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沈む皇室  作者: 弓張 月


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23/30

留学と結婚4

いつもコメントを頂きありまがとうございます。

全部読ませて頂き、励みにさせて頂きます。個別にお返事できないで本当に申し訳ありません。

これからもよろしくお願いいたします。

「金権主義」「成金趣味」という言葉が昔からありますよね。

政治家はロッキード事件など数々の金にまつわる事件を起こしています。

しかし、政治家ではない、外務省の外交官がこっそりとお金を回しても意外としられないようです。

未だに謎のままだったり。

ああいう疑獄に比べると「裏金」なんて可愛いのかなと思ったり。

金に執着するのはみっともないけど、清貧を貫くのはもっと難しいという事です。

大和田哲也は外務省の執務室でたばこをふかしながらイライラとしていた。

部下が「あの・・・」と声をかけると

「閣下と呼べ」

「閣下。あの丸田衆議院議員が」

先ごろ、元総理の長男で衆議院に初当選した丸田時雄が来ているという。

「入れろ」

哲也はそっけなくいったが、当の本人が入ってくると立ち上がりにこやかに手を差し出した。

「大和田閣下」と彼はうやうやしく言った。

「ああ、丸田さん。この度は当選おめでとう」

「ありがとうございます。色々これからお願いしますよ」

「いやいや、私なんて何の力にも」

「僕は父の秘書として10年勤めて来ましたけど、やっぱり新人議員ですから大和田さんの助けなしにはやっていけないですよ。父からもよろしくと言付かっていますから」

何が「父からも」なんだと哲也は内心腹が立ってしょうがなかった。

政治家の息子に生まれ、権力を目の当たりにして来た丸田が哲也ごときにうやうやしく礼を取るなんぞわざとらしい。

金持ちのぼっちゃんで苦労知らずでサラリーマンに飽きたから政治家を目指しただけに違いない。

しかも父親の地盤を受け継ぐのだから応援は沢山いる。

つまり選挙に勝って当然なのだ。

(こちらとら、海辺の村の貧乏育ちだよ。てめえのようなボンボン育ちに気を許すと思うか)

と哲也は心の中で罵る。

「どうぞ。座って」哲也はわざと上から目線で椅子をすすめた。

すぐに内線電話で茶を出すように言いつける。

「議員様はこれから大変でしょう」

哲也が笑うと丸田も笑った。

「ええ。なんせ初体験で。父から地盤を継げと言われたものの、正直自信はありません」

(そうだろうな。でもぼんぼん様にはお付きが一杯いらっしゃる)

「何の。慣れですよ。政治は慣れ」

「そうですね。大和田閣下のハンディキャップ論は大いに共感しました。父と一緒に平和条約を締結して一つ一つ進展させて来た事は素晴らしいです。外交官としてその実力を遺憾なく発揮されて尊敬に値しますよ。最近は自虐史観から抜け出そうとかいう輩も居ますがね。そんなのは大きな間違いです。我が国の将来を思えば、唯一の被爆国であり、核を持たない国なのですから周囲の国とはうまく付き合っていかないと。過去の罪が清算される事はないんですからね」

「全くその通りだよ。最近のあれ、自虐史観からの脱却は流行りのようなもので、どんどん戦争体験者が減っている現状を物語っている。我々のような人間がきちんと伝えていかなければならないね」

「その通りです」

(まあ、使えるのか・・)

その後、暫くとりとめのない話をして丸田は部屋を出て行ったが、哲也は椅子から立つ事もせずに見送った。

哲也は心の中に湧き上がるコンプレックスが抑えようもなく噴き出すのを感じた。

今の丸田時雄もブルジョアの出身だ。

戦前は「ブルジョア」と言えば華族や一部の財閥を意味していたが、戦後は新興企業や政治家などがその部類に入る。

外務大臣官房長といえども、ただの国家公務員と言えばその通りだ。

ずっと官舎暮らしをしているし、それは転勤が多いからしょうがない。安上がりでいい。が、自分としてはこれでも政治に多いに影響を与えて来た存在と自負している。

先の丸田が言ったような平和条約だって誰が書いた原稿のお陰で締結出来たと思って居るんだ。

OECDの立ち上げに真っ先に取り組んできたのは誰だと思うのか。

なのに丸田時雄の目の中には、やっぱりどこか「父の部下」程度の気持ちしか感じなかった。


小さい頃から世の中には理不尽というものがあり、その大きな原因は金があるかないか。

生まれた家が金持ちかどうかで決まる。

哲也はそういう意味では負け組の生まれだった。

父は教師、母は産婆。田舎の村で8人兄弟で育ち血が繋がっていようとも、毎日が奪い合いだった。

そんな環境がかえって良かったのか、8人が8人とも大学出という、村でも珍しい「優秀な家」になったのだが、名声を手に入れたのは「子供達を教育した親」であり、自分ではなかった。

欲のない兄は学者になって親の面倒を見、妹達もそれぞれ嫁ぎ、国家公務員として一大出世をした自分は「すごいね」とは言われても、家族からは何となく避けられているような気がする。

それは恐らく、自分が富強化学の一人娘である安子と結婚したからだろう。

故郷でも似たような公害が起きていたのだ。

よそよそしい関係は今も続いている。

江田家は豪奢な屋敷を持ち、当主の喜一は一人娘を可愛がっていたから損はない結婚の筈。

しかし、今になってその事が幸子の結婚を阻むとは。


韓駒宮家の聡仁親王は独身時代には宮家の3男として国営放送などに勤めていたが、それが不満でしょうがなかった。だからこっそり、外務省の外郭団体を紹介したら偉くお気に召したようだ。

妃の晶子は江田家と付き合いがあって安子とも顔見知りだったから「偶然ですね」という事で、末端ながらも皇族と知り合いになれた。

その韓駒宮家を通して幸子を拾宮の妃候補に押し上げたのに、あっさりと拒否されてしまった。

理由は無論、富強化学会長の娘だったからだ。

官房長官まで「皇室に幸子嬢を入れたら筵旗が立つ」と言って反対したらしい。

どうやら宮内庁もグルのようだ。


幸子が江田家の孫であることは事実だが、それは娘の罪ではない。

それこそ官房長官が件の発言をするまで「義父」の存在など気にしていなかった。

何といってももう引退した人間だし、今はただの老人だ。

なのに、なぜ今更八又やちまた奇病の孫娘だからなどと言われなければならないのだ。

哲也には、八又奇病で死んだ人間を人とも思って居なかった。

もしかすると、自分達の家族も巻き込まれていたかもしれないなどという想像力がない。

彼にとって常に生きるか死ぬかしかないわけで、そういう意味であの病気で死んだ人間は負け組でしかない。

富強化学は散々大金を支払って来たが、未だに解決していないとして患者や遺族が騒いでいる。

その声を国は無視できないでいる。

まだ金が欲しいか。

貧乏人とはそういうものだ。哲也も学生時代はどれだけ金が欲しかったか思い出した。

だったらのし上がって勝てばいいのだ。


妃候補から落とされたからと言ってそのままにしておく哲也ではなかった。

去年、正友党の議員に頼まれて母体の新興宗教である天地会の会長、金子太の外遊に便宜を図った事があった。

2週間の外遊をセッティングしろと外務省に頼み込んできたのだ。

そういう事は得意な哲也は、これを盾にとって天地会に相談を持ち掛け、マスコミにつてを見出し、

女性週刊誌に「消えたお妃の復活」として大和田幸子の記事を書かせた。

そこには「拾宮様の一目ぼれ」という根拠のない文字も入れて貰った。

足元を見た出版社に大金を払う結果になったが、それは江田家に払わせたので哲也は痛くも痒くもなかったが、出版社は宮内庁からクレームが入るのではないかと内心はびくびくものだったという。

だが!

なんとクレームが入らなかったのだ。

というか、あいつらは女性週刊誌というものを見ないのだろう。

東宮妃は毎日チェックしていると言われているが、今回は沈黙している。

あの方も自分の事でない限りはほったらかしらしい。

お陰で、幸子が何も知らずに留学準備に追われている中で静かにマスコミ誘導の幕は切り落とされた。


帝も話を聞くなり反対されて却下になった幸子の「拾宮お妃候補脱落」

他の妃候補より目鼻立ちがはっきりしてて、しかも拾宮とも何度か面識があるので、一度は最有力と言われたが、あっさりと脱落。

しかし、「大和田幸子」の名前はそれからも度々週刊誌に載る事になる。

最初は「大和田嬢は富強化学の孫なので妃候補にならない」という小さな1行だった。

しかし、それから数か月後には「拾宮様が一番好感を持たれた女性」という事で「大和田幸子さんは本当にダメなのか」という小さな記事が出て、「富強化学との関係は本人に責任はない」という論調を生み出した。

秋に帝が倒れ、その後は様々な事が「自粛」となる中、拾宮の「結婚に関する記事」だけは、なぜか自粛せず、「〇〇嬢と見合い」「本命は○〇さん」という形で報道され続けた。

実際の所、拾宮自身は周りの言うままに「会って見てください」と言われれば会い、その結果話を勧めようとするとなぜか「すでに婚約者がおりますので」「ご遠慮申し上げます」と言われてばかりでさっぱり事が進まなかった。

東宮妃は旧宮家や華族の令嬢が候補に挙がる事はよしとされなかったので、最初は民間の社長令嬢ばかりが候補に挙がったのだが。

どんどん断られていくうちに、拾宮の心の中では「結婚できないかも」という思いが募っていく。

「僕が留学から戻る前に婚約していなければ先に結婚させて頂きます」と二宮は言った。

兄としては悔しい限りだったが、それも仕方ないといえる。

東宮妃は心を痛め、必死に高学歴で美人で頭のよい女性を求めて奔走し続け、それが間違いではないと信じておられるようだった。

「津島教授のお嬢様は今どき見たことのなきょうな大和なでしこで」と聞いた時、よく二宮の学友と一緒に東宮御所に来る菜子の存在に目を止めた。

確かに菜子は美人というより非常に可愛らしいタイプで、今どきの言葉遣いをしない、いつも本を抱えて流行に関係ない服を着て、静かに二宮の横に立っていた。

「菜子ちゃん」と呼ぶと菜子は「東宮妃様、ご機嫌うるわしゅう存じ上げます」ときちんと挨拶を返してくれた。

そんな女性は拾宮の周りにはいなかった。

「どんなお勉強をしているの?」

「児童心理学や福祉の勉強をしております。手話にも興味があって・・」と、そういう話題は東宮妃も好きだったので、話が弾んだ事がある。

そうだ。官舎住まいで教授の娘。

たかが修学院と思って居たけど、身近にこんな女性がいるのなら。

「あの娘も弟より将来東宮の方がいいのではないかしら」

と思ったりした。

あの娘なら拾宮の妃にして、好きにしつけられる。そんな事も考えた。

しかし、まさにその時に二宮は「将来、津島菜子と結婚します」と宣言したのだ。


とは言っても・・・

東宮妃は考える。

「本来結婚は兄が先に行うもの。弟は後に決まっている。2年もあるのだし二宮が帰って来るのはずっと先であるなら、この隙に菜子とその両親を説得できるのではないかしら」

女にとって結婚は一生の問題だ。

仮に菜子が本当に二宮の妻になるのだとしたら、彼女より「上」の女性でなければならない。

容姿も学歴も家柄も何もかも。

そうでないと拾宮があまりにも可哀想ではないか。


しかし、そんな邪な考えをばさりと切り捨てる出来事が起こってしまった。

帝の崩御である。





今回もお読み頂きありがとうございます。

有名な事件に入ってきました。

当時を振り返ると、あれはなんだったんだろうと思う事もあります。

次回をお楽しみに。

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― 新着の感想 ―
ほんとうに、国民は何を見せられていたのでしょうね… そして「大和田哲也」とその周辺の人物像を描くのは大変そうですね。 これからの展開が楽しみではありますが、書き手の方のお疲れも相当になるかと…(苦笑)
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