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沈む皇室  作者: 弓張 月
10/16

千田ふきの衝撃告白  8

今回もよろしくお願いします。

当時の雰囲気を描くのはなかなか大変な事で、色々調べまくっているんですけど、どうにも不満が残りますね。

けれど今は書くしかありません。よろしくお願いします。

大きな厚い扉がノックされた。

元々この御所は防空壕として造られたという。

地下1階や2階があるといい、どこにも重厚な壁がある。

けれど華やかさは全くない。

「どうぞ」と中から侍従長の声がした。

表御座所は、木の床がきれいに敷き詰められていて、一段上がった所に帝と后宮が椅子に座って並んでいた。

ふきも美紀子も目をそらして一定の位置まで進んだ。

「千田美紀子嬢と千田ご夫妻でございます」

侍従長の言葉が響く。

目で合図があり、修三は今までで一番の緊張感を持って言った。

「この、この度は東宮妃内定の思し召しを頂き恐悦至極にございます」

3人は揃って頭を下げた。

帝はにこにこしておられるようで

「東宮をよろしく」とおっしゃった。

后宮は「よくお仕えするように」とおっしゃった。

これで儀式は終わり。

3人は促されて真後ろに向いて部屋を出た。

(たった・・・これだけ?)

ふきはほとんど帝も后宮も見てない事に気づいた。

一体今、何が起きたの?どうなってるのか?

しかし、今来た道をどんどん侍従が進んでいく。知った顔などいるはずもなく3人は迷いの森に取り残されたような孤独感を覚えた。

「これから宮内庁の別室にて記者会見がございます。美紀子さんを真ん中にして上手にお父様、下手にお母さまがお座り下さい」


3人はただただ言われた通りにするしかなかった。

記者会見の間は新聞や雑誌の記者で埋め尽くされ、長椅子に置かれた大きなマイクロフォンが小さく見えるほどだった。

美紀子が入るとどよめきが起こり、そして椅子に座って記者会見が始まる。

「皇居に入ったのは初めてでございますか?」

「はい。今日が初めてございます」

「どんな印象をうけられましたか」

「さあ・・」と美紀子は口ごもった。何と言ったらいいのか。

「御門を入りましてから夢中でございましたので、何もよく思い出すことができませんけれど、とても木が多くてきれいだったという印象を受けたのを覚えております」

「(東宮様の)第一印象は?」

「さあ・・・清潔なお方だったという印象をお受けしたのを覚えております」

「東宮様のどういう所に魅力を?」

この質問が来た時、美紀子は少し目を鋭く見据え、これ以上の答えはないだろうというように語りだした。

「とてもご誠実でご立派で心からご信頼申し上げ、ご尊敬申し上げていかれる方だという所に魅力をお感じいたしました」

しかし次に「テニス以外のスポーツは好きか」と聞かれまた「さあ」と美紀子は答え「家でテレビを見る程度でございます」と答えた。

「趣味は」

「好きな音楽を聴いたり、それから絵を見たりすること。手芸、それからお散歩をすること」

美紀子の中でも多少はしまった・・・と思ったものの、仕方がない。

それでも記者たちにはかなり好印象で「ご結婚前なのにすでにお妃の風格をお持ちでいらっしゃいます」

と言われた。

美紀子の長い一日はこうやって終わった。


が。事はそれで終わらなかった。


翌日、宮内庁の広報室の電話は朝から鳴りっぱなしだった。

「なぜ民間からお妃を選んだんですか?あの千田さんというお嬢さんはドレスの着方もご存じないの?」

「手袋。手袋が短いじゃありませんか。あの方が東宮妃って本気なの?」

「家柄が違いますよ。だってあの方、記者会見にドレスですよ。風船みたいに膨らんだドレスで」

「皇室がこういう事でよろしいのですか?」

電話を取る度、同じ事ばかり言われ、職員達は驚くと同時に、何がどういけなかったのかさっぱりわからなかった。

しかし、宮中の奥ではすでにこれは問題になっていた。

后宮は美紀子に会った時に服装については何もおっしゃらなかった。帝もそう。

けれど、他の皇族や、旧皇族、親戚たちはそうはいかなかった。

ただでさえ民間から東宮妃というのは異常事態である。

何度もいうように東宮の妃はあくまでも皇族か五摂家のみ。先帝の生みの母君だって五摂家には及ばず、側室としての身分に甘んじた。けれど、有力な公家には違いなかったのに。

なにゆえに、平民の娘が自分たちの上に立とうというのか。


千田家が力を込めて作った美紀子のドレスは、「ハリウッド女優きどりの安物」と言われ、手袋が中途半端な長さで肌が見えていた事に「これはマナー違反である」とケチをつけたのだ。

どんなに宮内庁が「マナー的には問題がありません」と言っても、「素人では話にならない」と結構な権幕。


その日、元佐賀藩主の娘で元梅花宮惟子ばいかのみやゆいこは臣籍降下後は「梅花(ばいか)」姓をなのり、市井の市民となっていたが、御多分に漏れなく苦労ばかりしてきた。

宮妃だったプライドも今はズタズタに壊されていたが、それでも自分と皇室の絆は消えないと思って居たし、后宮とも仲がよかった。筆まめでしられたこの女性は、この日の日記に

「もうもう朝から御婚約発表でうめつくし、憤慨したり、なさけなく思ったり、色々。日本ももうだめだと考えた」と書いた。

あまりにも身分が違う。

身分が違うという事は育ちが違う。一見、同じだと思えた価値観が後々大きな禍根になりかねないのだ。

もしかすると皇室の歴史を変えられてしまうかもしれない。

惟子はそっと東宮を思い浮かべながら「遅く出来たお子で未来の帝と相当甘やかされたのね」と嘆くしかなかった。


千田家の電話も鳴り響いていた。

どうやって電話番号を調べたのか、

「結婚を諦めよ」

「結婚してはいけない」

「辞退しろ」ばかり。最後には電話線を外してしまおうかと思ったが、宮内庁との繋がりは電話だけである。ひたすら女中や運転手を電話の前に待機させ、美紀子は部屋に閉じこもった。

何がそんなにいけないのか。美紀子にはさっぱりわからなかった。

あのドレスは自分でもお気に入りの一品だし、手袋の長さなんてどうでもいい事ではないか。

それにかこつけて自分たちを貶めたいだけなのではないか。

ふきもそう考えていた。

世間ではテレビでもデパートでも「千田美紀子嬢 お妃決定」を寿ぐ言葉で埋め尽くされている。

「美紀子さんと同じドレスの作り方」が載った雑誌や「美紀子」を縮めてミッキーと呼ばれ、人形まで作られた。

それ程に国民の間には受け入れっられた美紀子だったが、古い人達によって民主主義の根幹を崩されてしまう。そう考えた。

ふきは真っ先に和泉に連絡を取り「これはどういう事なんですか?」と怒りの声で責め立てた。

最初は驚いて飛んできた和泉も段々足が遠のき、電話で「これは旧皇族や旧華族の連中のざれ言ですので、お気になさらず。そんな事よりこれから納采の儀や告期の儀がありますし、お妃教育が始まりますのでお忙しくなりますよ

」と深刻なふきの態度を一蹴した。


千田家はあっという間に日本中に顔を知られ、そしてまたもマスコミが毎日のように張り付く有様。

美紀子が東宮御所に召されたり、東宮とテニスをする度に写真をばしばし撮られ、本人はそれをどうとも思ってないようだったが、確かに一定の「奇妙な」空気が取り囲んでいるようだった。

あれほど千田家に顔を見せていた湯浅はこなくなり、和泉も「私はもうお役御免ですよ」とあまり相談にも乗ってくれなくなった。

突如、連絡は宮内庁の侍従職から一方的に来るようになり、ふきはお妃教育に通う美紀子について歩かなければならなかった。

翌年の週刊誌の表紙を飾ったのは美紀子の振袖姿で、千田家のリビングで草履をはいたまま撮影されたものだった。

公家の象徴、小袿がないので平民でも独身女性の最高の礼装、振袖を着たのだが、それはそれでまたも旧皇族らの攻撃の的となった。

戦後、初めて皇族への入内という事、そして相手は民間出身の女性という事で、結婚の儀の唐衣などは全て新調となり、ドレスもそしてティアラも、それに付随するアクセサリー一式が皇室から贈られる事となった。

納采の儀では「ローブ・デコルテ」や祝宴に着るドレスを作るように絹も下賜された。

その度に、千田家の周りは人で一杯になり、近所に心づけを与え随分と散財する結果となった。

「どうしてドレスを作るのですか?」

「皇室では全ての儀式で洋装が伝統でございます」

伝統と言われればそれで終わりだが、日本の伝統は着物ではないのか。

なぜ洋装じゃないといけないのだろう。

この国が世界に開かれてから、当時の后宮がおきめになったという事だけど時代が違うのでは?

お妃教育の間、ずっと美紀子は同じような事を考えていた。


それにしても、毎日皇居に通っているというのに帝にも后宮にも目通り一つ許されてはいなかった。

毎日のように来るいやがらせの電話や町のうわさで、后宮は「平民出身の東宮妃を嫌っている」という話が耳に入ってきた。

東宮に一度聞いてみたが「そんな事はないよ。后宮様はいつもにこにこと接して下さるし」とおっしゃる。

だったら世間一般によくあるように、家族同士の食事会などあってしかるべきなのではないか。

梶侍従がもっとも東宮に近い人なので、そんな話をしてみたけれど「先例がないのでどうでしょう」というばかり。

私は認められていない・・・そう考えると美紀子の胸は張り裂けそうになった。

どうして?私は努力している。大学の成績だってよかったし、それと血筋と何の関係が?


お妃教育が終盤になりかけていたころ、勉強している小部屋の前の椅子に座り、ふきはどんなに寒くても疲れてもずっと待ち続けていた。

そんな時だ、突如、がたんと音がしたと思うと、扉がばんと開き、

「侍医を!」叫んでいたのは教授だった。

「何かありましたの?」

「美紀子さんが倒れておしまいに」

ふきは慌てて部屋の中に飛び込んだ。


長かった千田ふきの告白も終盤になってきました。

「手袋事件」は相当な衝撃だったらしいです。

今思えば「ないなら作ればよかったのに」と思いますけど、そもそもロングドレスに手袋はどういう役割なのかという意識が欠けていたのではないかと思います。

最先端のおしゃれと伝統というのは相いれないものである。

「ハリウッド女優」とイギリス貴族は全然違いますので。

こういう価値観の違いがやがて大きな問題になっていくのです。

今後ともよろしくお願いします。

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