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沈む皇室  作者: 弓張 月
14/16

初恋 2

ロマンチックなシーンを書くのは難しいですよね。

大正ロマン風に書こうと思いつつ、悩みました。

まあ、小説だからしょうがないっか。

ということで、よろしくお願いします。

恋というのは、一度歯車が回りだすと止まらなくなるようだ。

二宮からのプロポーズを受け、菜子の心は大きく宮の方に傾き始めている。

「まだ学生よ」

「お勉強は?将来の夢は?」と母には畳みかけられたけれど、勉強と恋とどちらかを選ぶなんてできるはずない。

将来は福祉活動をしたい。

手話をもっと極めたい。

留学したいし、世界を見たい。

経験してみたい事は多々ある。

だけど、宮の事を好きという気持ちももう止める事も出来ない。

「何より身分違いじゃないかしら」

全部、母の言う通りなのだ。

津島菜子は父が世間的にはちょっと変わり者の学者で、今は修学院の教授をしている。

皇族でもないし、旧華族でもない。

「東宮妃は后宮にいじめられた」という話も最近聞いて知っているし。

美容室には週刊誌が沢山置いてあるから見出しだけでも結構なインパクトだ。

そんな心配も、大学で宮と会うとすっかり忘れてしまう。

「結婚は大学を卒業してから。僕も研究を続けるし君もそうする。浮世離れしているけどお互いに好きな研究をしながら生活していけば」

そんな話を聞くとより夢みる夢子さんになって、菜子の頭の中には一緒に机を並べて笑いあう二人の姿が浮かび上がった。


両親との話はいつも同じ結末で「身分」「皇族になること」「将来の夢は」の3つで回答の出しようがない。けれど、父も母も弟ですら、菜子のがんこな生活がよくわかっていた。

一度決めたら振り返らない性格を。



やがて夏休みになった。

夏休みも時々サークル活動があって、旅行の予定を立てたり、手話サークルやボランティア活動もあったが、東宮御所でのテニス大会に誘われた。

毎年春や夏に東宮御所で行われる栂宮主催のテニス大会は、赤坂御用地内のテニスコートを使って、大膳課が運んでくるつまみを食べながらジュースや時には酒など一緒に、テニスをしながらわいわい騒ぐのが慣例行事だった。

そこに招かれるのは学友達、そして時々妹の蓮宮が参加したり、東宮妃が顔を見に来たりする。

菜子は同級生の女の子何人かと、女官に案内されて女子用の着替え室に案内された。

「東宮御所って初めて来たけど、思ったより地味よね」

と誰かがいうと、もう一人も頷く。

「もっときらきらしているのかと思った」

「それは私達の着替え用の部屋だからよ。きっと東宮様達のお住まいはご立派よ」

女の子達はきゃっきゃっとはしゃぎ、菜子もまたテニス用のウェアに着替えた。

「どうしよう。あまり自信がないんだけど」

「遊びだもの。気にしなくていいわよ。菜子ちゃん」


そういわれてコートに出ると、すでに試合は始まっていて男子たちがラケットを振り回している。

「津島さん、初スコート姿だね」

と、男子にからかわれて顔を赤らめる菜子に「似合ってるからいいよ」と二宮が声をかける。

「そりゃあ津島さんだもの。似合ってるにきまってるじゃないですか。そんな恰好でキャンバスを歩いてみろよ。何人の男たちがぶっ倒れるか」

「ちょっと!失礼だわ」

女子が怒りだし、追いかけまわす。またも笑いが起こった。

テーブルの上には焼きたてのマフィンやクッキーがおいてある。

勿論、冷たい紅茶もある。

それぞれ、食べたりおしゃべりしたり。好きな事をしていい会だった。

菜子は初対面の宮の学友達に挨拶し、すぐに打ち解けた。

「先ほどは失礼を。津島嬢。どうぞ僕の無礼を叱って下さい」

ハンサムなプレイボーイが真顔で誤ってくる。

「怒っていませんわ。全然気になさらずに」

「では、ペアを組んでくれますか?」

「え?」

その瞬間、彼の頭にラケットのガットが当たった。

「ちょっ!殿下!」

「お前は敵の方。津島さんとは僕がペアになるから」

「はいはい」

彼はもうお察ししたかのように、向かい側のコートに走り出ていく。

「殿下。私、テニスはあまり得意では」

「大丈夫。フォローするから」

そうはいっても・・・・胸がどきどきするのを必死に抑えて菜子はコートに出た。

「行きますよっ!」

菜子が前、二宮が後ろ。ぱんとボールが飛んでくる。

菜子はあっと走り出したがボールはするりとラケットをすりぬける。

(しまった)と思った瞬間、ボールは向かい側のコートに飛んでいた。

振り返ると宮が笑ってラケットを振った。

「大丈夫」

そうか・・・二宮が後ろにいるんだ。

菜子は急に気持ちが楽になって次のボールはすぐに打ち返した。

こんな風に、どんな窮地に陥ってもきっと殿下は助けて下さるのかも。

でもその為には自分も一生懸命やらなくちゃ。

「私、頑張ります!」

菜子はいきなり大きな声で叫ぶと、ポーンとボールを打ち返した。

二宮のVサインがきらめいてみえた。


何度ラリーが続いたろうか。

結果的に二宮と菜子組の勝ちだった。

汗ばんだ額をタオルで拭きながら菜子はほっとしていた。

「菜子ちゃん。宮様と組んで正解だったわね」

「どうして」

「あら、知らないの?宮様は全国大会に出場できる程の腕前なのよ」

「知らなかったわ。そんなに」

「菜子ちゃんは高校からだし、外国にいたから知らないわね」

初めて知る宮の一面だった。

颯爽とコート走る背丈の高い二宮は、まるで夏の申し子のように見えた。

夢のような時間だった。

それから菜子は他の男子にもペアを申し込まれて何度かコートに立ったが、だいぶコートに慣れて楽しむ事が出来た。

学生たちがわいわいと騒ぎながらテニスやおしゃべりに興じる。

なんと楽しいひと時か。


「ああ、楽しかったわね」

夕方になって、着替え室に戻って来た女子達はまだ興奮冷めやらぬ感じだった。

「クッキーがおいしかったけど、あれってハンドメイドよね。お持ち帰りしたいっていえばよかった」

「食いしん坊ね」

「だって、結構お腹すかない?」

「運動とダイエット、どっちを選ぶ?」

「それに、どなたかいい人はいて?」

「え?それ聞く?そうねえ~~~」男子の品定めが始まり、菜子は聞く方に回りながら着替えた。


すると、突如ドアがノックされて

「お嬢さん方、門が閉まる前に帰りますよ~~」

男子の声にみんな「はーい」と言ってカバンを持つ。

ドアを開けてそれぞれ外に出て、待ちかねている男子達と合流する。

遅れて出て来たのは二宮で、「津島さん、忘れ物があるらしいって。女官が言ってる」というので、びっくりした菜子は慌てて屋敷の中に入った。

さっきの着替え室に入ると、二宮もすっと入ってきて静かにドアを閉めた。

「あの・・・私。何を忘れたのでしょうか」

「嘘だ」

「え」

「だってそうでもしないと二人きりになれない」

宮のちょっとすねた顔に菜子は思わず笑ってしまった。

「この間の話、少し考えてくれた?」

菜子はためらったが、思い切って言った。

「私、お受けしたいと思います。あ、でもまだ両親は・・・」

「やった!」

つい、こぶしを作って声を上げた二宮ははっとしてひそひそという。

「本当にいいんだね」

「はい」

「やった!嬉しい。なんだかとっても嬉しい」

ひそひそ声なのに大きな身振りで喜びを表現する二宮に菜子は手話で答えた。

「それは手話?」

「そうです。あの・・あ・・愛という意味で」

「愛。愛だよ。そう。僕たちは愛し合ってる」

「でも、両親はまだ・・・」

「大丈夫。君がそう思ってくれるならそれで大丈夫」

「はい」

「今日から。たった今から菜子ちゃんは僕だけの菜子ちゃん。だね?」

「・・はい」

うつむいてそう答えるとふわっと大きな手が菜子の頭をぽんぽんとつついた。

驚いて体を固くした菜子の額にそっと宮はキスした。

「ありがとう」

体中の力が抜けそうになってよろめいた菜子は(倒れる!)と思った瞬間、宮の腕の中にいた。

「ほら、ドジっ子。行こう」

気が付くと、宮は菜子の手をとって扉を開けた。

その手は離されず、別れるまでずっと一緒だった。

誰もがそれを見ていたが、誰も何も言わなかった。

夏の夕暮れは茜色に染まっていた。



恋に恋する乙女の菜子ちゃんです。

19歳なんてそんなもんでしょう?

本気で結婚とか考えながら付き合う男女は少ないと思うんですけどね。

けれど、回りも暖かく見守っているところが本当に素晴らしいですよね。

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