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沈む皇室  作者: 弓張 月
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初恋4

ついに拾宮様が運命の相手と出会うシーンになります。

人は誰でもこれが運命の相手かどうかわからず出会ったりします。

また、運命の相手と思ったのに違って居たりもします。

この時代に戻ったら忠告するのにと思う事もありますよね。

春日宮家の淳仁親王は、父親の宮がまだ生きているので結婚して子供もいますが「淳仁親王家」と呼ばれています。

拾宮(ひろいのみや)は生まれて初めて女性というものにときめきを感じ、その新鮮さにうろたえた。

今まで歌手や女優を好きになった事はあるが、それを結婚相手として認識するような事はなかった。

イギリスに留学していた時も、大学院にいた時も。

そして何度かお見合いした相手も。

自分にとって結婚は「義務」に過ぎず、恋愛感情とかそういったものには縁がなかったのだ。

というか、恋とか愛はドラマで見るものという認識だった。

それがどうだろう。

あの茶会で見た女性は顔立ちが素晴らしく、目がぱっちりしたすごい美人だった。

スーツがよく似合っていて、華やかな感じがした。

話が出来ればよかったのに・・・何でできなかったのか。

ああもう侍従ったら何をしていたのか。

拾宮は侍従の報告をせかしたいけれど、それが出来ずにイライラしながら自室にこもっていた。


梶は拾宮が高校時代から侍従を務めている実直さが売りの男だった。

拾宮の留学にも同行したし、帰国してからも一緒についていくことが多かった。

拾宮は決して周りの人を大事にするタイプではなかったので、梶の方もそれほど忠誠心があったわけではないが、でも最近の「お妃候補」フィーバーにはうんざりしていたので

(誰でもいいからさっさと結婚してくれよ)

と思っていた。

それが茶会で女性の名前を聞かれるとは。

これはすごい事だと思い、早速調べようと宮内庁の庁舎に走った。

ここには、茶会の出席者の名簿があるはずで。

「王女の茶会に参加した人の名簿を見せて下さい」と言ったらすぐに出してくれた。

結構膨大な量で・・・でも大和田で探せばいいのだろう。

大和田・・大和田・・・あった。大和田哲也。

「あれ?」思わず梶は声に出した。

「何かありまして?」女性職員が何か不備があったのかと尋ねて来た。

「いや、茶会にね。大和田氏とその令嬢が来てたんだけど。何で令嬢だけ手書きなの?」

言われた女性は改めて名簿を見て大きく頷いた。

「ああこれ。いわゆるごり押しです。確か政府のどなたかの要請で急遽お嬢様も出席する事になって」

それでただのスーツだったのか。

「つまり、狙ってたって事か」

「だとしたらあからさまよね。」

何だかちょっと胡散臭い。

「この令嬢・・・ええっと、さちこさん?ゆきこさん?」

「わからない。幸子じゃどっちにも読めるわね。それがどうしたの?」

そこで梶は声を潜めた。

「いや別に」

梶はそれ以上は言わず、とりあえず万里小路に知らせた方がいいと思い、名簿を持って侍従長室をノックした。

「入り給え」

元華族出身の万里小路はいかにもそういう顔つきをしていたし、梶のような平民出身の若手侍従は今でも彼の前に立つと震える。

「梶です。拾宮様付きの」

「ああ」万里小路はソファに座るように指さした。

「何かあったのか」

「実は王女のパーティで拾宮様の目に留まった令嬢がいらしたので」

「え?そうなのか?」

侍従長はソファに深く腰掛けていたのだが、すぐに身を起こして驚いたように言った。

「それでそれはどこの令嬢かね」

「こちらです」

梶は名簿を開いた。

外務省から大和田哲也の名前と手書きの「幸子」という名前を指さした。

侍従長は眼鏡をして小さなその名前を見て「ふむ」と言った。

「外務省・・大和田哲也。政治に携わってる人間の娘がいいというのかね」

「いえ、宮様はこの方の肩書は一度聞いただけで深くはおわかりにならないと思います。ただ、私から見ると一目ぼれのようで」

「一目ぼれ?」

侍従長は「それはまあ結構な事だ」

彼は立ちあがり電話を取ると内線でつないだ。

「ああ、藤原さんはいるかね。君、外務省の小和田哲也という人を知っているかね。正確にはその令嬢だが」

電話の向こうでは暫く保留音が聞こえ、その次に結構長々とあちらの話が続き、梶はその間、姿勢を崩さないように苦労していた。

「ではよろしく」

電話を切った侍従長は「知らせを待ちたまえ」と言った。

「でもそんなに美人だったのかね」

「人の好みはそれぞれですから。ただ殿下好みの外人みたいな顔だったかと」

「全く殿下の派手好きは」

その後の侍従長のセリフは聞こえないふりをした。


拾宮とその令嬢との再会は意外と早く来て、秋も深まる11月の頃。

春日宮家の長男、淳仁あつひと親王が名誉総裁をしていた日英パーティに出席した拾宮はそこで改めて大和田一家と顔を合わせる事になった。

拾宮は何とか彼女に近づこうしてそそっと歩いたが「お拾い、僕の近くにいたまえよ」という淳仁親王に阻まれて言葉も交わせない。

「公務慣れしてない君を導くのが俺の役目なんだから」

「はい。それは。でも淳仁のお兄様。僕はあの大和田さんと」

「何、君は彼を知ってるの?」

「ええ、一か月前に茶会で会いました」

「そうならそうと言いたまえ。全く手のかかる坊やだな」

親王は笑いながら拾宮の手を引っ張って飲み物を手にしている大和田夫妻と令嬢の側に歩いていった。

拾宮は「坊や」と呼ばれた事に非常に腹が立ったがそんなそぶりは見せまいと、努めてにこやかについていく。

「大和田さん、うちの坊やがおたくに挨拶したいと」

大和田哲也は含み笑いをして「ああ、拾宮様。先日はどうも」と笑った。

側にいた梶はその態度が非常に尊大に見えて好きにはなれないなと思った。

「はい。先日は」

「妻と、長女の幸子さちこです。幸子、ご挨拶を」

幸子と呼ばれた令嬢は、今日はスーツではなく白地に水玉、さらに棒タイのワンピースを着ていて、前回より強烈な印象があった。

「初めまして」

幸子は言った。

拾宮は先日会った事を忘れたのかと思ったが、恥をかかせまいとして「初めまして」と言った。

そのまま棒立ちになった幸子に宮もどうやって声をかけていいかわからない。

話は終わったと思った親王が「次、あるから」と宮の手をとって「じゃあ、また」とその場を離れてしまった。

がっかりした拾宮は恨めしそうな目で淳仁親王を見つめた。

「なんだよ。ほらウイスイーを飲め」

親王はボーイからウイスキーをグラス2杯受け取って一つを宮に渡した。

「随分いける口だときいてるぞ。俺が許す。飲め」

もう酔っているのか。淳仁親王は。拾宮はもうあてにならないと思い、がっかりしてしまう。

でも視線は幸子の方に吸い寄せられていく。

水玉も似合うな。小麦色の肌が目立って美しい。

無口なのは頭のいい証拠だなとも思った。

そう思いつつ、いつのまにかじりじりと幸子の方に近づいて行ったのだが、そこに

「殿下。次の方のご挨拶が」と梶が引き留めてまたも話せず。

ひとしきり時間をとられ、はっとした時には大和田夫妻と令嬢はもう帰った後だった。

「梶」

「はい。殿下」

「大和田幸子さんを妃候補に加えて。今すぐ」

「え?」

「彼女以外に考えられないよ」

拾宮はきっぱりとそういった。


拾宮が大和田家の幸子嬢に一目ぼれしたことは、一瞬のうちに宮内庁を駆け巡りとうとう東宮にまで伝わってしまった。

成年式を迎えてから6年あまり、やっと息子に意中の人が出来たと東宮夫妻は大喜びした。

とにかく、将来の天皇になる身としては必ず結婚しなければならないし、勿論その後には男子を得なくてはならない。

24歳という若さで結婚した東宮は、息子がもう26なのに全然その気がない事を心配していた。父親として時には「しっかりしなさい」と叱る事もある。

妃はその度にしょんぼりとする宮を見て心を痛めていた。だから今回事は自分の事のように嬉しい。

「そうだわ。年末にここ(東宮御所)で茶会をするから、そこにお招きしたら」

妃のアイデアはいつも斬新で少し強引な所もあった。

本来、年末の内輪の茶会は親戚一同が集まる日に定められていたのに、突如、大和田一家や外務省関係者、ハーバード大学教授など、フェミニズムが一堂に会したような恰好になってしまった。

しかも、内輪にもかかわらず、成年の二宮はそのメンバーから外されてしまった。


まさしく、年末寒い年越しの茶会は拾宮の見合いの場となったのだった。

その日。

東宮家では夫妻が正装し、賓客らを迎えた。

みな、ブラックタイに着物で登場したのだが、大和田家は夫妻はブラックタイと着物だったが、幸子とそして双子の妹達は、共にビロードで仕立てたワンピースを着ていた。

黒に近いビロードにくるまれたような幸子は一層際立って美しかった。

3歳年下とかいう双子の妹など目には入らなかった。

それはまるで劇場の芝居のようにセリフが決まっていた。

最初に学者らがあいさつをし、最後に外務省からの大和田夫妻があいさつし、3人の娘達もぺこりとお辞儀をする。

「本日はお招きいただき誠にありがとうございます」

「ごきげんよう」

あでやかな着物を着た妃がにっこりと笑いつつも目線はすでに幸子を吟味している。

それを大和田は知っているという風に含み笑いをして長女を前に押し出す。

「拾宮様とは先日、おめもじさせて頂きました」

「そうですってね。大層綺麗な方ね。妹さん方も。美人姉妹ね」

「いやいや、うちは娘ばかりで困っておりますよ」

気が付けばしゃべっているのは妃と哲也ばかりで、東宮はすでに大学教授と得意の魚の研究について論じあっており、姉妹はぽつんと置き去りにされている。

「飲み物が何がお好きですか」

拾宮は男気を見せようと幸子に思い切って声をかけた。

幸子はびっくりしたような顔をして「ええっと・・」といい、妹達に「何がいい?」と聞く。

「ジュースでいいんじゃない?」

「じゃあ、ジュースを」

拾宮はオレンジジュースを渡すように侍従に言いつけ、

「大学は冬休みですか」と聞く。

「はい。今は忙しくありません」

「よかった。もし無理やりお誘いしたなら失礼だったかと思って」

「殿下が?」

この「殿下が?」という意味不明の言葉に拾宮はちょっと戸惑ってしまった。

茶会の招待状を出したのは東宮職で、自分が招いたわけではないが、彼女はそうとったのだろうか。

「いやその。いつもの年末ではないかと思って」

「そうですね」幸子は極めて退屈そうに答えた。

それを見た梶はまたもや不愉快になった。

「アメリカにいらしたそうですね」

「はい。ボストンにいました」

「あちらの暮らしとこちらの暮らしは違いますか」

幸子は少し考えて

「アメリカと日本ですから。あちらは英語ですし」

梶はまた意味不明だなと思ったけど拾宮は「ああ、そうだね」と笑った。

「英語の方が得意になったのでは?」

「頭の中は英語なので・・知らない日本語の方が多いかも」と言った。


東宮妃は笑って話す息子と幸子を好ましいと思った。

しかし、あの娘は気が強そうだし、気が利くタイプかどうか。

まあ、それはこれからゆっくり指導していけばいいか。


この日の茶会は成功で終わった。

これで将来の皇后も決まるかに見えたが、そうは事が進まなかったのだった。




読んで頂きありがとうございます。

波乱の幕開けになるかと思います。

お楽しみに。

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