笑顔で圧をかける
春の始まりは、ポニーの暴走だった。
だがあの後、辿り着いた小川は本当に綺麗だった。
雪解け水が流れているのでひんやり冷たく、とても透明感があって。
持参したサンドイッチをみんなでパクパク食べ、花を摘んで帰った。
春の始まりを感じたこの日以降、晴れの日が増え、気候は穏やかになる。
さらに沢山の花々が咲き誇り、王都ではフラワーフェスティバルも行われたのだ。
色とりどりの花を飾った山車が街中を進み、沢山の花が売られ、街のあちこちが美しい花々で飾られた。
勿論、アン王女とあの三人と共に、フラワーフェスティバルを見て回った。
屋台で食べ歩きをして、花を購入して交換しあったり、花冠を作ったり。
気候もよくなったので、庭園でのお茶会の回数も増えた。
春を目いっぱい楽しんでいるうちに、バカンスシーズンに突入する。
すると……。
「ティアナ、アン王女から招待状が届いたよ」
父親のこの言葉は、二日に一回は聞いている気がする。
「今回は何でしょうか、お父様」と変わらず侍女のスカートの影に隠れながら、尋ねる。
「今回はすごいぞ。キャンプのお誘いだ」
「!? キャンプ!?」
みんなアウトドア好きだと思ったが、それでも王侯貴族。
さすがに野山で寝泊まりは……と思ったら、キャンプ!
「と言っても、本当に森や山でキャンプをするとなると、それは大変だ。何せ王太子と王女がいる。でも森や山は今の季節、獣たちが活発だからね。よってキャンプは宮殿の敷地内、東の森エリアで行われるそうだ」
東の森エリア。
宮殿の敷地は広大で、大聖堂や図書館、美術館、騎士団宿舎に加え、畑や菜園、それに庭園も二つあった。その庭園のそばにあるのが、それぞれ東の森と西の森だった。
東の森には東方から伝来した草花が自生しており、前世で言うところの朝顔も、ここで見ることが出来た。森の中には人工池もあり、確かにキャンプをするには最適かもしれない。
「王女様のお誘いだ。ティアナ、参加するのだろう?」
相変わらず私が「ノー」と言えないと分かっているのに、父親は質問するのだから。
そう思いつつ「はい」と答えようとして、ふと思う。
これまで招待されれば、すべて快諾してきた。
それこそ初回のお茶会をのぞき。
そもそものお茶会は王太子であるローレンスが主催。
アン王女のお誘いは全てOKにしている。
ここまで皆勤賞なのだ。
たまには「ノー」と言っても、許されるのでは……?
「お父様。キャンプはお断りです」
「そうか、そうか。今回もありがたく……うん? ティアナ、今、なんて……」
「キャンプ自体は楽しそうです。しかも宮殿の東の森なら、恐ろしい獣はいませんよね。でも虫がいると思います。虫は……嫌です!」
◇
虫が嫌だからキャンプはお断りする。
まさか私がそんなことを言い出すと思わなかったのだろう。
父親は大いに驚き、絶句。
すぐに部屋を出て行くと、母親の所へ向かったようで、しばらくすると二人で戻って来た。
その後は「虫よけになると言われているペパーミントスプレーを用意するから」「長袖を着れば大丈夫よ、ティアナ」と、両親は必死に私を説得する。でもここは子供らしく……。
「いやあ! 虫、嫌い! 無理~」
全力で「ノー」を告げる。
頭を抱えた両親だったが、お断りは今回が初。
一度ぐらい許してもらえるのではと考えたのか。
ともかく二人は引き下がり、そして――。
「ティアナ、ヘイスティングス・ウォーカー様から手紙を届いたよ」
「え、王女、おうっ。へ? ヘイスティングス!?」
キャンプのお誘いにノーを伝えた翌日。
父親が部屋に来た。
てっきりキャンプがお断りになったので、別のお誘いがアン王女から来たと私は思ったのだ。
ところが。
なぜか宰相の息子であるヘイスティングスの名が登場。
しかも「手紙が届いた!?」と驚くことになる。
これまでアン王女主催のイベントには、皆勤賞のヘイスティングス。
毎度お馴染みで顔を合わせるのだから、手紙をやりとりする必要もなかった。
ゆえに意外にも受け取ったこの手紙。
ヘイスティングスからの初めての手紙だったのだ。
一体何事!?
私がそう思うように、父親も興味津々の顔をしている。
ここは侍女にペーパーナイフで開封してもらい、内容を読み上げてもらった。
『親愛なるローゼン公爵令嬢
君がキャンプで虫に関して懸念を抱いているという話を、アン王女から聞きました。虫が苦手という令嬢は多いので、君が虫を嫌いでも仕方ない――そう思えたのですが。
ただ、アン王女がとても残念がっています。
そこで提案です。
虫について少し、わたしからレクチャーしてもいいでしょうか。
もしよしければ明日、宮殿の敷地にある王立博物館で会いましょう。
十三時に正面入り口のロビーで。
きっと来てくれると思っている。
ヘイスティングス・ウォーカーより』
これには驚くしかない。
まさかの虫のレクチャー!?
男性とはお近づきになりたくないのだ。
ヘイスティングスと待ち合わせ、王立博物館を見て回るなんて……。
やめた方がいいと思う!
ということで却下しようとしたが……。
「宰相の令息からお誘い。ティアナ、まさか断らないだろう?」
父親が笑顔で圧をかけてきた。