんなセリフに修三はつい怒りをあらわにしてしまった。
「相手は皇族。将来帝になる方だぞ。そのような方の世界に入ってどうするというんだ?変に誤解されたらどうする?嫁にもいけん」
「どんな誤解を受けるとおっしゃるの?学友の方々の中には女性も沢山いらしてよ」
「お前は学友じゃなかろう。世界が違う。もう会わない方がいい。この千田家は皇室と渡り合えるような家柄なんかじゃないのだ。平民が下手に皇族と関わってとんだ目にあったらどうする。恥をかくだけだ」
「僕もお父さんに賛成です」
長男の修も口を挟んだ。
「このテニス大会はお母さんが承知したことだったんだってね。テニスが好きなのはいいけど、今現在東宮の妃候補を選んでいるときに変な噂が出たら大変だよ。僕たちの仕事にも影響がある」
「私はどっちでもいいけど。お姉さまが王子様と結婚出来たら私にもチャンスがあるかも」
「美香子は馬鹿なことを言ってないで勉強をおし」修がたしなめた。
美紀子は「そんなつもりは全然ないのに」と不満を言った。
「東宮様だって同じ人間よ。とても話しやすい方だったわ。テニスが大好きだっておっしゃってたし。エマソンについても話したの。それで読書会にって」
「そういう軽薄な態度が誤解を得るといっているんだ」
「誤解って何?お妃候補になること?」
突如、美紀子も声をあらげた。
「確かにうちは皇族でもないし、華族でもないわ。でも民主主義の国ではみな平等じゃないの?東宮様だからって特別なわけじゃないわ。私達、みんな平等なのよ」
「そうじゃない。そうじゃないんだよ。皇室というのは特別なのだ。一番に考えるのは自分の利益ではない。国体護持だ。国家安泰、鎮護を祈る存在だ。しきたりも多い、人間関係も複雑だ。お前などが下手に関わったらどんなに馬鹿にされるか」
「馬鹿にする方がおかしいのよ」
美紀子は少し泣きそうだった。
せっかくの夏休みの軽井沢で、いつもとは違う体験ができることに興味津々だっただけなのに。
「美紀子が正しいのではないかしら」
とふきが言い出したので、家族一同驚いた眼でそちらを見た。
「千田家は旧家ではないけど、今や上流階級でしてよ。私達の生活は一定以上は上だと申し上げているんです。勿論、あなたと修が頑張ってくださっているから、そのお陰で私たちは何の苦労もなく、贅沢な暮らしをさせて頂いているけど、私達女だって色々貢献はしていると思います。美紀子はあなたの理想通り大学を優秀な成績で卒業し、大学院を諦めたわ。でもこれからの時代、女だって様々な仕事をしたり、勉強に一生を費やしたりしてもかまわないんじゃないかしら。美紀子は明日の読書会に誘われただけです。それ以上何があるというの?千田家は皇室にふさわしくないなんて、誰が決めたのですか」
誰も意見が出来なかった。
しかし、後から思うと、この時に美紀子を送り出したのが間違いではなかったかと思うふきだった。
読んで頂いてありがとうございます。
更新が遅れ気味になっていますが、末永くお付き合いください。