第32踊 見てて、僕たちの軌跡
最初の勝利が僕たちを勢いづけていた。
続く3組戦、5組戦も順調に進み、それぞれ4-0、5-0で圧勝。
これでいよいよあと一勝で優勝というところまで来た。
残された試合は1組戦。
野球部が多く所属する優勝候補との対戦だ。
ここまでの戦績からしても、苦戦は避けられないだろう。
試合前の待機時間、ふと気になってバレーボールの方はどうなったのだろうかと考えていると、ちょうど宮本さんと平野さんがやってきた。
「片桐くん、今日は敵同士だね!悪いけど1組を応援させてもらうよ」
宮本さんは少し申し訳なさそうに言った。
「片桐くんとついでにヒロキング、健闘を祈る」
平野さんはいつも通り軽い口調だ。
「なんで俺がいつもついでなんだよ!」
ヒロキングがツッコむ。
彼女たちは笑いながら立ち去った。
なんてことないいつものやり取りなのに、心が軽くなった気がした。
だが、気づくと視線を感じる。
振り返ると、1組の男子がこちらを見ていた。
前に牽制してきた彼だ。
こちらを睨むようにしながら、ゆっくりと近づいてきた。
「お前って宮本や平野のなんなの?」
彼は開口一番、ぶっきらぼうにそう言った。
ずいぶん喧嘩腰だなと思いつつも、僕は冷静に答えた。
「仲のいい友達かな」
その言葉を聞いて彼はさらに苛立った様子を見せた。
「勘違いすんなよ。お前はあいつらに相応しくない」
その言葉に、心の奥がズキリと痛む。
確かに、僕自身もそう思う部分があるからだろうか。
「あぁ、すまない」
思わずそう謝ってしまった。
だが、横から別の声が飛んできた。
「お前こそ相応しくねぇよ」
ヒロキングだ。
いつの間にか隣に来ていた。
「片桐はお前より全然魅力的だ。お前なんかよりよっぽど頼れる男だよ。しかも試合じゃお前に勝つ。可哀想にな!」
ヒロキングはわざとらしく挑発的に笑う。
「てめぇら、調子乗ってんじゃねぇぞ。試合でボコボコにしてやらぁ」
彼は吐き捨てるように言い残して去っていった。
「片桐、負けられねぇな」
ヒロキングがにやりと笑う。
「あぁ、絶対勝つぞ」
僕も笑って答えた。
心の中で湧き上がる感謝とともに。
しばらくすると、高塚さんたちバレーボールチームも応援に来てくれた。
「片桐、必ず勝て!」
高塚さんは拳を握りしめ、力強く言う。
「あぁ、負けるつもりは無いよ。バレーボールの方はどうだった?」
「私たちも1組に勝てれば優勝ってところ。今3年生が優勝決定戦してて、そのあと2年生、1年生って感じで時間あるから応援に来た」
どうやらバレーボールも順調に勝ち進んでいるらしい。
さすが、高塚さん率いるチームだ。
そして、いよいよ試合開始時刻となった。
僕らは後攻となった。
1組は初回から攻めてきた。
1アウトを取ったあと、野球部の実力を見せつけるようにクリーンヒットを打たれ、さらにランナーをためてしまう。
そして迎えた4番バッターは、例の絡んできた彼だった。
「来いよ、打ち込んでやる」
挑発するように構える彼。
宮本さんや平野さんたちの応援する声に反応するくらい余裕をかましていた。
僕らは必死に守備体制を整えたが、結果はタイムリーツーベースヒット。
2点を先制される。
彼は塁上で宮本さんと平野さんたちにアピールしていた。
その後なんとか追加点を防ぎ、僕たちの攻撃へ。
1点でも返しておきたい。
そんな気持ちでバットを握る。
「片桐、頼んだぞ!」
ヒロキングが声をかけてくれた。
「任せろ」
気持ちを込めて振ったバットは、見事ヒット。
ランナーとして出塁し、さらに次の打者ヒロキングがタイムリーツーベースヒットを放った。
これで1点を返し、2-1。
まだ試合はわからない。
その後は両チームとも一進一退の攻防を繰り広げたが、なかなか点が入らないまま試合は進む。
そして、ついに最終回、3回の裏を迎えた。
相手ピッチャーは接戦の焦りからか、苛立った様子を見せていた。
そしてそれが響いたのか、先頭打者にデッドボールを与えてしまう。
しかし、続くバッターはしっかり三振に抑えられていた。
僕の打席が回ってきた。
相手の視線が刺さる中、なんとしてでも塁に出たい。
緊張感で体にグッと力が入る。
「片桐、ここで打つのが男だろ!でも俺の見せ場も残しといてくれよ!」
「片桐くんお願い!」
ヒロキングやクラスの声援が聞こえる。
「片桐、楽しんでこい!お前のこと私がちゃんと見てるから」
高塚さんの声が聞こえて、強ばった体から力がすっと抜けた。
「ちゃんと見てるから」か。
僕は思わず笑ってしまった。
彼女の方を見て、僕はそっと唇を動かした。
「見てて」
僕は初球を狙って力強くバットを振り抜いた。
打球は見事にセンター前へ。
ランナーは一気に三塁へ進み、同点のチャンスを作った。
続くバッターはヒロキング。
この場面で彼ならやってくれると信じていた。
ヒロキングは豪快なスイングでボールを叩いた。
打球は大きな弧を描き、外野手の頭上を越える。
三塁ランナーがホームに帰り、僕も全力で走る。
タイミング的にギャンブルになるかもしれない。
だが、このチャンスを逃したらおそらく勝てないだろう。
僕はヘッドスライディングをしてホームに飛び込んだ。
「セーフ!」
審判の声が響き渡り、サヨナラ勝利が決定した。
ヒロキングが打ったタイムリーツーベースで、僕たちは逆転優勝を果たしたのだ。
ヒロキングが僕の背中を叩きながら笑った。
「片桐、お前、最高だな!」
「いや、ヒロキングのおかげだよ」
試合後、僕たちは喜びと安堵の中、仲間たちの元へ戻った。
高塚さんたちが満面の笑みで迎えてくれた。
「やるじゃん、片桐!優勝おめでとう!ちゃんと見てたよ」
高塚さんは僕に近づき、拳を突き出してきた。
「あぁ、ありがとう」
僕も拳を軽く合わせる。
「片桐、お前、ヒーローだったぞ!」
ヒロキングがふざけて僕の肩を叩きながら笑う。
「いや、それを言うならお前だろ。最後の一打、痺れたよ」
僕が返すと、ヒロキングは照れくさそうに笑った。
その様子を見ていたのか宮本さんと平野さんが近づいてきて笑っていた。
「何照れてんの、ヒロキング。まあ、あんたたちも頑張ったわね。おめでとう」
宮本さんも拍手をしながら言った。
「本当におめでとう。最後の逆転劇、見てて興奮したよ!敵ながらおめでとう!」
「ありがとう、宮本さん、平野さん。次はバレーボールの番だな。どっちが優勝するか、楽しみにしてる」
僕がそう言うと、高塚さんが意気込むように言葉を返す。
「当然、私たちが勝つに決まってるでしょ!でも応援は期待してるからね、片桐」
「あぁ、もちろんだよ。みんなで応援に行くよ。優勝決定戦、全力で頑張れ!」
僕たちは自然と笑顔になり、バレーボールの応援に向かう準備を始めた。
ソフトボールの試合で得た熱をそのままに、次は高塚さんたちが輝く番だ。
クラスマッチの熱気はまだまだ続く。
僕たちはそれぞれの想いを胸に、次の戦いに向かって進むのだった。




