第90踊 障害物競走は罰ゲームじゃないだろうか
体育祭の目玉種目、というほど派手なものではない。
しかし、障害物競走、それは笑いの要素満載の、いわば“罰ゲーム枠”の競技だ。
平均台、パン食い、ネットくぐり、大きな袋に両足を突っ込んで跳ねるやつ(麻袋ジャンプ)、そしてラストは今回から追加されたグルグルバットからの粉の中から飴玉を探し出すという、笑いと涙に満ちたコース構成。
あらためて思う。
……これ、意外と注目されるやつじゃないか?
「秋渡、がんばってね!」
「1位とりなさいよ秋渡!」
咲乃と千穂が手を振って笑顔を向けてくる。
さっきの応援の言葉が頭に残って離れない。
目立たずに終わると思っていたら、逆だったらしい。
これはもう、逃げられないぞ。
「はあ……適当に決めるんじゃなかったなぁ……」
愚痴のように呟きながら、僕は入場門の前に立った。
周囲にはクラスのお調子者たちがテンション高く騒いでいて、「ネットの下で変顔するわ」「袋で三回転してやる」とか、もはや勝負以前の問題だ。
俺は、そういう目立ち方をしたくて出てるわけじゃない。
「秋渡!!頑張れよおぉぉぉ!!」
「片桐くーん!頑張れー!」
「片桐ー!1位狙ってけよー!」
僕らのチームのテントから聞こえてくる声。
視線をやると、クラスメイトやヒロキングが、全力で僕に向けて手を振っていた。
彼は今日は普通に体操服。みんなと同じ服なのに存在感だけは体育祭の誰よりも濃い。
「……ありがとな、ヒロキング、みんな」
苦笑しながら頭を軽く下げ、俺はスタートラインに立った。
「On Your Marks……Set!」
心を整えながら、スタートの合図を待つ。
やることは頭の中でシミュレーション済みだ。
パァン!
スターターピストルが鳴り響くと同時に一斉に駆け出す。
まずは平均台。
バランス命だが、周囲は無謀なスピードで突っ込んでいって案の定、何人かが盛大に落ちていった。
「よし、慎重に……」
ある程度スピードを出しながら一歩一歩、確実に渡る。
派手さはないが、確実な進行が大事だ。
やっとの思いで平均台を越え、次のパン食いゾーンへ。
ジャンプ! ……ミス!
パンが顔をかすめて逃げた。
「くっ、待て……!」
意外とこのパン食いは難しい。
食べようと無理に噛みつきに行くと勢いに押されて逃げられてしまう。
鯉の餌やりのように続々とみんながパン目掛けて口をパクパクしている。
「狙いを定めて一直線よ!」
咲乃の声が聞こえた。
集中してパンが静止した瞬間にかぶりついた。
指示通りにすることでようやくパンを咥えることに成功した。
「ふふんっ、私の指示通りね!」
得意げな声が聞こえた気がするが気のせいだろうか。
あとで一応感謝しとくか。
「秋渡ーー!それってこしあん?つぶあん?」
このアホっぽい感じ、佳奈だな。
僕はとりあえず「つぶあん!」とだけ答えた。
「いいなぁ~、私も食べたーい!」
佳奈のアホっぽい応援?を尻目に僕はすぐにネットへ向かった。
先行していた人が引っかかっているのを横目に、身をかがめて一気に抜けた。
次の障害、袋跳び。
意外に難しいが、僕はなんとかバランスをとって跳ねきった。
「秋渡! あとちょっとー!」
千穂の声援が響く。
振り返ると、テント席から手を振っている咲乃と千穂が見えた。どこか嬉しそうな笑顔だ。
……こんな競技でも、応援って本当に力になるんだな。
そして、ラストの関門――粉まみれ飴玉チャレンジ。
バッドで10週ほどグルグルしてから向かう。
目が回ってどこか千鳥足になってしまう。
なんとかたどり着いた白い粉の山。
その中に飴が一つ。
顔を突っ込んで、口だけで探し出す。
「……顔を粉まみれにするしかないか」
目立ちたくはないが、仕方がない。
覚悟を決め、僕は勢いよく――
「っしゃああああああああ!」
粉の山に顔面から突っ込んだ。
冷たい粉が鼻に入り、目がチカチカする。
呼吸は最小限。
舌先で固い感触を探しだした。
「取っふぁ!」
飴を咥えたまま頭を引き抜き、全速力でゴールへ走る。
もはや顔は真っ白で何も見えない。
けど、それでいい。
ゴールラインを駆け抜けた瞬間、会場から拍手と笑い声が巻き起こった。
「よっし、なんとかなったか!」
そのまま地面に膝をつき、肩で息をする。
顔中が粉だらけで気持ち悪いが、不思議と悪くない。
やりきった感が胸を満たしていた。
競技が終わり退場していく。
「秋渡、顔やばっ……っぷ、くくっ……!」
千穂が駆け寄ってきて、俺の顔を見るなり吹き出した。
だけどその笑いは、馬鹿にするのではなく、どこか誇らしげなものだった。
「でも……やるじゃん、秋渡!かっこよかったよ!ね、咲乃ちゃん?」
ニッと笑う千穂の顔が、まぶしかった。
「まぁ、その……うん。かっこよかったんじゃない?」
咲乃が少し頬を染めながら、ちらっと目を逸らしてそう言った。
照れながら言われると僕も恥ずかしくなってきた。顔が真っ白なのに、なぜか頬が熱くなる。
「……マジかよ。粉まみれなんだぞ、僕」
「うん。でも……すっごく頑張ってたしね。まぁ……私の指示のおかげでもあるわね!感謝しなさいよ!」
その言葉に、思わず笑ってしまう。
咲乃や千穂も応えるように笑った。
「秋渡、ナイスゥゥ!!」
ヒロキングが肩を組んで来て叫んでいた。
全身から青春の熱気を放っているその姿に、拍手が重なる。
「秋渡、ほら、これで拭きなよ」
千穂が、ポケットからハンカチを取り出して俺に差し出す。
彼女はいつも通りの笑顔で、どこか得意げな表情を浮かべていた。
「……え、汚れるけど?」
「大丈夫。そういうの気にするタイプじゃないから、私」
「そっか……ありがと」
僕は少し照れながら、彼女のハンカチで粉だらけの顔をぬぐった。
ハンカチからいい匂いがしたがここでは何も言わないようにしよう。色々と危険だからな。
楽しそうに咲乃が「ほんと、顔が真っ白だったね」と笑い、千穂も「久々にいいもの見れたよ~」と嬉しそうに言った。
こういう2人を見れるのも体育祭のパワーなのだろう。
顔を拭っていると、正面から二人が手を振ってくるのが見えた。
「秋渡くん! 見てたよ~!」
「顔すっごいことになってたけど、飴取るの早かったね!ところで私の分のパンはある?」
いづみと佳奈が、笑いながら近づいてくる。
佳奈、本当にパン食べたかったんだな。
「いや、見なくていいところを見られた気分なんだけど……」
僕が苦笑まじりに言うと、いづみがにこっと笑って言う。
「でも、こういうのが一番記憶に残るんだよ? 後からきっと、いい思い出になるって」
「だよね。ちょっとかっこよかったし~、白馬の王子ならぬ白塗りの王子だね!」と佳奈も口を添える。
「え、マジで? 今日一番の黒歴史かと思ってた……」
「黒歴史っていうより“白歴史”じゃない? 顔、真っ白だったし!」
佳奈が軽口を飛ばして、いづみと一緒に笑い合う。僕もつられて笑った。
こうして僕の“粉まみれ障害物競走”は、終わった。
けれどその白い顔に、たくさんの笑い声と、ほんの少しの誇りが乗っていた。




