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第115踊 全部下ネタに聞こえるときがある

「じゃあ…私からするね」


佳奈にそう言われて、僕は口をキュッと結び、目を閉じた。時間感覚がおかしくなっている。1秒が1分に感じる。僕はどれだけの時間目をつむっているのだろうか。


「秋渡?はやくしてよー」


佳奈の急かすような声が聞こえる。

あれ?佳奈からするんじゃなかったっけ。

まぁ、佳奈も女の子だし恥ずかしかったのかもしれない。ここは男の僕からいくべきだろう。


「わ、わかった…」


ごくりと生唾を飲み込んだ。

僕は高鳴る胸の鼓動を感じながらゆっくり口元を近づけた。


近づけた――――が、そこにあるはずの、そこいるはずの佳奈はそこにはいなかった。


「ん?…あはは!何やってるの秋渡ー!鳩のモノマネ?クルックーて。変なのー」


正面というよりやや下方向から笑い声が聞こえた。

恐る恐る目を開け、僕は衝撃をうけた。

佳奈は地面に座って足を大きく開いて柔軟の体勢でケラケラ笑っていたのだ。

それもなんの邪な感情もないピュアな笑顔で。


「もう…あんまり笑わかさないでよ…ふふっ。そんなことより、鳩さん早く背中押してよー」


佳奈が笑いを堪えながらもどこか急かすように言う。


えーと、キスする流れじゃなかったっけ。

ひとりで勝手にドキドキしてたってこと?

え、もしかしてまた佳奈にからかわれた?


「ねぇー秋渡ー、はやくはやくー」


待ち遠しいのか佳奈は僕を呼びながらじたばたしている。無邪気に笑う横顔はまるで子供のようだ。

僕は邪な感情を振り払うように首を横に振った。

よし、気持ちのリセットは完了だ。


「そのまま押せばいいのか?」


「そうそう、よろしくねー」


いざ背中を押そうと手を近づけて思いとどまる。こんなに軽々しく女の子に触っていいのだろうか。


しかも練習着でTシャツ1枚でしか防護できていない体に。体制によってはTシャツが体に張り付くから…それもうほぼ直接触ってるようなものじゃないか!


などと邪な考えが頭を支配していた。全然リセットされていなかったようだ。

だがあまり時間をかけすぎてると変に怪しまれ、からかわれるのがオチだ。


これは柔軟のお手伝いだ、何もやましいことでは無い。

僕はそう自分に言い聞かせ、佳奈の背中にそっと手を添えた。


服越しではあるけども人肌の温もりを感じる。そして触ってみてわかったことだが、やはり男と違って柔らかく華奢な体だ。佳奈も鍛えている方だが、やはり体の作りが異なると感じた。


佳奈の支持する方へ背中を押してあげた。

佳奈は身体が柔らかい方なのか、押せば押すほど横たわっていく。


「おぉ~!体柔らかいんだな!」


「えへへ~!私の自慢のひとつだね!といってもこれくらいが限界だけどねって、ちょっと、ダメっ…それ以上は…あっ…秋渡…」


どんどん横たわっていくのがなんだか楽しくて話半分で佳奈の背中をぐいぐい推し続けていた。

佳奈の喘ぎ声で我に返り直ぐに手を離して押すのを辞めた。


「ご、ごめん!つい押すのが楽しくて」


「はぁはぁ…ちょっと、押しすぎだよ…逝っちゃうとこだったじゃん…」


佳奈ははぁはぁと息をしながら僕を見つめた。

申し訳ないという気持ちもあるが、なんだかそんな佳奈がエロく見えてしまう。


多分今日の僕は煩悩に支配されている。

全部それっぽく聞こえてしまう。


「次は秋渡の番だから」


佳奈がまるで仕返しを企む子供のように笑いながら僕に言った。


「お、お手柔らかに頼むよ」


僕がそうお願いすると、佳奈はにやりと唇を吊り上げる。


「ふふん、どうかな~無理やりされちゃったしねー」


僕は観念して座り込み、足を大きく開いて柔軟の体勢をとる。地面の冷たさと、自分の心臓の高鳴りとが妙に混ざり合って落ち着かない。


その背中に、すっと柔らかい手が添えられた。


「秋渡の背中、大きいね。それに…すっごく硬い」


……いやいやいや。

柔軟の感想だってわかってる。わかってるのに、今日の僕の脳内は完全に下ネタ変換装置になっていた。


ちょっと待て、“硬い”って…!


頭の中で警報が鳴り響く。そんな僕の混乱を知ってか知らずか、佳奈はさらに追い打ちをかける。


ぴとっ。


「か、佳奈!?」


背中に柔らかな感触が密着する。佳奈が僕の背中に身体を預けてきたのだ。


「へへっ、今日の私の特権だよー」


耳元で楽しげに笑う声。くすぐったいのに、どこか甘い。


ちょ、これ、完全にアウトだろ!? 

背中に柔らかいの当たってる、当たってるんだけど!

柔軟どころか硬化しちゃうよ!


冷静でいようと必死に自分に言い聞かせるが、鼓動はどんどん早くなる。柔軟どころじゃない。むしろ別の意味で限界が近い。


だが、そんな時間は長くは続かなかった。


「ちょっと、なにやってんのよ!」


「さすがにちょっとずるすぎ!」


甲高い声が響いたかと思うと、視界の端に影が二つ。小柄な咲乃と、僕とほぼ同じ背丈の千穂が息を弾ませながら走ってきた。


「えっ、さ、咲乃!? 千穂まで!?」


僕が慌てて声を上げると、佳奈は「やばっ」と小さくつぶやき、僕の背中から慌てて離れた。


咲乃はぷくーっと頬を膨らませ、千穂は腕を組んでジト目を向けてくる。


「……秋渡、顔真っ赤じゃん。なにされてたの?」


「ずるいよ佳奈! 私たちも混ぜてよ!」


「あははー、ただの準備体操だよー」


佳奈は笑ってごまかそうとするが、もちろん通じない。

僕はといえば煩悩と動揺で頭がフル回転。


え、これって修羅場ってやつ!? いや、違うよね!? ただの柔軟だよね!?


練習の手伝いに来たのになんだか間違えて修羅場へ来てしまった気分だ。


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