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沈む皇室  作者: 弓張 月
11/16

千田ふきの衝撃告白 9

さあ、いよいよ千田ふきさんの告白が終わります。

やっとですね。


ふきが部屋に飛び込むと、美紀子はへたへたと座り込んでいるような感じで今にも倒れそうだった。

「美紀子!」

ふきは美紀子に飛びつき、娘を抱きしめ髪をかき上げハンカチで額の汗を拭いた。

美紀子は気を失いかけている。

「何がありましたの?」

「今、医師を呼んでおります」

宮内庁病院から医師が看護婦と共に入ってきたのは、それから数分後だった。

美紀子は長椅子に横たえられ、聴診器やら脈などを測られ、顔は土気色になっている。

「千田さんが倒れられたのですか」

静かにあとから入って来たのは、奥向きの最高職である万里小路侍従長だった。

「千田さんが倒れたと聞かれて、御上が大層ご心配されて私を使わしました」

「東宮様は」

ふきは思わず尋ねた。

未来の夫となる東宮がなぜ飛んでこないのか。

「東宮様は公務でお出ましになっていらっしゃいます」

感情のない言葉が帰って来た。

医師は一通り美紀子の診察を終えると

「脳貧血かと思われます。すぐによくなりますので、暫く安静になされば」

「では本日の授業はやめましょう」

と教授も言った。

ふきはほっとしたが、合点がいかない部分もあった。

美紀子は今まで脳貧血なの起こしたことはなかったのに。

「大事なくてよかった。それでは私は失礼します」

と万里小路が去ろうとした後ろ姿に、気づけば美紀子が起き上がって

「后宮さまは、私に血筋がない事以外に何がお気にいらないのですか」と叫んでいた。

顔は今も真っ青で、大きく息を切らしてもいた。

けれど、視線はしっかりと侍従長を見据えている。

ふきは「これ、美紀子」と叱りつけたが、美紀子は「いかがなんでしょう」

万里小路は振り返り、静かに答えた。

「后宮さまは千田さんについてお血筋の事に関しても、その他の事にしても、特に何もおっしゃっていません。后宮さまはそのような事はおっしゃいません」

「では、どうしてお会い下さらないのですか」

「千田さんはまだ民間人でいらっしゃいますので」

そして、万里小路は説得するように言った。

「皇族というのは、そのように喜怒哀楽を顔に出されません。どんなにお苦しくてもそのようなお顔はなさいませんし、まして人の悪口はおっしゃいません。千田さんも后宮様にお学び下さい」


侍従長は部屋を出て行った。

ふきは胸がどきどきする程震えていた。

まさか美紀子がここまで言うとは思わなかったのである。

婚約が内定した時からの騒ぎが走馬灯のようにくるくる回ってくる。

たかが手袋の長さが短かっただけで、まるで千田家は礼儀知らずのように言われた事。

家に電話が山のように来て、どれだけ多くの人が反対しているかわかったけど、東宮様は

「そのような雑音には耳を貸さないように」と自ら盾になって下さった。

しかし、世間というのは本当に冷たいもので、教会へ行ってもひそひそと陰口が聞こえてくる。

神聖な神の御前で人の悪口を言うなんて、なんて人なんだろう。

和泉も湯浅も姿を見せなく立った。和泉の妻は相変わらず仲良くはしてくれるが

「お気をつけなさいませ。美紀子さんの一挙手一投足が見られていますからね」と。

美紀子はしっかりとお妃教育を受け頑張っているのに、もはや誰もそれを認めてくれない。

先ほどの侍従長の言葉はあまりにも鋭い剣ではないか。


「とにかく今日はご自宅でお休みに」

医師と教授にそういわれた美紀子は頷いて、帰る支度をした。

ふきはその間に医師にそっと尋ねた。

「脳貧血というのは続くものなんですか?」

「低血圧だったりするとそうなりやすいので、朝はしっかりと召し上がって頂ければ。また自律神経とも色々関係があるようで。穏やかに過ごされるといいのですが、今は忙しいので無理でしょうね」

きちんと朝食は食べさせているのに、もしや精神的に参っているのでは。

ふきは美紀子が幸せになれるのかどうか心配でたまらなくなった。


その日は雲一つなくはれ上がっていた。

「お父様、お母さま、どうかお元気で」

美紀子は玄関で見送る家族へそう言葉をかけると、宮内庁差し回しの車で去っていった。

新調された五衣・唐衣・喪におすべらかしを結った美紀子は息を飲むように美しく、またローブ・デコルテで朝見の儀に臨んだ時は童話の中のお姫様のように輝いていた。

しかも大きな偽装馬車に乗ってパレードである。

滅多にない慶事に、国民は沸き返り、沿道を埋め尽くし、上品に手を振る美紀子を祝福した。

けれど、それからの30年以上の年月は、決してふきの思い通りにはいかなかった。


「最高の結婚と最適な結婚は違うのですよ。東宮様は本当に素晴らしい方でそれはもう、私どもも感謝しております。けれど、失ったものも多かったわ。

私達の美紀子が産んだ子供たちは孫で会って孫ではなく、滅多に会えない存在。そして私どもは決して帝に迎えてはもらえなかった。

あの頃、誰だったかが、「千田家が皇室に革命を起こす」と言いました。

それはいい意味での事よ。でもそうはならなかった。娘は心を患いやせ細って・・・それを考えると本当に最適な結婚だったのかと考えてしまいます。

私はカメラが好きだったの。散歩も旅行も。でも、あのマスコミが家の前に並ぶようになってからはカメラが大嫌いになりました。主人は美紀子の為だと言って、夜の誘いを全て断り、家族旅行すらせず、ひたすら家と会社を往復し、私もまた教会に通う事もやめ、屋敷のカーテンを閉めて外から見られないように暮らしてきました。

本当に何もかも約束が違いました。私は日記をつけていますけどね、それを公開したら困る人が100人は下らないでしょうね。でもいいの。そんな事もう言いません。恨みつらみも全部心にしまって私は天にめされるだけですわ」


・・・声を出して読み終わった彩君はなんとも言えない顔で雑誌をテーブルの上に置いた。

大瑠璃宮はふんと言って紅茶を飲んでいる。

雑誌には、今の后宮の「いじめられた事件」として

・手袋事件

・拾宮をマスコミに見せようと車の窓をあけた件

・外国へ行く后宮の見送りに行った時無視された事件

と書いてあったが、彩君は上の二つの件は知っていたけど、無視事件っていつの事かしら?と思った。

何より東宮の横にいた自分が気づかないはずはない。

后宮様は見送りの人には軽く首を下げただけだったけど、東宮妃を無視だなんて。

「全部でたらめに決まってるじゃないの」

大瑠璃宮は怒った口調で言った。

「こうやって昔の事を思い出していると、東宮様の結婚はしかけられたものだったと思うわね」

「そう・・・そうなのね。まあ、なんて恐ろしい。クリスチャンの宮内庁職員によって仕掛けられた結婚。だから私達が推した令嬢たちはダメだったんだわ。なんてことでしょう」

高砂宮妃の菊君もやっとわかったという顔をして言った。

「え・・お姉さまたち、そうなのかしら」

少し疎い春日宮家の千代君は不思議そうな顔をした。

「主犯は万里小路侍従長ね。あれもクリスチャン。それに拾宮の養育係だった松尾もその手よ。つまり東宮妃はGHQの意向と、カトリックの考える民主主義の下で作られた存在だったのだよ」

節君は重々しい口調で静かにそういったので、女性たちはみな黙ってしまった。

なんと怖い話だろうか。

沈黙があたりを包み、紅茶も冷え切ってしまっていた。

侍女が気を利かして新しいものを入れてくれたが、しかし、今になって真実を知った所でどうにもならないという絶望感が胸に迫ってくる。


「梅花宮様のおっしゃった通り、あの日でこの国も終わりだったのだわ」

菊君がそっと言った。

「まだ・・わかりませんよ。おば様方。元号が変わって新しい時代になるんですもの」

彩君は必死にお妃方を元気づけようとした。けれど、背中が曲がってしまった大瑠璃宮妃は言い返す元気もないようだった。

「あのころ、気づいても何もできなかった・・・そう何もね。だから可哀想な后宮・・いえ、大宮様は心を閉ざしてしまわれたのよ。彩君、これだけは話しておかなくてはね。大宮様の真実を」

大瑠璃宮妃は静かに語り始めた。

皇太子妃選定の裏に陰謀があった・・・という前提で書いています。

実際の結婚はお伽話のような夢物語ではありません。

千田家にとってこの結婚はステイタスとなり、さすがは千田家と言われるはずが「だから平民は」と言われ、何より千田家の当主が皇族との結婚をステイタスにしなかったわけです。

娘の先を思えばの事ですけど、夫人はそれが非常に遺憾だったのです。

誰にでもコンプレックスはあります。

「血」のコンプレックスを超えるには「学歴」という模範を示したのが東宮妃で、以後誰もがより高い学歴を持ち、よい企業に就職し・・・という高度経済成長期になっていくのです。



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更新ありがとうございます。この先も楽しみで楽しみでたまりません。
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