忍び寄る影
寒い日が続きますが皆様はお風邪などひかれていませんか?
この所の異常気象は本当に身に堪えます。
今思えばあの時の結婚式、あの寒さは今の宮家を予測していたのかもしれませんね。
誰もが笑顔でバブルの時代で金が金を生んだ時代。
何だったのかなと思う今日このごろです。
賢所に向かって黒い装束の二宮が歩いてくる。
背が高く、衣装も新調されたのでその姿はまるで「今光源氏」と評される程の涼やかな雰囲気だった。
けれどそれ以上に誰もが驚いたのは、後ろを歩いてくる装束姿の菜子だった。
おすべらかしに結った髪。
いわゆる夏装束の「萌黄」の唐衣をまとい、めでたい亀甲紋がついている。
五衣は白撫子重藻勝見立涌と呼ばれる色の襲で、それぞれ卯の花を元にしたものである。
テレビでははっきりわからない部分も多かったが、要するに緑色の唐衣に白の表着の中にピンク色の花が咲いている柄なのだ。濃き色の袴も初々しく、まるで・・そう、まるで平安時代から飛び出て来たかのような姫宮ぶりだったのだ。
さすがの后宮ですら結婚の儀の装束はそれほど似合ったとはいえなかった。
しかし、菜子は登場するなり列席者を、そして画面の前にいる人たちを古式ゆかしい世界にいざなって、ひときわ優雅な気持ちにさせたのだった。
伝統美の素晴らしさ、古式ゆかしい装束の美しさ、しずしずと歩くその立ち居振る舞いの全てが国民のDNAの中に組み込まれているもの。
深く深く眠っていたものが今、呼び覚まされたと感じる。
御簾の奥で「告げ文」を読み上げた二宮、そして「菜子さん」から「菜子妃殿下」になった女性は生まれながらの皇族のように堂々と微笑みながら歩いたのだった。
それがすむと、今度はいきなり髪をまた引っ張られ、鬢付け油を解かれて、今度はドレス用にぎゅいっと上げられる。
ドレスは納采の儀で下賜された明暉瑞鳥錦」で作られており、金糸と銀糸が一緒に織り込まれ少しぼかが入っている。
そして頭上には、扇形のダイヤモンドのティアラがきらきらと輝いている。
宮殿の大広間で、「朝見の儀」が開かれる。
それは結婚後、初めて帝と后宮に挨拶をして「親子固めの杯」をかわす儀式である。
この時点で、新しい宮号は「秋月宮」と発表され同時に宮家の紋章も発表。
そして菜子のお印はヒオウギアヤメと決まった。
「秋月宮懐仁親王、菜子妃」と呼ばれる事になる。
冴えたる中秋の名月のような美しさを保ってほしいとの帝の思し召しだった。
洋装の写真を撮影するとき、やっとまともに話す事が出来、宮は菜子に
「この世のものとは思えないくらい可愛い」とおっしゃった。
菜子は頬を赤らめ、「殿下ったら」と笑う。
ふと見ると、宮の前髪が乱れている。
「少々失礼してよろしいですか?」
「ああ」
菜子は手を伸ばして宮の髪を整える。笑いを必死にこらえつつ威厳を保とうとする宮と、自然体に「妻」の仕事始めになった菜子。
二人の見つめあう目と目が熱を帯び、周囲にあたたかな春の空気を運んでくる。
このようなシャッターチャンスをマスコミが逃すわけがなく、しっかりと撮影されてしまった。
国民は、皇居の玄関から早く出てこないかと、寒い中待ち続けた。
こんなにも皇祖神と国民に愛され、喜ばれている宮の結婚式なのにどうしてこんなに寒いのだろうか。
あのローブデコルテでは寒すぎていられないだろう。
やがて、朝見の儀を終えた秋月宮夫妻が表玄関から出て来た。
菜子妃は、大きな純白のコートを着ていた。
肩のラインが唐衣を思わせるような、全体的に和服のように見える非常に豪華なコートで、一層菜子を引き立てていく。
東宮ではなく宮家の結婚式なのでオープンカーは使わず、まずは菜子が車に乗り、それから宮が乗った。
出発と同時に、国民の歓声が上がった。
赤坂御用地を抜けると沿道にはすさまじい程の人々が並んで
「おめでとうございます」「菜子様」と叫んでいた。
そこにうっすらとほほ笑みながら右手で手を振る菜子。
すでに妃殿下の風格が漂っていた。
二宮もこの時ばかりは本当に嬉しくて、終始笑顔で手を振り続ける。
時折、話しかけたりはするけれど、でも互いの役目をきっちりと果たした。
やがて、車は宮邸の前に止まった。
その映像に多くの国民が「うそ」と驚き、言葉を失った。
二人は狭苦しい玄関から家の中に入って行ったのである。
それは一般庶民でも今は住まないような、地味な平屋だったのである。
数時間後に公表された平服二人の写真は、確かに大昔の借家のような家の庭に立っていた。
豪華な宮邸が建つと言われていたのに、これは一体どうした事なのだろうか。
この時ばかりは皇室ジャーナリストも言葉を失い、何とも答える術がなかった。
勿論、後日の週刊誌では
「喪中でなおかつ学生結婚の二人への罰」と書かれていた。
誰が秋月宮に対する罰を下したのか・・・庶民が考える事は一つ。
(恐らく后宮様よね)
(今から嫁虐めかしら)
などと噂が立ったがそれは一瞬の事。
その代わり、密やかにある噂が流れ始めていた。
ある時は電車の中で、ある時は美容院で、ある時はカフェや居酒屋の中で。
(知ってる?菜子様って秋月宮様の子を2度も堕胎してるんですって)
(ほんと?)
(ほんとうよ。私、知り合いから聞いたもの。それでお父さんが皇居に怒鳴り込んで行ったんですって)
(だから結婚が早かったの)
筆頭宮家となった秋月夫妻にはまだまだ仕事が残っている。
まずは皇祖神への参拝で、これが実質上の新婚旅行になった。
電車に乗って駅に着くとマスコミや国民の歓声に包まれ、菜子妃の可愛いグレーのお長服がひらひらとゆれる。
砂利道でも躓いたりせず、玉串の捧げ方も間違えない。
新宮妃は本当にしっかりした頭のよい女性だった。
(知ってる?秋月宮様って泰国に愛人がいるんですって)
(うそ?ほんとう?)
(本当よ。だからしょっちゅう理由をつけてはあっちの国へ行くじゃない?)
新婚旅行を終え、さらに賢所に参拝した秋月宮夫妻はさっそく公務依頼が殺到し、毎日のように地方を訪問するようになった。
慣れない仕草でちょっとはにかんだ妃をからかう二宮が頼もしくて、見ているギャラリーはそんな二人に歓声を上げ続けた。
その陰で、根拠のない噂が静かに静かに浸透していくのである。
街角で誰かがそれを言えば広まり、誰かがそれを受けてまた広める。
哲也は噂が広がる様子を面白そうに見ていた。
本当に庶民程馬鹿なものはいない。
すぐに噂を信じて、さもそれが真実であるかのように言い募る。
さすが、天地学会の婦人部である。
密に口コミで噂を広めるのを得意とする部隊だ。
このまま、もう一度幸子を妃候補として浮上させればなんとか・・・・
と、思って居たがたまたまつけたテレビの画面の中で飛んでもない事が起きていた。
今回も読んで頂きありがとうございます。
いよいよ「秋月宮」家の創設ですね。
筆頭宮家としての役割は非常に重いものがあったかと。
皆さん、そのあたりを想像していただければ幸いです。




