第15踊 平野佳奈と夜のお散歩デート?
僕の声に気がついたのだろう。平野さんは駆け足で近づいてきた。
「おや、片桐くんじゃん!こんなところに一人でどうしたの?」
彼女の明るい声に、夜の静寂が少しだけ和らぐ。
「それはこっちのセリフだよ、平野さん。僕は少し夜風にあたりたくてね。それにしても、平野さんが一人って珍しいね」
平野さんはいつも誰かと一緒にいる印象がある。クラスでもグループの中心にいるタイプだろう。
「奇遇だねぇ。私も夜風に当たりたくなっちゃったのだよ」
平野さんはいたずらっぽく微笑んだ。
その笑顔は人懐っこくて、見ているだけで自然と安心感を覚える。
「片桐くん、ちょっと一緒に歩こっか?」
「あぁ、いいよ」
僕らは二人並んでフラワーパークの小道をゆっくり歩き始めた。
昼間の騒がしさが嘘のように静まり返り、時折そよぐ夜風が心地よい。
僕たちは昼間のカレー作りやウォークラリーの思い出を語り合いながら、何度も笑い合った。
「ねぇ、高塚さんって料理上手でビックリしたよ〜!私なんて全然ダメダメだからさぁ」
平野さんは「てへへ」と照れ笑いを浮かべながら話す。
その仕草が妙に愛らしく見えた。
「だってさ、私この前目玉焼きを作ったら卵をフライパンごと落としちゃってさ!」
「……それはなかなか器用だね」
「でしょ〜!だから高塚さんがあんなに手際良くカレーを作ってるのを見て、すごーいって感動しちゃった!」
平野さんは楽しそうに話す。その無邪気さに僕も思わず笑みがこぼれた。
ふと、僕は女の子と二人きりで歩いているという事実に気づいた。
それが妙に意識されて、胸の鼓動が急に速くなる。
「ねぇ、片桐くん、聞いてる?」
僕が黙り込んでいるのに気づいたのだろう。
平野さんが前かがみになり、僕の顔を覗き込んできた。
鼻腔をくすぐる甘い香りが、さらに僕を意識させる。
「あ、あぁ。聞いてるよ」
つとめて冷静を装って答えたが、自分の声が少し上ずっているのが分かる。
こんなところを高塚さんに見られたら蹴られるだけじゃ済まなさそうだ。
そんなことを考えていると、平野さんが指摘してきた。
「ねぇ、今私と話してるのに他の女の子のこと考えてたでしょ!ダメだぞ〜?」
「……なぜ分かった?」
冗談めかして返したつもりだったが、平野さんはぷくっと頬を膨らませて怒ったふりをしてみせる。
「ふふっ、私人間観察は得意だからさ、分かっちゃうんだよ。その人のこころがさ」
平野さんは楽しそうに笑いながら、さらりとそんなことを言う。
「例えば、ヒロキング!彼って王様気取りだけど、本当はみんなに求められてる役割を演じてるだけだよね。彼自身の素は多分全然違うと思うよ」
僕は驚いた。
この短時間の付き合いで、彼女はヒロキングの本質をここまで見抜いているのか?
「ねぇ、急にまともなこと言ってビックリしたでしょ?」
平野さんは僕の反応が面白いのか、ケラケラと笑う。
天然なようでいて、彼女の洞察力は侮れない。
「片桐くん、さっきドキドキしてたでしょ?」
「……いや。してない」
「本当かなぁ〜?」
平野さんは再び前かがみになり、僕の顔を覗き込む。
その仕草が可愛らしい反面、僕の鼓動をさらに加速させた。
堪らず僕は正直に言った。
「すごくドキドキしてる」
「……ッ、面と向かって言わないでよバカ!」
なぜか平野さんが恥ずかしがる。
それが不思議で、少し面白い。
彼女の頬がほんのり赤くなっているのは、きっと夜風のせいだろう。
平野さんは僕から少し距離をとり、大きく深呼吸をしてから再び口を開いた。
「つまりね、私は人の心が分かるんだよ。良くも悪くもね。だから誰の味方もしないし、応援もしない。でも……君の味方だけはしてあげるから!」
そう言い切る彼女の表情は、いたずらっぽい笑顔ではなく、どこか真剣だった。
「ありがとう。頼りにしてるよ」
僕はその言葉に嘘偽りのない感謝を込めた。平野さんはただの天然ではない。
彼女は本当によく人を見ている。
「さて、そろそろ帰ろっか」
「そうだね」
僕たちは宿泊施設に向かって歩き始めた。遠くからロビーの明かりが見えてくる。
ロビーに入ると、そこには高塚さんと宮本さんがいた。
僕が平野さんと二人でいるのが珍しかったのだろう、二人は驚いた表情を浮かべている。
「佳奈ちゃんが片桐くんと二人でいるなんて珍しいね。気づいたらいなくなってたけど、どこ行ってたの?」
宮本さんの問いに、平野さんは僕を一度振り返って微笑む。
「えっとね、内緒だよ〜」
平野さんは、そのまま女子宿泊棟へ逃げていった。
「待ってよ、佳奈ちゃ〜ん!」
宮本さんもその後を追いかけて走り去っていく。
残された高塚さんは、僕を疑わしげな目で見ていた。
「たまたま会っただけだよ」
「……そう。ならいいけど」
高塚さんはあまり納得していない様子だったが、それ以上は何も言わずに自分の宿泊棟へ向かった。
「おやすみ、高塚さん!」
僕がそう声をかけると、彼女は少しビクッとしたが、振り返らずに一言だけ返してくる。
「お、おやすみ……片桐」
高塚さんの背中が見えなくなってから、僕は静かに自分の部屋へ戻った。
今日という一日は特別だった。
こんな日も悪くないな。
そう思いながら、僕は布団に潜り込む。
明日のカヌー体験が楽しみだ。早く寝ないとね。
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