悲劇のお妃候補 1
華やかな東宮様の結婚の陰で、こんな悲劇の女性がいたよというお話です。
調べれば調べるほど「二股と言えない?」と思うし、完全に宮内庁と東宮の意志の疎通ができていなかったなというお話です。
桃園家では春を迎えていた。
いよいよ長女の敦子が大学4年生に上がった。
幼稚園から修学院育ち、父はサラリーマンではあるが、元を正せば大宮様のご実家にあたる家だ。
桜の花が満開になる頃には桃園宮家ゆかりの人々を招いて「桜見」の会を行う。
とはいっても、自宅では狭いのでホテルの宴会場を使う。
たまにしか集まらない親族や元仕えた人達は懐かしそうに桃園本家の人々と語り合う。
「今年は桜が早いですね」
「ええ。そういえば秋月宮家に理子さまがお生まれになったでしょう?とっても可愛らしい。どこか大宮様ににていらっしゃるわ」
「敦子嬢も大学4年生ですか?それは目出度い。もう縁談もあるのでしょうね」
そんな噂や軽い社交辞令を受けつつ、両親達は受け流していく。
敦子はその中でも一番地味な恰好をしていた。
紺色のワンピースに胸元にはリボン。長い髪はとりあえずアップにしていたけど必ずしも似合っているとは思わない。
(まあ、桃園家の姫は・・。頭がよろしいんですよね?)
(ええ、そう聞いています。でもお可哀想に。大宮様にはにていらっしゃらない)
(もっと歳をとれば違いましてよ)
そんな話が聞こえてくると敦子は面倒になってしまう。
彼女は自分が美人でない事を十分にわかっていた。
丸い顔にニキビが結構あって、目も切れ長で。
派手な服装も似合わないし、今どきの女の子のように遊び歩いたりもしない。
「私はきっと赤毛のアンなのよ。いつか金髪になれると信じてる」と自分に言い聞かせていた。
今の自分が自慢できる事と言えば「勉強」くらいなので、大学院を目指していた。
しかし、父は「大学院なんか行ってると結婚できない」という。
「結婚なんかしないわ」
「結婚しないでどうする?一生家にいられても困るよ」
毎回こんな調子の会話になる。
「敦子、あそこにいるのは華宮家の御曹司だぞ。よい青年だと思うがね」
父が目をやった先には、実業家で飛ぶ鳥を落とす勢いの大企業の御曹司がいた。
今風のスーツを着て華やかで背が高くて社交的で側には女子が一杯。
「私には無理よ」
「何が無理なんだね。敦子はこの桃園家の娘だよ」
「今回の桜見だってお父様がどんなに痛い出費をなさっているか知ってるわ。いい加減おやめになればよろしいのに」
「そうはいかんよ。私の代で終わらせるわけには」
結局、敦子が大企業に嫁げばこの「桜見」の会を永遠に続けられると思っての父の言葉なのだ。
「私は大学院に行きたいの」
「またその話かね。嫁にいけないよ」
なぜ嫁に行かなければならないのだろう。この時代に。
女性だって頑張って働けば評価される時代が来たというのに。
考え方が古いんじゃないかしら?
旧宮家に残る財産と1年分の収入をこんな見栄の会につぎ込む父の気持ちがわからない。
ご祝儀がこなければとっくに破綻している。
ここに集まる人たちはどこかで「昔のプライド」を取り戻したいと思って居る。
臣籍降下して半世紀経とうが「家柄」「血筋」へのこだわりはそれぞれ相当なものである。
華宮家もまた旧華族だし、という事はあの御曹司はリベンジ成功という事か。
全ては后宮が入内したあの日に遡り、その時の失望感たるや相当なものだったらしい。
「我々はみな、そのうち皇族に戻れるだろうと思って居たんだよ。きっと先帝が手を打って下さると。しかし、東宮妃に商人の娘を選んだ時に全てが崩れてしまったのだ」
戦後、財産を奪われ、住む家を奪われ・・・特に桃園宮家の屋敷は后宮の母校の敷地内に一角が残っているというのでなお一層恨みつらみが深いのだ。
敦子は小さい頃から聞かされていたそんな話をぼんやりと思い出していた。
春からいよいよ就職あるいは大学院へ向けて競争が始まる。
敦子はそもそも理系の方が得意だった。
でも「女の子が理科系なんて。文学部にしなさい」と言われたので仕方なくその通りにした。
だから大学院はよその理科系を選びたいと思って、猛烈に勉強しているのだけど、母が持ってくるのは見合い話ばかり。
そんなある日。
大学のゼミが早く終わったので、敦子は午後一杯を図書館で過ごし、夕方になってやっと家に帰った。
すると、母が「敦子。大変な事になったのよ」と出てくる。
「お母さま、どうなさったの?」
「宮内庁から電話があって」
「宮内庁?」
敦子はいぶかしんだ。
そんなところにはもう縁がなくなって久しいはずなのに。
「お父様はまだお帰りにならないの?」
「今、こちらに向かってるわよ。早退して頂いたの。だってこんな事私の一存じゃ無理だし、そうかと言ってすぐに返事をしろと言われてもね」
いつになく慌てた風の母を見て、敦子は「ちょっと大丈夫?お母さま。血圧が上がってよ」
「もう上がってるわよ」
「どうしてよ。何があったの?」
「よくよくお聞きなさいよ」
母はまるで物語を語るように始める。
「あなた、東宮様のお妃候補になったのよ」
え?
敦子は一瞬思考停止してしまった。
10代の頃から「お妃候補」の中には取り上げられていて、週刊誌などにも名前や写真が載った事はあるが、実際にそういう話はまるっきりなかった。
確か、東宮様は外務省の女性と結婚したいと思って居たんじゃなかった?
「よくわからないわ。どういう事なの?」
その夜。
父は帰宅するなり宮内庁に電話をして、随分長々と話をしていた。
そして何か約束をしたような言葉で受話器を置いた。
母と敦子はとにかく何か重大な事が起こっていると思い、食い入るように電話をする父の横顔を見つめていた。
「それで・・・あなた」
母が恐る恐る父に言うと、父は大きなため息をついて心底から困っているという表情をした。
「本当だったよ。敦子が最後のお妃候補だと」
最後のお妃候補?
敦子は急に現実味を帯びて来た東宮妃の話に唖然とするばかりだった。
今回も読んで頂きありがとうございます。
いよいよ東宮妃選びも佳境ですね。
一体いつまで独身でいるのかな。一生独身かなと国民は思っていたのですが。
電撃的なお妃発表への道が始まりました。
お楽しみに。




