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【恋愛 異世界】

偉大なる大魔法使いの師匠の言葉

作者: 小雨川蛙

 

 青年の名前はこの世界では王の名前よりもよく知られていた。

 何せ、前人未到の偉業を次々に果たした偉大なる冒険者にして大魔法使いだから。

 疫病に苦しむ者が居ればその地に赴き特効薬を作る。

 竜に怯える人々が居ればその地に赴き竜を討伐する。

 干ばつで水が無くなれば雲を呼び雨を降らせる。

 彼は人々が不可能だと信じ切っていたものに挑み、そして必ず可能にしてしまうのだ。

 そんな彼はまさに生ける伝説であった。


 さて、そんな彼には一人の師匠が居た。

 王都の一等地に住む一人の魔法使いだ。

 さぞかし偉大な魔法使いなのかと思えばとんでもない。

 彼女は決して並みの魔法使いではないが、精々が上級魔法使いといったところだ。

 では、物を教えるのが上手いのかと思えばとんでもない。

「魔法? そんなもの見て覚えなさい。え? どうしてもわからない? そんな事、言われても困るよ。私は天才だから感じろとしか言えないわ」

 ……こんな調子である。

 それでも彼女の下に弟子入り志願をするものは多い。

 何せ、事実としてあの偉大な大魔法使いは彼女の下で育ったのだから。


 ある日。

「おや、珍しい」

 王都にある雑貨店にあの青年がやって来た。

「こんにちは」

「偉大なる英雄様がこんな小さなお店に何の用ですか?」

「やっ、やめてくださいよ。僕が来るたびにそんな事言って……」

 店主の茶化した言葉に青年は幼い頃に戻ったかのような調子で答える。

 そんな様子を見て店主は十数年前の頃を思い出す。

 乞食の子供を引き連れて一人の女魔法使いがやって来た日を。

 もうあれから随分と時間が過ぎて、あの乞食の名を誰もが知り、誰もがその姿に熱狂するようになった。

 しかし、昔馴染みの店主から見てみれば彼は昔と何一つ変わっていない。

 故にきっと、今日ここへ来た理由もまたいつもと同じだろう。

 そう予想しながら店主は尋ねた。

「それで何の用だい?」

「ん。えっと、いつもの貰えますか?」

「いつものって何だい?」

「からかわないでくださいよ……あの、師匠が好きなお酒です」

 やっぱりだ。

 そう思って店主はにやりと笑いながら女魔法使いが好きな酒を取り出す。

「いよいよ今日なのかい?」

 店主の言葉に青年は顔を赤くして俯く。

『ねえ、おじさん。やっぱり六つも歳が離れていたら恋愛対象にはならないのかな……』

 不安げな様子で聞いていた幼い少年の姿が思い出されて店主はにやにや笑いながら追撃をする。

「もう何度目だい? 今日こそはって意気込みながら結局何も言えずに戻ってきてよう」

「ほっといてくださいよ」

 ムッとしながら店主から酒を受け取りながら青年が言う。

 そんな様子を見つめながら店主は人の恋路を見つめるのは何でこんなにも面白いのだろうと趣味悪く笑う。

「一応忠告をしておくけどよ。あいつ、あれでも結構モテるからな」

 岩のように硬直する青年に店主はさらに告げた。

「俺には理解出来ないがよ。あの素っ気ない態度が良いって連中も多いんだ。こないだも町中で声をかけられていた姿を……」

「すみません、もう急いでいるので行きますね」


 慌てふためき店を去る青年の後姿を見つめながら店主は息を一つ吐き出した。

 彼が躍進を始めた頃に女魔法使いに問うたことがある。

『一体どんな修行をつけたんだ?』

 思い出の中の女魔法使いが答える。

『別に。一つの事を守らせただけだよ』

『それはなんだい?』

『自分が不可能だと思うことに挑戦し続けろ』

『不可能なこと?』

『豚もおだてりゃ木に登るなんて言葉があるが要はあれに近い』

『え、それじゃ、本当に何にも教えてねえじゃねえか』

『そうね。おまけに豚はおだてたって木には登らない』

 記憶の再生を打ち切って店主は呟く。

「自分が不可能だって思うことに挑戦し続ける」

 考えてみればこれほど分かりやすい修行方法はない。

 自分の限界は自分が一番良く分かっている。

 それは同時に『自分が超えるべき限界』を見極めることが出来るという意味でもある。

「クリアまでのあと一歩があまりにも遠く感じて皆辞めちまうんだよなぁ」

 店主は声を漏らすと大きく息を吐き、聞こえるはずもないのに女魔法使いに向けて言った。

「だけどよ。あんたの例えた豚はもう木に登っちまったぞ」

 輝かしい青年の功績を思い出しながら店主は伸びをする。

「その内、あの豚は空だって飛んじまうかもな」


 その日。

 偉大なる魔法使いが想い人に遂に告白をした。

 その結果がどうなったか。

 気になるようなら、今度店主に聞いてみるといい。


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