千田ふきの衝撃告白 1
ここからは暫く時代が遡ります。
「民間から初のお妃」はこのようにして生まれた・・というような。
フィクションではありますが、ここを通らないと本編にいけないのでご辛抱下さい。
千田ふきが生まれたのは20世紀になったばかりの上海だった。
当時、父は国策会社連合の理事をしていたので、上海の日本租界にいた。
ゆえに中国との絆は深かったと言えるだろう。
生活はハイソサエティそのもので、日本では手に入らないようなものでもここでならすぐに手に入る。
出身は佐賀だったが、ふきのエキゾチックな顔立ちや巻き毛には色々と噂が付いて回った。
つまり、もしかして西洋人の血が入っているのではないかという疑惑だ。
若い頃はそれも一つの宣伝となり、ふきは19歳で製油会社の社長である千田家の長男と結婚。
2男2女を儲けた。
終戦後は東京に居を構え、社長夫人として新興貴族の仲間入りをし、当時としては珍しい西洋館に住み、着道楽が出来る程の贅沢をして悠々と暮らしていた。
戦後、華族制度がなくなり、上流階級はみなが家屋敷や財産をなくし落ちぶれていく。その様はまさに太宰治の「斜陽」そのものだったけど。
代わって台頭してきた「新興貴族」と呼ばれる成金階級はその後の国の経済を担っていく。
三井・三菱・住友といった財閥も解体され、農地改革により地主も消え、家や血筋に関係なく努力のみでのし上がっていける時代がやって来たのだ。
アメリカの小麦を輸入したり、製油で成功した千田家は新興貴族のトップを走っていた。
このまま平和に歳を重ねていくだろうと思っていた頃、いつも通っている教会で妙な噂を聞いた。
「東宮様のお妃候補の幅が広がったんですって」
ふきには全然興味のない事だったのでただ聞き流していたが、
「ねえ、奥様。もしかして私どもの娘達にもチャンスがあるかもしれなくてよ」
と話しかけられた。
「そんな大層なお話があるのですか?」
「そうなの。ほら、和泉さんってご存知?宮内庁の御用掛けになっている方。あの方の奥様と親しい方がいらしてね。修学院でお妃候補を探しているんだけどうまくいかないらしいのよ」
「うまくいかないとは?」
もう、ミサも終わって迎えの車も来ているから早く帰りたい。
なのに、つい思わせぶりな口ぶりに乗って質問してしまった。
その夫人は顔を輝かせて
「家柄がよくてもお金がないとか、もうすでに婚約者がいる方とか・・・一番はほら、旧家の方々は今厳しい時代でございましょう?下手に選ばれても御支度が出来ないのですわ」
確かに、今や旧皇族や旧華族といっても一般人と同じ。
国民は忘れるのが早くて、ついこの間まで平身低頭していた家々を完全に忘れ去っていた。
彼らの方も殊更ひっそりと暮らしているような気がする。
だからといって、東宮のお相手には皇族もしくは五摂家と決まっている。
五摂家とは公家の中でも最上の家柄5つで、近衛、一条、九条、鷹司、二条の5家で后宮は皇族出身、先帝の后宮は九条家、先々帝の后宮は一条家出身。
もし、五摂家で決まらなかったら清華家からと決まっている。
清華家は三条・西園寺・徳大寺・久我・花山院・大炊御門・菊亭の7家。
それでも決まらない時は大名家から。
どうみても、ここに庶民が入る余地はない。
「お金がないなら宮内庁や皇室がご用意なさるのでは」
「あら戦前ならそうですけど、今や皇室の財産は国民の税金ですよ。好き勝手に使う事は出来ないのですわ。だからといって東宮様のお妃になる方があまりに貧乏でも困りますわね」
「そう・・でございますね。あら、車が来たようですが。皆さま、また」
ふきはこれ以上耐えられず、車を口実に夫人方の輪から離れた。
ばかばかしい。
前世紀の遺物である皇室をまるで外国の王室のように崇めるなんて。
今や民主主義の時代で軍国時代は終わったのだ。
帝の為に死ぬとか、帝万歳とかそういって死んで行った人達が沢山いる。
なのに帝は未だに帝で、東宮はまるでスター扱い。
これは一体どういう事なのかしら?
神の前ではみな平等。自分達クリスチャンが戦前受けた偏見を忘れたりしない。
今の世の中はお金があって権力がある方が力がある。
伝統がしきたりがと言っている方が古いのだ。
それから何日か経って、突如千田家に訪問依頼の電話があった。
誰あろう、その人こそ教会で会話に出てきた和泉という男だった。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
当時、旧皇族や旧華族は財産がなく、サラリーマンになったりしました。
有楽町の片隅で声をかけたらあまりに言葉が綺麗なので、実は華族の令嬢が娼婦になっていたという話もあります。
勿論、才を生かして生き残った家も多々あるのですが。
当時の后宮の女一宮は皇族妃であったにも関わらず、臣籍降下して一般の主婦になり、スーパーに買い物にいく姿が撮られたりしたものです。
そういう時代でした。
さあ、そこにスター誕生?次回をお楽しみに。