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沈む皇室  作者: 弓張 月
15/16

初恋 3

さあ、いよいよ拾宮様の話が出て来ますよ。お楽しみに。

津島教授の部屋では、思い他穏やかな会話が続いていた。

「まあ、妻は色々心配してるようですが私はそれほどは。事はなるようにしかならないのですから。娘は丙午の生まれですので頑固さは筋金入りで」

そう言うと教授はふふっと笑う。

二宮も思わず笑っていた。

「そう思うでしょう?」

「はい。口をこう真一文字にして考え始めると、暫く声はかけられないと思います」

「殿下は娘の事をよくご存じなんですね」

「いえそんな。まだまだ知りたいと思います」

真顔で言われた教授はまた笑った。

「殿下と娘を信じております」

その言葉に二宮はほっとしていた。


それから数日後、二宮は帝を訪ねて皇居に参内した。

今年在位60年のお祝いがあり、とはいっても帝は決して派手な事を望みはせず、ただ「うな重にしてくれるかな」とおっしゃっただけだった。

東宮家ではお祝いに参内し、久しぶりに東宮と帝が親しくお話になっていたのだが、もしここに東宮妃や3人の子供達がいなければきっと早々に東宮は席を立っていたかもしれない。


二宮は前年から帝の植物の分類を手伝う事が多く、誰よりも多く参内していた。

帝はこの所、年に半分は那須御用邸にいて、新しいあやめの研究をされていた。

二宮はその標本の整理をしたり、色々教えを受けたりしていた。

「おお来たね」

帝は庭で様々な植物を採取している所だった。

最近はおみ足も弱っていらっしゃるようだし、戦争中のご苦労が帝を年齢より老けて見せていた。

「こんにちは、おじい様」

「后宮には会ったかね」

「はい。でも僕をおじい様だと思ってらして」

「ははは。似ているのかな」

帝はゆったりと笑って、テラスの椅子に座り、侍従が紅茶を持ってくるのを待った。

「大学生活はどうかね」

帝は必ず勉強の進み具合をお聞きになる。

「成年式も終わった事だし、公務も多いだろうね。でも勉強をないがしろにしてはいけないよ」

「政治学科はつまりません。やっぱり留学しようと思います」

帝は少し黙った。

その間に紅茶とクッキーが運ばれてくる。全部宮のお好きなものばかり。

「そうかね・・拾宮(ひろいのみや)もイギリスへ行ったからお前もそうしたいの?」

「ええ。院は理科系で臨みます。やっぱり僕は生物学の方が好きだなと思って」

「うんうん。学問は続けることだからね」

「おじい様はなぜ植物に興味をお持ちになったのですか?」

カップを口につける前に二宮は何気なく聞くと、帝は遠く昔を思い出すようだった。

「最初は歴史学を学ぼうと思ったが、側近にそれはまずいと注意されてね。文系はさわりがあるというから植物学にしたのだ」

そうか。戦争中は思想も色々難しかったのだろうと宮は察した。

夏の風が渡っていく。遠くに見える后宮お手製のバラ園では夏のバラがいくつか咲いていた。

最近では四季咲きのバラを植えたりするが、手入れが大好きな后宮はもうバラ園を見なくなっていた。

帝は本当に寂しそうに見えて、宮は胸が痛んだ。

「あの・・・おじい様が名付けたあやめですが・・・」

二宮が思い切って切り出す。

「え?ああ、ナスヒオウギアヤメの事かね」

それは新種のヒオウギアヤメで帝が自ら名付けた希少種だった。

非常に花が美しく、可愛いのだ。

「そう。ナスヒオウギアヤメです。それを私の結婚・・する人のお印に頂いてよろしいですか」

「おお」

帝は驚いて21歳の孫を見つめた。

背が高い。190センチは超えている。

皇室一の背丈を誇り、何と見栄えのする顔立ちをしている事か。

「もうそんな女性を見つけたというのだね」

「はい」

「どんな女性かな」

「修学院の津島教授の娘です。父方は和歌山の名家でさらに会津藩までさかのぼります」

「そうか。大瑠璃宮妃が喜ぶね。それでいい子なの?」

「はい。すごく。可愛くてその・・しっかりしてて・・・それから・・・」

「顔が真っ赤だよ。そうなんだね。いいよ。ぜひお印にするといいよ。そうか、栂宮にもそんな相手が出来たんだね。素晴らしいね。大事におし」

「はい。ありがとうございます。おじい様」

二宮はほっとした。


二宮が小さな愛を育んでいたころ、巷の関心事といえば拾宮の結婚話だった。

拾宮は生まれた時から将来帝になる事を約束された人であった。

東宮妃の愛を一身に受けて、全てが拾宮中心に物事が進んでいく。

東宮家の方針は

「長男は将来帝になる立場なので甘く、次男は将来自由な宮家になるので厳しく」

という、一風変わったもので、そのせいなのか拾宮はあまり叱られた経験がない。

その理由を女官達が「なんでも生まれた時に1分間呼吸が止まっていたからよ。ごゆっくりさんなの」

と話しているのを聞いたことがあるが、「ごゆっくりさん」の意味を二宮はつい最近まで知らなかった。

けれど、兄が持つ時々冷酷なまでの無関心や、察することのできない言葉遣いに違和感を持つようになった。

優しい兄ではあったが、どうにも他人には関心が向かないといういか。

かなり俗っぽい事が好きなようだった。

6年前に成年式を迎え、その後イギリスに留学。

2年間の留学期間を終えて帰国した時の会見で「理想の結婚相手に出会ったか」との質問に

「(この人ならという女性に会ったことは)まだないです」

「身長、学歴、家柄とか、ぼくはそれほどこだわらないです。相手として自分と価値観が同じである人が望ましい。具体的にいえば、美しいものを見た時、それを美しいと評価できる人。

大切なものを大切と認識して大切に扱う人。ぜいたくを避けるという意味で、金銭感覚が自分と同じ人。ニューヨークのティファニーであれやこれや買う人は困る。二番目に、だれとでも気軽に話ができ、人と会う場合でも、その人と話そうという環境をつくり出せる人。話す時も控えめではあるが、必要な時にはしっかり自分の意見を言える人。外国語はできた方がいい。さらに自分と趣味を分かち合える人がいいと思います」

そうきっぱりと言い切ってしまった。

この時の「ティファニーであれやこれや買う人は困る」というセリフは連日ワイドショーをにぎわし、また週刊誌の表紙を飾った。

「流石は拾宮様。東宮妃の躾のたまもの。個室という所は元々質素が基本。外国の王室のようなきらびやかさを求めてはいけない」

そんな風に報じられていたころ、皇室内では拾宮発言を憂慮していた。

なぜなら、固有名詞を出して批判したのだから。

皇室はどんな場所でもどんな話題でも平等に評価すべきで、否定的に言ってはいけない筈。

拾宮としては、それが正しいと思って言ったのだが、なぜそれがティファニーなのかという点が欠けている。

実は留学の帰り、宮はアメリカに2週間程たち寄り大統領を表敬訪問したのだが、その時は大好きな女優に花束を渡して有頂天になっていたし、恐らく「ここがあの有名なティファニーで朝食を」の舞台かあなどと感心しきりだったそうで。

ゆえに、その記憶がそうさせたと言える。

東宮妃は宮を叱るどころか「私がティファニーでアクセサリーを買ってあげるわ。それでいいでしょう」

という事で、実際のティファニーからクレームが来ることはなかった。


帰国するなり、拾宮の妃候補の話題が連日週刊誌で報じられるようになり、やれ元華族の娘だの、老舗の時計屋の娘、皇族に連なる娘と毎日1人2人と増えていく。

最初は記者会見の度に、東宮夫妻は「宮様の結婚はいつごろになりそうか」と聞かれ「まだはっきりとは」と答えていたが、あまりにしつこいので「今後は一切答えません」とまでになってしまった。

将来帝になる20代の宮であるし、東宮の結婚の時のようなフィーバーやブームが起きるのではないかと大衆も期待したし、マスコミも期待していた。

しかし、もう26にもなるのにまるっきり付き合った女性はいなかった。

というのも、みな、お妃候補になるとすぐに結婚が決まってしまうからである。

実際にお見合いに結び付けようとしたときはすでに遅かった。

そんなわけで、拾宮は独身貴族の部類に入れられ、どんな女性だったら宮の心をつかむのかと週刊誌では毎回ああだこうだと文章になっていた。

宮自身は少々焦り始めていたけれど、それを口に出すような人ではなかったので、ただ写真を見せられていいとか悪いとかいうのみの生活を送っていた。


夏が過ぎて、銀杏に色がつく頃、御所では外国の王女を迎えての歓迎の茶会が催されていた。

帝、東宮夫妻、そして拾宮に他の皇族方も参加して華やかな立食式のパーティになった。

立食であるので、王女を囲んでその国の人や、他の方々と会話をしながら社交を進めていく。

拾宮は王女とは歳も近かったので楽しく留学していたころの話などに花を咲かせていた。

ふと、あちらをみやると、グレイのかちっとしたスーツ姿の女性が目に入った。

まるで本物のキャリアウーマン。

この場にいるにしては地味ななりだけど、それが宮には新鮮に映った。

はっきりとした目鼻立ちに大きな目。地味なスーツがとても新鮮に見えた。

すると、あちらの方から近づいてくるではないか。

思わず、侍従が静止しようとしたが遅かった。

「お初にお目にかかります。外務次官をしております大和田と申します。お見知りおきを」

「あ。初めまして」

拾宮がそういうと、父親の隣の娘は一緒に頭を下げた。

「殿下のお声かけがないうちは話しかけぬように」侍従は厳しく言ったが、この外務次官には響かないようで

「偶然お会いできたので思わず。では失礼」

しらっと踵を返して去っていく。


拾宮は雷に打たれたようにぼおっと立ち尽くした。

世界中の音が一瞬消えたようだった。

「殿下・・・殿下」

侍従が呼ぶ。

「どうなさったのですか?お具合でも?」

「いや、あの人は誰なの?」

「あの人とは」

「今、挨拶した人だよ」

「外務次官の大和田と名乗っておりましたね。恐らく大和田哲也氏でしょう。ご令嬢の方は存じ上げません。そもそも招待されていたのかどうか。あんな恰好で」

あんな恰好?そうかな。新鮮だったけど。

「ねえ、あの女性は妃候補に入っていないのかな」

「お調べします。数日お待ちください」

あの女性。

何だか運命を感じる。

拾宮は初めて女性に惹かれた自分を知った。


小説はあくまでフィクションなので好き勝手にセリフをかけるわけですけど、お読みになる方にはぜひその点をご理解下さい。

俗に「嫁によってその家の行く末が決まる」などという言葉があります。

要は家を栄えさせるのも滅ぼすのも嫁の立場の人という事になります。

これはある意味真実で、皇室を見ていると本当にそう思います。

配偶者選びは大事ですよね。

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更新ありがとうございます。いよいよですね。このときが元に戻せれば…心からそう思います。
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