絶対モテてやるっ!?
「ローゼン公爵令嬢!」
文武両道に恥じぬローレンスの電光石火の動き。
蜂に刺され、驚いたポニーから私は落馬したのだけど。
並走していたローレンスは前世スタントマンでもビックリの早業で馬から飛び降り、落下する私をキャッチしたのだ。
間もなく七歳になるローレンス。
その体はガイルには負けるが、それでも日々、王太子教育の一環で剣術の訓練を受けている。体もこの年齢にしてはしっかりしているので、小柄な私のことを見事キャッチしてくれたのだ。
そこはもう王道な物語の王子様像を行く活躍っぷり。
「殿下、ありがとうございます……!」
「うん。無事で良かった」
これには男性を寄せ付けずに生きなければならない私でも、胸がときめいてしまう。
だが。
すごいのはローレンスだけではなかった。
というのも。
私が乗っていたポニーは。
驚いて私を落とすと、そのまま暴走状態に突入したのだ。
つまり小川まで続く道を爆走し始めた。
これを見たガイルが動いた。
ガイルが乗っているのは成馬。
本気で走れば暴走状態のポニーにも、あっという間に追いつく。
何より、ポニーは持久力がないから、成馬よりも先にバテる。
そこを見越したガイルは……。
これはもう曲芸と言っていいと思った。
自身の乗っている馬から、私の乗っていたポニーと並走でしばらく走り、その後乗り移ったのだ!
しかも暴走するポニーを宥め、落ち着かせることにも成功。
これはもう、すごい!だった。
しかもポニーの体に残る蜂の針も、ちゃんと抜いてあげたのだ。
「ローゼン公爵令嬢。このポニーは蜂に刺されて驚いただけで、決して悪い子ではない。でも一度、人を振り落としているから、トレーニングをし直す必要がある。だからこの子に乗るのはやめて、俺の馬に一緒に乗らないか? 俺達まだ子供だから、二人乗りできるから」
ガイルがこう提案した時、ローレンスは何かを言いかけたが、アン王女が先に口を開いていた。
「そうしていただくといいわ、ローゼン公爵令嬢! この中で一番乗馬が得意なのがガイルなのよ。乗馬をいち早く始めたのもガイル。ポニーをいち早く卒業したのもガイル。さすが騎士団長の息子よね」
これを聞いたローレンスは、何かを言いかけるのをやめ、私は……。
ガイルと一緒の馬に乗るなんて!
男性を寄せ付けない計画から大きく逸脱する。
でもアン王女がこう言ってガイルを推しているのに「ノー」と言えるわけがない。
私としては、護衛でついてきている騎士の馬に乗せてもらうのでもいいのだけど……。
「さあ、ローゼン公爵令嬢、乗って。ポニーより大きいけど、安定感はある。コイツは俺の言うことは忠実に聞くから、安心して」
結局、ガイルの馬に乗せてもらうことになった。
「しっかし、ローゼン公爵令嬢、落馬したのによく泣かなかったな」
「!」
ガイルの指摘に汗が噴き出そうになる。
冷静に考えれば、泣くと思う。
もうすぐ七歳になるとはいえ、六歳女児なのだ、ティアナは。
中の人は転生者で、前世記憶持ちのアラサー。だけど、あくまで今は、六歳女児。
その年齢に相応しい振る舞いをいつも心掛けているが、あんなにハプニングではつい素が出てしまう。
「で、殿下が、殿下が助けてくださったので!」
「ああ、なるほど。助けてくれた殿下にメロメロで、泣くより感動だったか!」
「ち、違い……ません。そうです。その通りです……」
不本意であるが、そうしておかないと、余計なことを勘繰られそうだった。
それは困る!
「やっぱな、そうだよな。殿下はやっぱり王道のヒーローなんだよなぁ。俺と同じぐらい運動もできるのに、勉強もできてさ。あの見た目だろう? あれはもうロマンス小説のヒーローそのもの。女子はみんな大好きだよな。メロメロだよな」
ここで私は「!?」と驚くことになる。
ガイルの口から「ロマンス小説」が出てきた。
体育会系男子代表みたいなガイルが、一生手に取ることがない本。
それがロマンス小説に思えるのだけど。
しかもまだ六歳のくせに、ロマンス小説を読んだことがあるの!?
そこは思わず指摘してしまう。
すると……。
「あ、俺のところ、姉貴が三人いるんだよ。長女と次女は双子。長女のアンジェリカとは、歳が離れていて、ロマンス小説好きでさ。双子も俺も、アンジェリカの影響を受け、読むようになった。あれ、女子向きだけど、男の俺が読んでも面白いんだぜ。しかもヒーローは騎士なことが多いからさ。俺、こーゆう騎士になって絶対モテてやるって思った」
「モテる騎士は絶対に自分で『モテてやる』って言わないと思います」
「ローゼン公爵令嬢、アンジェリカみたいなことを言うな。……君こそ、実は耳年増なんじゃないか」
しまった!
また六歳女児らしからぬ言動をとってしまった。
「ロ、ロマンス小説って何ですか~?」
「なんだよ。さっきみたいな発言したくせに。かまととぶるなよ」
ガイルは、年が離れた姉がいるだけある。
トークがもう大人顔負け!
私はたじたじだ。
だが。
「お、小川が見えて来たぞ」
「! わあ、綺麗」
「ローゼン公爵令嬢、『私とあの小川、どっちが綺麗?』って聞いてみ、俺に」
何を言い出すのかと思ったら!
男子中学生みたいだ。
でもガイルのこのからっとしたノリの良さは嫌ではない。
「オルソン様、私とあの小川、どっちが綺麗ですか?」
「比較するまでもないさ。俺の中ではローゼン公爵令嬢、君が一番美しい。この世でいちば」
そこでばしっと背中を叩かれたガイルは「!?」と驚く。
「ああ、すまなかったガイル。背中に虫がいたから払っただけだよ」
ローレンスが優雅に微笑んでいた。