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第99踊 部活対抗リレーは意地と意地のぶつかり合い

部活対抗リレー。


クラスメイト同士が協力して走ったクラス対抗リレーとは違い、今度は、部活動の看板を背負った真剣勝負。


グラウンドの空気がピリリと張り詰める。

点数はつかない。けれど、それぞれの部活が誇りを懸けて走るこのリレーは、ある意味で“本番”だった。


「ヒエラルキー的に、あの部活には負けられない」とか、「去年の雪辱を果たす!」とか、妙な火花が、競技開始前から飛び散っている。


出場するのは、野球部、サッカー部、バスケ部、陸上部、テニス部、そして――我らが弓道部。


「…どう見てもウチだけ浮いてるよなぁ…」


入場口に集まったメンバーを見渡し、僕、片桐秋渡は、袴の裾を見てそっとため息をついた。


他の部活が、野球のユニフォームやジャージ、サッカーやバスケ、陸上のピチッとした動きやすそうな服で登場する中、僕たち弓道部は、まさかの正装・袴姿である。


足元だけは、さすがに運動靴にしているが、それにしても袴は走るには不向きすぎる。


「……あの、天使先生。本当にこれで行くんですか?」


控えめに聞いたが、担任で顧問でもある天使先生は、にっこりと笑って言った。


「当たり前でしょ!弓道部は美しくなければならないの!」


……正直、勝てる気がしない。


けれど、今さら泣き言を言っても仕方がない。

集合がかかり、チームごとに整列して入場する。


「はい、最終確認するよ」


袴を翻して現れたのは、弓道部部長・矢野由美先輩。

いつもの少し抜けてるふわふわした天然な雰囲気とはうって変わって、リレーが近づくと目の奥がスッと鋭くなる。


(……このギャップ、やっぱすごいよな)


集中したときの由美先輩は、まるで試合前の射場のような緊張感を纏っていた。


「1走、咲乃ちゃん。2走、後藤くん。3走、雅。4走、秋…ゴホン……片桐くん。そしてアンカーは私」


なぜ咳き込んだのかは気にもとめず、その声に、みんなが静かに頷いた。


「走る練習……してないけど……まあ、やるしかないよね」


静かに隣で呟いたのは、3走の古川雅先輩。

いつも無気力で、何を考えているか分からないダウナーな先輩だ。


「足引っ張ったら…ごめんね。片桐くん」


「もしそうなっても、古川先輩の分は僕が取り返します」


「ふふ……そっか。期待してる」


どこか影のある微笑みと共に、古川先輩は目を細めた。


そして、先導に従って入場。

グラウンドの中央に立つと、周囲から一斉に視線が集まる。


「袴!?」

「弓道部本気かよ!」

「風で舞ってるの可愛い…」


注目されている、ってわかる。

だけど、もう腹を括るしかない。


各部の第1走者がスタートラインに並ぶ。


弓道部は、咲乃。

そしてもうひとり見慣れた顔がいた。

バスケ部のユニフォームを着た千穂だ。


咲乃と千穂は、クラス内でとても仲が良い。

だけど、今この瞬間――互いに火花を散らしていた。


「千穂。今日だけは容赦しないから」


「ふふ、私も。咲乃には負けたくないもん」


互いのシューズのつま先が軽く触れる。


スターターピストルが鳴った瞬間、空気が張り裂けるように、6人が飛び出した。


咲乃の袴が風を切る。


普通に考えれば、圧倒的に不利な衣装。けれど咲乃は食らいついた。

一方千穂はバスケ部の走り込みで鍛えた脚力を存分に活かして先行する。


だが、咲乃の目は燃えていた。


「千穂には……負けたくないっ!」


仲良しだからこそ、負けられない。

同じクラスで、もしかしたら同じ人を意識しているのかもしれない。

そんな想いが咲乃の背中を押す。


千穂の背中を追いながら、咲乃は必死に腕を振る。


袴がもつれないように、少し内股気味に脚を運ぶ。

短い距離を、咲乃はまっすぐに走り抜けた。


「はいっ!」


力を込めて、後藤くんへバトンを渡す。


千穂が先行し、あとは混戦でほとんど横並びだった。

テニス部、サッカー部、野球部、陸上部に対して混戦できるほど咲乃は頑張っていた。


無言でバトンを受け取った後藤くんは、淡々と走り出す。


「…………」


相変わらず物静かで無口だけど、フォームは綺麗で無駄がない。

普段、あまり人と関わらずに黙って弓を引いている後藤くん。


けれど、その内に秘めた闘志は、走り出せば確かに存在していた。


1人、2人――


後藤くんは、サッカー部と野球部を抜き去る。


袴の裾が風に流れるたびに、観客から「うおぉ」と歓声が上がる。


彼の前を走るのは、テニス部と陸上部、そしてバスケ部だ。



「……後藤くん、やるじゃん。それならクラス対抗リレー出てくれても良かったのに」


そういいつつ先にバトンを貰って前方を走るのは、テニス部の麻里子。


後藤くんは、彼女の走る姿をちらりと確認し、次に託すように、最後の力を振り絞った。


「古川先輩……あとお願いします」


後藤くんはバトンを差し出す。


「ふわぁ……はじまっちゃったか」


バトンを受け取った古川先輩は、相変わらず覇気のない表情だった。

それでも、スッと前を見据える目には、何かが宿っていた。


「由美ちゃんのために……ちょっと本気だす」


小さく呟き、古川先輩は走り出す。


長い黒髪がふわりと舞う。

普段は気だるげなのに、今日の動きはキレがあった。風を切るように素早く駆け抜けていく。


バスケ部をすごい速さで横から追い抜いた。

2位を走る麻里子との差は、ほんの数メートルだ。

その背中をじりじりと詰めていく。


「はぁっ、そんなに来る!? 私ちゃんと走ってるのに!」


麻里子は歓声から異変を感じたのか少し振り向いて、驚いたように声を上げる。


「ふふ…麻里子ちゃんだっけ?意外と足……遅い?」


「言ったな~! 負けないよっ!」


会話しながら、どちらも本気。


観客がどよめくほどの熱戦。


……だが、距離が足りなかった。


バトンゾーン直前、古川先輩はわずかに届かず、2メートルの差を残したまま、僕にバトンを託す。


「私の分……取り返してね」



第4走者にはヒロキングや佳奈がいた。

それぞれテニス部と陸上部の若手のエース。

実力は折り紙つきだ。


「こういうの、久しぶりだな。負けないぞ、片桐。先に行くが追いついてこいよ」


そう言って、ヒロキングはニカッと笑う。

彼の笑顔は、まっすぐで、まぶしくて、嫌味がない。


「秋渡と走れるなんて楽しみ! 一緒に風になろうよ!気持ちいいよ?」


佳奈がそう言ってウィンクしてバトンを受けとり走り出す。

それに続いてヒロキングが走る。


「――ああ。追いつくよ」


自分でも意外なほど、声がはっきり出た。


古川先輩からバトンを受けとり走り出す。


袴の重みなんて忘れてしまうほど、今だけは軽かった。

追いつきたいと心から思った。


だけど、現実は甘くない。


じりじりと、距離が空いていく。

やはりヒロキングと佳奈はとてつもなく速い。

でも僕は諦めてはいなかった。


「……まだ、いける」


今までの自分なら、ここで諦めていたかもしれない。


でも――


『ま、どうせなら本気で勝ちにいきましょ!』


リレーメンバーが決まった日、あのときの由美先輩の声が、今も脳裏に焼きついていた。

そしてここまでバトンを繋げてくれた咲乃、後藤くん、古川先輩。

彼らの想いを僕が今、由美先輩に伝えに行かなきゃ。


「まだやれる!」


袴をかき分け、脚を強く前に出す。


もう限界、と思ったその先に、さらに一歩。

届くまで彼らの背中に手を伸ばし続けろ。

歯を食いしばって、僕はバトンゾーンへと突入した。


「――由美先輩っ、頼みます!」


俺が必死に渡したバトンを、由美先輩は静かに、だけど力強く受け取った。


「ありがと。ここからは私の番だね」


ぱちん、と音を立てるよう彼女は走り出す。

今の彼女は、完全にスイッチが入っていた。

まるで、的を狙う時のような静寂をまとっている。

次の瞬間、爆発的な加速で地を蹴った。


「うおっ!? あれ、速くね?」


「袴で!? どうなってんの!?」


観客のどよめきを背に、由美先輩は一直線に走る。

ポニーテールを揺らしながら、颯爽とテニス部のアンカーを抜いていく。


そして目の前には、陸上部のアンカー。

あと少し。あと一歩。


(咲乃ちゃんや後藤くんや雅。それに片桐くん……秋渡くんが……つないでくれたから)


心の中で呟くようにして、由美先輩は走り続ける。


たとえ追いつけなくても、絶対に――その背中を見失わない。


ゴールテープが迫る。


最後の一歩を、袴のまま、力強く踏み出した――!


結果は――



1位:陸上部

2位:弓道部

3位:テニス部

4位:サッカー部

5位:バスケ部

6位:野球部


だけど、不思議と悔しくなかった。


袴で走って2位――立派すぎる。


「……がんばったな」


後藤くんがぼそっと呟くと、咲乃が「うん。みんな頑張ったよ!」とにっこり微笑んだ。


「もうちょっと……距離があったら…麻里子ちゃん…抜けたのにな」


古川先輩が隣で、風に髪をなびかせながらぼんやり言う。


「ほんとだよ!古川さんだっけ?速すぎだよっ!」


麻里子が笑いながら近づいてきて、古川先輩と軽くグータッチをする。

走ってる間になんか友情的なのが芽生えたのか?


「結果はどうであれ、楽しかったね!」


由美先輩がそう呟いた瞬間――僕たちは、心から同じことを思っていた。

そんな青春の一幕が、今日という一日に、確かに刻まれていた。

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