華燭の典3
風邪を引いたために長々とお休みを頂き申し訳ありませんでした。
やっと本復いたしました。
これからは定期的に書いていきたいと思っておりますのでよろしくお願いいたします。
記者会見での二宮と菜子は誰もが羨むカップルだった。
何か一言答えるたびに二人は見つめあい、互いの結婚指輪を見せたりする。
「フィーリングが合うというか・・何となく可愛い」と言って照れたようにぷいと横を向く二宮をマスコミはきっちりとカメラに収めた。
また「お子様は何人?」と聞かれて二宮がすかさず「何人にしましょうか」とたきつけると照れすぎて困った菜子は「それも・・宮様とご相談しながら・・・決めたいと思います」と答える。
そのあまりにもシャイな反応が今どきの女性にはない仕草で、まるで妖精のような可愛らしさに誰もがとろんとなってしまう。
でも、意地悪な記者はとうとう禁句を言ってしまった。
「菜子さん。二宮様は初恋ですか?」と。
これは一見普通の質問に見えるが実はとても意地悪な言い回しだった。
女性に「あなたは処女ですか」と聞いているのと同じなのである。
勿論、バブルでボディコンシャスが大流行り、男性を「アッシー」「メッシー」と使い分ける女性達の中では「処女」などという言葉は死語になりつつあったし、そもそも結婚前の女性に尋ねるべき言葉ではない。
男性がどんなに女性関係が派手でも女性には「処女性」を求める。
そんな無意識な思想が現れていた。
菜子はすぐに答えず二宮にそっと「お答えしてもよろしゅうございますか?」と尋ねた。
「どうぞ」
二宮の了承に菜子はにっこりと笑い「はい。そうでございます」ときっぱりと答えた。
おお!初恋なのだ。
津島菜子はまだ・・・なのだ。そして誰の手によっても汚れていない純粋無垢の女性を二宮は手に入れたのだ。
その後はまさに「菜子ちゃんブーム」の到来と言ってよかった。
毎日のように週刊誌には笑顔の菜子の写真が載る。
お見合い用の写真を撮影に行く時も、朝のジョギングの時も、お妃教育の時も、ぴったりと護衛のようにマスコミがついていくのだ。
それに嫌な顔一つせず、菜子は「おはようございます」「ごきげんよう」とあいさつし、余計な事は一切言わずに笑顔で乗り切る。
その見事なまでの振る舞いに世の中は「さすが二宮様」とほめたたえた。
特に修学院の女子部同窓会は、もろ手を挙げて大喜びし「二宮様の見る目には感心しました」とほめちぎる。
皇室ジャーナリストは「家柄の面で皇族との結婚は無理と思って居たのですが」と悔しさ半分で言う輩と
「菜子さんのような方が東宮妃であったら」と素直に口に出す輩の2つに分かれた。
毎日がとても忙しく流れていく。
実は婚約直後、二宮から菜子は結婚後に住む家について告げられたことがあった。
「僕たちの為に新しい宮邸は建てないそうだよ。その代わり築40年の職員宿舎になるけどいいかい?」
それこそが后宮が結婚を承諾するにあたっての条件だった。
「学生の身分で兄より先に結婚するのですから宮邸など必要ないでしょう。暫く職員宿舎で我慢なさい。そうでもしないと国民に示しがつきません」
これは正直二宮も考えていなかった事。
これまで、宮邸は全て新築してきたのだ。
まさか自分だけ、それも筆頭宮家になるのに宮邸を建てて貰えないとは。
そこまで今回の結婚は罪なのだろうか。
いや、母である后宮からすればあくまでも東宮が大事、東宮の面子を潰してはならないという事なのだろうか。
二宮は受け入れた。
そしてそれを菜子に話したのだが、彼女はわりとあっけらかんとして受け止め、
「屋根のない場所ではないのでしょう?」と笑った。
「私は職員宿舎育ちですもの。大丈夫。殿下は・・・?」
そういわれたら二宮も「嫌だ」とは言えなくなった。
これは結婚にかかる最初の試練として受け入れるしかなかった。
そんなこんなで二宮は残りの留学生活を終えるために再び飛行機に乗った。
見送る菜子はそっと見えないように涙を拭いていた。
本当は不安で仕方がなかった。
結婚までの間、お妃教育や納采の儀、結婚の支度、全部をやらなければならないのだ。
父や母に負担をかけたくない。
出来るだけ最低限のものでいい。そういう意味では新居はまさにそれに似合う狭さだったのだが。
一応、入居にあたって修復作業は行われるとはいうものの、元々は職員宿舎として建てられたもので、一時期先帝の女3宮がお住まいになっていたことがあるが、平屋建てで3DK程度。
書斎は3畳しかなく互いにパソコンや書類を置いたら行き来が出来ないという作りだった。
元々1間の所をアコーディオンカーテンで何とか仕切ってプライバシーを確保する。
何よりひどいのは侍女や宮務官が寝泊まりする場所がないので、全員通いになる事だ。
庭には小さな池があるきりの、粗末な小屋ともいうべき新居が「宮邸」となるのだった。
二宮は本当にすまなそうな顔をしていたけど、菜子は平気だった。
若さという純粋さが強さを産んで、どんな逆境にも負けないという心意気を作り出していたから。
そんなわけで宮邸にいれる家財道具は桐で作った3点セットとふとんのくらいで、あとは概ね公式用の衣装代に使われる事になった。
そして年が明けて二宮は正式に帰国し、正月12日、華々しく「津島菜子さん納采の儀」が行われた。
納采の儀というのは、皇室会議で内定した婚約が正式に決まる事を言い、まず宮内庁から帝の使者が立てられ、津島家へ供物を届けに行く。
階段しかない官舎に供物を持ちながら、使者が歩く姿は非常に珍しいものととらえられた。
リビングにあたる部屋に金屏風を立てて、使者が「栂宮懐仁親王は結婚を約する為に津島菜子嬢に納采を行いたく存じます」と口上を述べ、供物を渡す。
この日は、津島夫妻はモーニングに着物、弟の慎は学生服、そして菜子はピンク色に御所車などが描かれた古式ゆかしい振袖を身に着け、后宮から賜った帯をつけて望んでいた。
髪をあっぷにして額を見せた菜子は、慎ましやかながら匂い立つような華やかさを身につけ、皆を圧倒していた。
「幾久しくお受けいたします」
きちんと口上を述べ供物を受け取ると儀式は終わり、使者はまた階段を下りて帰っていく。
今度は宮内庁差し回しの車で仮御所に向かい、帝と后宮に挨拶をした上で祝宴が催される。
そこには東宮と蓮宮、そして大瑠璃宮妃、高砂宮妃、雲井宮夫妻などが勢ぞろいして祝賀の言葉を述べる。
皇族方や三権の長に初お披露目した菜子の振袖姿は、初々しさと可愛らしさと素直さが正直に出て、誰もが好感を持ち大喜びで祝福した。
特に大瑠璃宮妃は「可愛いわ。なんて可愛いの」と車いすの上でいつになく興奮し、隣の彩君や菊君に「あまり興奮なさならないで」と注意される始末。
それでも節君は
「ああ、このような娘がまだこの世に存在していたとは。私は生きててよかったわ」と今にも泣きださんばかりなので、みなそれに頷くしかなかった。
彩君が見ても、ハンサムで長身の二宮と「可愛い」菜子の二人はお似合いで二人のオーラがあまりにも暑くて扇子を出して仰ぎたくなる程だった。
また、蓮宮と菜子は時折目線を合わせておしゃべりしている。
そんな若くて初々しい皇族が増えるのは頼もしいと思った。
だが、それを喜ぶ人たちばかりではない事は明白だった。
東宮は単純なので素直に菜子と仲良くなりたいと思って居たろうが、一瞬「なぜ僕は結婚できないのかな」と思ったり、「幸子さんはもっと美人なのに」と考えたりせわしない。
そして韓駒宮夫妻は、すにで総裁職を持っている二宮には、「嫉妬」としか言えない感情を持っていた。
末端宮家の3男として生まれた韓駒宮家には未だ男子が生まれる気配がなく、ただでさえイラつくのに、結婚後は自分達に回っていた公務までも奪われるのではないかと内心ひやひやしていたのだった。
国中が二人の結婚を祝福し、告期の儀も終えやがて6月の終わり。
その日は曇っており、朝からかなり寒かった。
もう夏だというのに風が吹き、温度が上がらない。
朝の5時、修学院の官舎から出て来た津島家の面々は、大勢のマスコミに囲まれていた。
菜子は濃い桃色のシルクワンピースに可愛らしい同色の帽子を被り、白い手袋をしていた。
帯の所にはシルクのリボンベルトがあり、帽子につけられた光沢のあるリボンも光に映えた。
そして持っていたのはクラシカルなデザインのクラッチバッグ。
後ろには女官も控えている。
父君に「元気で」と言われると菜子は「ありがとう存じました」と答え車に乗り込む。
一斉にカメラのシャッターが火を噴く。
そして皇居入りした菜子は、そこで全身を潔斎し髪をかっちりと固められおすべらかしに結われる。
全てが初めての事で内心ドキドキしている菜子は、ひたすら髪を引っ張られる痛みに耐えた。
そのころ、御用地の仮御所では、二宮が家族と玄関に出てきて「行ってまいります」とあいさつをし、にこにこ手を振りながら車に乗り込んだ。
みんなみんな笑顔だった。
結婚の儀は皇居内にある賢所で行われる。
そこには続々と出席者が鳥居をくぐって席に座る。
本来、皇族の結婚式には外国人は出席しない。
しかし、今回は泰国の王女が参列していた。
学生の頃から二宮はかの国を何度も訪れ、国王夫妻とは親子のように仲がよく末娘の王女とは、同じ研究を通じての仲。それゆえに特別に招待されたのだった。
これは極めて異例の事だった。
慣例として帝と后宮は儀式には参加せず、東宮と蓮宮が並んで前列に座る。
その後ろに雲井宮夫妻、大瑠璃宮妃、高砂宮妃、春日宮夫妻、淳仁親王夫妻、紅葉宮、韓駒宮夫妻と続いていく。
横には津島夫妻と慎、そして三権の長などが並ぶ。
装束の着付けは専門の女官が行うのであるが、かなり時間がかかるのである。
失敗があってはならないと、かっちり、きっちり着つけられた。
テレビ局は朝から延々と生放送を流して、二宮と菜子の同級生からエピソードを聞いたり、修学院の教授たちからコメントを貰ったりと楽しいひと時が繰り返されていた。
とにかく二人とも同じ環境で育ち、同じ学友を持っていたわけなので共通の友人が多く、また菜子の父が教授であるので親しみのある先生方が揃っていた。
和気あいあいと話が進む中、いよいよ「結婚の儀」が始まった。
いよいよ華燭の典もクライマックス。
どの程度臨場感を持って伝えられたかなと思うのですが。拙い筆をお許し下さい。




