第9踊 やはり片桐秋渡は蹴られている
4月の2週目、火曜日。
今日は宮本さんに放送委員の仕事に来るように誘われた(というより、誘導された)日だ。
正直、なぜ僕ばかりが毎日こんな調子なのかと思わなくもないが、断る度胸もない。
朝の教室でぼんやりと物思いにふけっていると、隣の席のヒロキングが話しかけてきた。
いつもの電車で見かけなかったが、どうやら早起きしていたらしい。
「片桐、おはよう!部活動見学どうだった?いい部活見つかったか?」
「おはよう、ヒロキング。弓道部に入ろうかと思ってるよ。ヒロキングは?」
僕の答えに少し驚いた様子を見せたヒロキングは、すぐに笑顔を浮かべて言った。
「弓道部か~、片桐らしい選択だな!てっきり何やかんやでテニス部に来ると思ってたのに。でもいいじゃん。俺はテニス部確定だ。今日から朝練にも参加してる!」
なるほど、だからいつもの電車に乗ってなかったのか。
まだ部活動の決定期限まで一週間あるというのに、もう活動を始めるとは恐るべき行動力だ。
僕らはその後、他愛もない話をしてHRまでの時間を潰した。
天使先生が教室に入り、HRが始まり、午前中の授業が進んでいく。
ふと高塚さんの様子が気になり、教室の隅で考え事をしている彼女をちらりと見た。
おそらく部活動のことで悩んでいるのだろう。
ちなみにヒロキングは教科書に隠れて器用に寝ていた。
やがて昼休みになり、僕はお弁当袋を手に放送室へ向かった。
途中で高塚さんがどうするのか気になったが、彼女は教室で一人静かに座っていた。
放送室に着くと、鍵はすでに開いていて、中から人の気配がした。
どうやら宮本さんたちが先に来ているらしい。
少し深呼吸をして扉を開けると、宮本さんともう一人の女の子が撮影スタジオの机でお弁当の準備をしていた。
僕が入ってくると、宮本さんが明るい声を上げた。
「やっと来たね、片桐くん!紹介するね、こっちは同じクラスの佳奈ちゃん」
「はじめまして、平野佳奈です」
「はじめまして、片桐秋渡です」
平野さんは揺れるポニーテールと健康的な小麦色の肌が印象的で、どこかスポーティな雰囲気をまとった女の子だった。
笑顔が人懐っこく、すぐに誰とでも打ち解けそうだ。
宮本さんによると、彼女は中学時代から陸上部に所属し、高校でも陸上部に入る予定だという。
「ところで片桐くん!」
宮本さんが悪戯っぽい笑顔を浮かべながら言った。
「なんで普通に自己紹介してるのかなぁ?そこは『カタギリデス』でしょ!」
その言葉とともに肘でドスドスと小突いてくる宮本さん。
甘い香りがふわりと漂ってきて、心臓が妙に早くなる。
だが、その心地よさは一瞬で吹き飛ばされた。
足元に鋭い痛みが走る。
振り返ると、そこには冷たい目をした高塚さんが立っていた。
「足蹴るのはいいけど、もう少し優しくしてくれないかな……」
思わずつぶやいた僕の言葉に、宮本さんも驚いた顔をして高塚さんを見ている。
「なんでここにいるの?」
「私も放送委員だから片桐について来ただけ。別に深い意味はないけど」
高塚さんは冷たく言い放つと、僕の隣を通り過ぎて静かに座る。
その様子に、宮本さんがすかさず声を上げた。
「咲乃ちゃんも一緒にお昼食べよ!片桐くんもはやくはやく!」
この前の部活動見学の事はお互い無かったことになっているのか?
放送委員の仕事が始まる前から、なぜか疲労感だけが増していくのを感じる。
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