悲劇のお妃候補3
さあ、東宮様の「KY」の始まりです。
そんなわけないじゃんと思いながらお読みください。
敦子が一人で呼ばれたのは東宮仮御所の一室だった。
母が「ぜひ着物を」というので、春らしい訪問着を着ていた。
その姿は仮御所の庭にとてもよく映えて、地味な敦子を引き立てていた。
「久しぶりだね。敦子ちゃん」
私を覚えていて下さった。敦子はそれだけで胸が熱くなった。たとえ、
「大きくなったね」
まるで子供扱いでも。
こじんまりとしたリビングには、いかにも来客用と言った風景のないテーブルと椅子がしつらえてあって、中央にはバラが飾られている。
女官が運んできたのは、香りのいい紅茶とクッキーだった。
東宮は「敦子ちゃんが大きくなって出てきたから驚いたよ」
東宮の本音なのだろうけど、訪問着でおしゃれしてきた娘になんて言う事をいうのか。
でも敦子は黙って笑った。
「私も大学生で来年は卒業致しますから」
「そうか。もうそんなに・・・」
そこで東宮はまるで品定めするように敦子を見つめたので、ちょっとどきりとした。
「着物はやっぱりお見合いって感じだよね」
「え?」
「それは・・・」と言いかけた敦子に東宮はいきなり
「敦子ちゃん。いちご大福食べたことある?」
と聞いてきた。
「いえ、ありません」
敦子は東宮の質問をその通り受けるべきか迷った。何か意図的なものがあるのだろうか?
「そう。じゃあティラミスは?」
ティラミスって、今流行っているケーキだったかしら?
「さあ・・」
「甘いもの嫌いなの?」
「そんな事はありませんけど。いちご大福っていちごが大福の中に入っているんですか?」
「そうだよ。信じられないよね。僕も最初見た時信じられなくて」
「どのような味がしますの?」
「甘さと酸味がほどよくて。いや何より半分に切った時にいちごも半分になってるんだよ」
と大笑いし始める。
「東宮様は甘党でいらっしゃるのですね。私もお菓子は好きですがそれ程は」
というより、なぜそんなミーハーな話題を出すのだろう。
「じゃあ、歩きながらクレープを食べた事ある?外人墓地あたりで」
え?それってまるっきりファッション雑誌の受け売りじゃないの?
敦子はそれを東宮の気遣いと解釈することにした。
若い自分に付き合ってわざと流行りのものを話題にしてくれているのだと。
「いえ、申し訳ありません。私、そういう事にうとくて。クレープは学食で一度ぐらいは食べた事があるかと思いますわ」
「学食にあるの?いいなあ」
「東宮様は女の子向けの雑誌を読まれるのですか?」
「なぜ?」
「だって、随分ご存じだから」
「いや、これはある人に教わったんだよ。僕がいちご大福を知らないと言ったら笑われてね」
「笑われた?」
「そう。そんな事も知らないのかっていう感じで。だから一生懸命に覚えようと思って。ティラミスは取り寄せたなあ。じゃあ、ケーキに限らず好きな食べ物は?」
「好き嫌いはありません。何でも頂きますわ」
「そうじゃなくて。例えば中華だと北京ダックとかフカヒレだとか。フランス料理ならエスカルゴとか」
敦子はあまりにも驚いてしまい、呆然と東宮を見つめた。
北京ダックもフカヒレも正直未経験で、食べ物で贅沢などした事がなかったのだ。
「それも教えて下さった方がいますの?」
「そう。だからここでも出せると思って。僕が知らないわけにはいかないから。昼食は何にする?」
「昼食」
自分は一体なにしに来たのか。ご飯を食べに来たのだろうか。
「東宮様はお腹が御空きなのですね。気が付かなくて」
でもこういうのって「あれが食べたい」とか言えるんだろうか。
丁度その時、都合よく女官が紅茶を替えに来てくれた。
女官に向かって東宮は「今日は和食を」と命じると、女官は「承知いたしました」と下がっていく。
「大膳の和食もなかなかなんだよ」
と東宮は得意そうにいう。それはそうだろう。大膳課は一流のシェフがいるんだし。
宮中晩さん会の料理を作るのも大膳課なのだし。
「料理が来るまで好きなものの話をしよう。敦子ちゃん音楽は何を聞くの?」
「大抵はクラシックですけど」
「そう。クラシックなんだ」ちょっと嬉しそうだ。
「誰が好き?」
「ブラームスでしょうか」
「なるほどね。女の子はみんなブラームスが好きだね」
「そうですか?東宮様は?」
「僕はオペラは好きかな」
「まあ、難しいでしょう?」
「そうでもないよ。ワーグナーが一番好きなんだよ。ローエングリンが。聞いた事ある?」
「一部分はあるかと思いますけど全部は。東宮様はまるで・・・」
「まるで?」
「ルードヴィッヒ2世のようですね。あの方もワーグナーをこよなく愛されていたとか」
「そうなんだよ。よく知ってるね。白鳥城を作った王様だ。ワーグナーの素晴らしさを共有出来たらいいなと思う」
「ど・・努力致しますわ。あの、東宮様はヴィオラを弾かれるのでしょう?」
「そうだね。修学院のOB音楽会も出ているよ」
「私はピアノを少し。ご一緒に何か演奏出来たらよろしいですわね」
「そうだね」
話していると、東宮の趣味はオペラ鑑賞にクラシックにヴィオラ。それに登山が好きという事はわかった。テニスもするし、走るのも好きだとか。
修学院にはよくいる名家のおぼっちゃまという感じ。乗馬はしないのかしら?
そうこうしているうちに、昼食の用意が出来たというので、二人は食堂へ移動する。
敦子は食べている間に和服を汚したりしないか心配でしょうがなかった。
そればかり心配して着物の袖や帯のあたりばかり見つめていたので、
「敦子ちゃん。どうぞ召し上がれ」と言われてテーブルの上をみた瞬間、固まってしまった。
そこには大きな伊勢海老の全身が焼かれて皿に盛られており、先付にはアワビとウニの刺身がでんと座っているではないか。
「お気に召したかい?」
敦子は(私は何をしに来たのかしら)と本気で思って居た。
この小説はフィクションです。
今回も読んで頂きありがとうございます。
東宮様とお見合いしたいな~~と思った方がいるんじゃないでしょうか?
私もご馳走が食べられるならと思いつつ書いていました。
元々地味で質素にお育ちだったはずなのに、何が彼を変えたのでしょうね。




