春、爛漫
鈍色の雲が広がり、晴れの日は少なく、雪もちらつく。
冬は屋敷で引きこもるか、オペラや演劇、演奏会とインドアで楽しむのが一番……。
だと思っていた。
だが。
アン王女と王太子のローレンス、騎士団長の息子ガイル、宰相の息子ヘイスティングスと知り合った今年の冬は、違っていた。
ヘイスティングスなんて秀才で、三度のご飯より勉強好きに思えたのに。
勉強もしているだろうが、アン王女やローレンスの誘いに応じ、アウトドアを楽しんでいるのだ!
そう。
彼らは基本的に冬であろうと活発に動く。
先日のソリもそうだが、アイススケート、スキー、この季節だからこそ、澄んだ夜空で見える星の観察。天気のいい日は冬でも元気にピクニックまでするのだから! そして彼らのそういったイベントに、私は漏れなく招待される。
おかげで冬なのに少し日焼けしたぐらいだ。
冬は寒くて長い……と思ったが、今年の冬は違う。
彼らとのイベント三昧のおかげで、冬はあっという間に終わり、春の気配が漂い始める。
屋敷の庭園の窓からは、春の到来を感じさせる黄色のミモザの花、アーモンドの花が咲き誇っていた。
「ティアナ!」
父親が部屋に来た。
父親が部屋に来る=アン王女からの招待で間違いないだろう。
「アン王女から何かお誘いですか?」
窓辺のチェストにクッションを置き、腰掛けていた私はぴょんと絨毯に降りると、父親に尋ねた。
ニコニコ笑顔の父親は私に近づくが、心得ている侍女が間に立ってくれる。私が男性が苦手であることは、周知の事実だからだ。
「よく分かったね、ティアナ。すっかり雪解けしたから、乗馬のお誘いが来たよ。王都の郊外に王室の牧場があり、そこでは沢山の馬も飼われている。森も近くにあるから、散策しようというお誘いだ」
アウトドア好きなメンバーだけあり、アン王女を含め、みんな乗馬が得意だった。いつかそんな誘いが来ると踏んだ両親により、私も乗馬の練習をさせられていた。
冬の間はまだ、乗馬の誘いはなかった。でも春になったから……。
父親の予想通りになった。
しかし。
私の乗馬なんてまだ初心者レベル。
大丈夫なのか。
そう思ったがその日はあっという間にやってくる。
「ローゼン公爵令嬢!」
アン王女はわざわざ馬車で私を屋敷まで迎えに来てくれた。
王女はワイン色のジャケットにお揃いのスカートと、しっかり乗馬スタイルだ。私もフロスティピンクのジャケットとスカートで、装いだけはしっかり上級者の乗馬服。
「さあ、乗って頂戴」
アン王女に促され、馬車に乗り込むと……。
いつもの3人がいる。
ローレンスは白の乗馬服。ガイルは濃紺の乗馬服。ヘイスティングスはモスグリーンの乗馬服とみんな着慣れた感じがする。ちなみに護衛として騎士が一人同乗していた。
なお私の両親と侍女は、別の馬車で着いてくる。
ということで私が乗り込むと、馬車が動き出す。
「ローゼン公爵令嬢、マドレーヌを用意したの。良かったら召し上がらない?」
アン王女が取り出したバスケットから、甘いいい香りが漂う。
馬車の中は実に賑やか。
お菓子や飲み物が用意されていたので、それを食べながらおしゃべりタイムだ。
私はアン王女を中心に話すが、結局みんなでおしゃべりすることになる。
途中で人馬共に休憩をしたりしながら、目的地の牧場に到着した。厩舎に向かい、馬達に挨拶をして、馬具を装備するところからスタートだ。
「よし。まずは練習場で軽く慣らしてから、森へ向かおうか。ローゼン公爵令嬢は、初めての馬になるから、僕が様子を見よう」
ローレンスは馬丁と共に、私が乗るポニーのリードロープを引き、初めましての馬に慣れるのを手伝ってくれた。アン王女はポニーに乗り、馬丁と共に練習場内の移動を始めている。
ガイルとヘイスティングスはポニーではなく、成馬に乗っていた。しかも練習場内を問題なく走らせることができている。二人とも乗馬は完璧だ。
しばらく練習場内で馬を走らせると、私も馬も慣れてきた。ローレンスもその様子を見て「大丈夫そうだね」と微笑む。私のサポートをするぐらいなのだ。ローレンス自身も乗馬はガイルとやヘイスティングスと同じレベルであり、全く問題ないのだろう。
「ではゆっくり森へ向かおうか」
ローレンスの合図で、皆、移動となる。
練習場で私達の様子を見ていた両親は、このまま牧場で留守番だ。
向かった森は、まさに春爛漫。
白や黄色の蝶がひらひらと舞い、ピンク、紫、白と沢山の花が咲いている。
「小川があるから、そこがゴールだ」
馬でゆっくり進んで30分程の場所に、その小川はあるという。
ローレンスを先頭に、ポニーに乗った私が並走し、後ろにガイル。さらにアン王女のポニーとヘイスティングスが並走して続いている。
うららかな春の森。
平和で牧歌的。
そう思っていたのだけど。
春は動植物全てが活発になる。
そして巣作りに励む蜂もまた、いつもよりアグレッシブ。
基本的に森は彼らの住処。
そこにお邪魔している私達はよそ者だ。
そう。
よそ者。それは普段見かけない馬も含め。
「おい、こいつ、何だよ!」と思ったのか、どうなのか。
ともかく苛立っていた蜂が、私の乗るポニーに針をブスッと刺した。
ポニーは驚く。
驚いた結果……。